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回収船のエメラルド  作者: 蜜柑缶


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87 楽しい解読2

 いやもう全然わかってないだろう。

 

 昼食の時、子爵の興味をエメラルドからオジジへ向けようと俺が話をしていた。テーブルも分けることができ、カイにも協力してもらい上手く進んでいたはずなのに。

 子爵がエメラルドの遺物に言及してきた事にイラつき、更に実物を見たいと言い出したことで切れてしまった俺は悪くない、はずだ。

 だが緊迫してしまった空気を解す為とはいえピッポが古代文字解読の話を持ち出してきたのは駄目だろう!エメラルドは『ヴィーラント法』の解読が三度の飯より大好きなのに、黙っていられるわけが無い。


 だからしっかり釘を刺したはずなんだが……


 宿の食堂の半分を占領するようにテーブルを三つ繋げて子爵と頭を寄せ合うエメラルドの姿。こうなればもうある程度行き尽くさなければ止まらない。


 あれからすぐにエメラルドはオジジから譲り受けた『ヴィーラント法』の本を特級ケースから取り出すと子爵に見せつけた。


「子爵様、私はこれをオジジから譲り受けたのです。わかります?」

「ま、まさか。これはファントムか!?」


 エメラルドが差し出した幻の一品と呼ばれるファントムの写本を子爵は自ら手袋をはめ丁寧な手つきで調べるとため息をつきながら零す。写本にはランクがあり低レベルな物ではスムーズな解読は望めない。現存する『ヴィーラント法』の写本の中でファントムは一級品としてあまりにも有名だ。

 子爵が夢を見るような面持ちで本の表紙を優しく撫でている。


「それで、子爵様はなんの解読をなさっているのですか?」

「無論、『ヴィーラント法』だ。古代文明を紐解く為には誰しも『ヴィーラント法』を通らねばならぬし、最終的に帰ってくる場所は『ヴィーラント法』になるのだからな。故に、エメラルド、其方……なんと、なんと羨ましい。私は質の悪い写本しか持っておらぬのだ」

「じゃあ同じなんですね?だったらこれをどう解読しましたか?ここのこのページのこの最後の段落の……」


 始まってしまった解読作業は場所を移す隙もなく、食堂に衝立を並べて他から見えないようにして端へ寄せるのが精一杯だった。子爵までも所持していた『ヴィーラント法』を持ち込んでしまい増々止められず。この狭い部屋しか無い宿では数人が余裕を持って入れる部屋は他にないから結局移動は出来なかったろうが、こうなってしまえば今日はもう諦めるしかない。


「夕食は片手で食べられる軽食を頼んでおいた」


 カイがそう言って俺の隣へ来るとソワソワと子爵とエメラルドの方を見ている。


「気が利くじゃないか」

「あぁ、エメラルドは高速艇でも解読してたからな」

「状況がわかるのか?」

「あの時は部屋に閉じ籠もって半日位反応がなくてな。いい加減鍵を壊そうかと思ったらやっと開いたんだ」

「で?」

「で、一人で籠もるのは無しだと約束させた」

「で?」

「で、その後は俺も一緒に……いや付き添って……いやいや、食事をちゃんと摂らせたんだ。放っておいたら水も飲まないから」


 言い訳がましいカイを睨みつけていたが、奴は一向に気づかずジッとエメラルドと子爵を見ている。コイツまさか……


「ねぇカイ?あの時この部分てこうだったよね?前のノート無くしちゃって、まぁ大体覚えてるんだけど子爵様が違うって言い張るの」

「どこだ?」


 子爵が古代遺跡保存の会なんて怪しい会に入っているらしい事を嫌っていたカイが、それを無かったかのような勢いで解読に加わっていく。


 お前もか、カイ。


 三人体制になったチーム解読はよりパワーを増し、お互いにノートを持ち寄り黙々と、時折白熱した検討をぶつけ合い、一冊の『ヴィーラント法』を読み込んでいく。


「最悪だな。こんな所でこんな時に」


 独り言たが、聞いていたのかピッポがそばに来た。


「いいじゃねぇか。どうせ二、三日動けねぇし暇だし。この宿もそもそも橋が渡れない時用の臨時宿泊施設で管理が目的の為の場所みたいだから客も少ないし」


 確かに貴族ならこのような安宿には泊まらず一つ前の町まで引き返すだろうから宿は貸し切り状態だ。宿の従業員が出入りするから仕切って目隠しさせてもらったが古代文字の解読なんて普通の平民には全く興味がわかないものだろうから危険も少ない。


「そうだな。雨の中大人しくしてくれるなら少しは楽だな」


 エメラルドがメルチェーデ号を出て以来慌しく落ち着かない連日だったが、確実にこの場に居てくれるなら良い状況な気がしてきた。




 雨が降り続く中、チーム解読は昼食後から休憩もなく夕食の時間をむかえている。


「口を開けろ」

「え?あぁはいはい」


 エメラルドは一瞥もせず口を大きく開ける。目線は『ヴィーラント法』と自ら書き込んでいるノートを行き来している。それはカイからもらった魔力で鍵がかけられるノートで分厚いそれに黙々と書き込む。

 一口サイズに切った肉を放り込んでやるとそのまま咀嚼し始め数回でゴクリと飲み込む。


「もっとちゃんと噛め!今のは肉だぞ」

「うんわかった」


 絶対にわかってない!


 いつもの事だがメルチェーデ号でも解読が始まってしまえばこうやって強制的に食事をさせていた。

 一緒に解読をしている子爵とカイは同じ様に作業をしているようだが近くに食事がのった皿を置くと何も言わずに自分で食べているからエメラルドだけがおかしな事になっているようだ。


「チッ」


 舌打ちしながらエメラルドに給餌しているとピッポが鼻で笑う。


「なにイラついてんだよ?」

「俺はエメラルドの餌係じゃない」

「何いってんだよ。リュディガーが餌付けするからだろ?」

「俺は仕方なく食べさせてるだけだ」

「お前がエメラルドに食べさせるから頼り切って自分で食べなくなったんだ。前は限界が来ると自分で食べてたぞ」

「……そうだったか?」


 記憶を遡るとひと口で食べられるように何でも小間切れにしてくれれば食べやすいのにとよく愚痴っていたのを思い出す。それを俺が仕方なく切ってやって、それから……いちいち手を止めてフォークを持つのが面倒くさいと言い出して、仕方なく食べさせてやって……あれからか、自分で食事を摂らなくなったのは。解読後に食べた記憶がないと言い出したのもあの頃からか……


「思い出したか?」


 ピッポのニヤリとする視線が突き刺さる。


「まぁ、なんであれそれだけ集中出来るのは良いことじゃないか?」

「苦しい言い訳だな」

「……俺もそう思う」


 さ、野菜を食べさせるか。





 食堂の窓から見える景色はすっかり暗くなり雨音は鳴り止まない。

 ピッポはとっくに部屋へ戻って熟睡しているんだろう。

 大して疲れるようなことはしていないが、三人が解読しているのをじっと眺めているのは、嵐の中を必死で一晩中船を守る為に走りまわり、魔晶石に魔力を補充し、交換している時よりも疲れる。


「あっ!」


 エメラルドが声を上げ近くでノートを書き込んでいた二人が彼女を見る。


「この文字、これって実は意味があるんじゃない??」

「はぁ、なに言ってるんだ?」


 カイがノートの端を指で弾く。だけどエメラルドは首を横に振りながら本の一部分を指している。二人が頭を突き合わせている所へ子爵も加わる。


「だから、『ヴィーラント法』は普通の古代文字と、暗号が入り混じってるから……」

「だがエメラルド、カイの言う通りこれまで前半部分は解読済みで文章も意味をなしている。それに暗号はこの章の後半部分からだと言われているぞ。そこはまだかなり前の方であるから……」

「でもこの部分の文章は他と違って文の成り立ちがちょっと違うじゃないですか?滑らかでないというか、たどたどしいような感じというか」


 子爵を相手にしても怯まず自分の思う事を話し続けるエメラルドだが、何と言っていいかわからないという風に眉間に皺を寄せている。

 古代文字の解読は未だ不完全な部分が多く。現代の文と置き換えると文として足りない箇所や過剰な文字がある事はよくある。俺だって多少は解読に付き合っているからそれぐらいはわかっているのだから、エメラルドはもっと理解しているはずなのに急にそこにこだわり出した。


「暗号が後半だっていうのは私達の勝手な解釈で、実は前半部分を鍵にして後半部分を解読してくと考えればこの暗号の鍵は『ヴィーラント法』の本そのものということなんじゃないかな?ずっと他に鍵があるのかもとか思い込んでたけど前部分の解読に後半部分がかかってるんじゃ……」

「それじゃこれまでの解読そのものがひっくり返るぞ!?」


 カイが立ち上がり怒っているような目でエメラルド見つめる。





 


 

読んで頂いてありがとうございます。

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