86 楽しい解読1
解読とは言うものの、暗号解読のノウハウなど当然持ち合わせておりません。あくまでファンタジーの域ですから辻褄が合わない事が出てくる可能性があります。知識を持ってらっしゃる方にはあり得ない内容かも知れませんが悪しからずご了承下さい。
ランベルティーニ子爵はリュディガーをさぁさぁという感じで自分の隣の席を進めた。反対隣にピッポが座ったまま私にニヤリと笑いかける。
それで私はどうすればいいのかな?なんて思っているとくっと腕を掴まれ隣のテーブルへ導かれた。
「カイ!?」
「ここからはリュディガーに任せておけ」
小声でそう言い自分も同じテーブルにつく。
直ぐに食事が運ばれてくるとさっさと食べるように言われる。
「どうなってるの?」
隣のテーブルではリュディガーが子爵と話しながら食事をとっている。何故かピッポがイラつく物知り顔で相槌を打っている。
「いい機会だからお前を子爵から遠ざける」
「……なるほど」
何故か私に礼儀作法を仕込もうと接触してきた子爵だが今はそれよりオジジに興味が移っているのでそれを利用しようというのだろう。私よりリュディガーの方が断然貴族の扱いに慣れているだろうからいい作戦だな。でも何を話してるんだろうと耳を澄ませてしまう。
「ではゼバルド殿は船では遺物の鑑定を?」
「はい、簡単な物は他の者も出来ますが大物遺物となると区分けが困難な場合がありますから」
「なるほど。では今回の大物遺物もゼバルド殿による鑑定なのだな?」
「さようです」
ほうほう、オジジが普段何をしているか知りたかったのか。それくらいならリュディガーで十分答えられるだろう。有名人の私生活とやらが気になるとかいう感じだな。
黙って一緒に聞いていたであろうカイもなるほどという風に頷いている。忘れていたけどコイツもオジジに近付きたくて私の仮の保護者になってたんだった。そう考えればやっぱりオジジって人気者だな。
これまで貴族らしく振る舞うことを崩さなかったランベルティーニ子爵がウキウキした気持ちが隠しきれず、なんだったら少し頬を赤らめながらリュディガーと話していたが急に何か考えを巡らせたのか一瞬黙り込むとグッとリュディガーの方へ体を寄せた。
「今回の遺物の資料を見たがカイとやらの大物遺物は第三区分外殻変容型とあるな。それはいいのだが、エメラルドの物は第一区分とだけあった。其方も知っておるな?」
小声で話すのには理由がある。そもそもどんな遺物であるかは王都で国家魔導師団魔導研究所に引き渡す際の確認に出すまでは書類のみでやり取りされ案内人といえど実物は見ることが出来ない。もちろん書類も関係者以外の誰にも見せてはならないし内容は口外してはいけない。
今回は高速艇がアスピドケロンによって沈められ馬鹿貴族が消息不明になるなど通常から外れた事態で港街で書類の再発行などあったようだがそれでも私の大物遺物の事は最小限の人しか知らない。
今この部屋にはこの旅の関係者、子爵と私達、そして部屋の壁際、やや離れた場所に護衛達がいる。
この護衛達は子爵側の人も私達側の人もいるがそのどちらにも書類及び遺物について知る立場に無い。だから子爵は降り続ける雨の音にかき消される程の小さな声でリュディガーに話している。
別テーブルとはいえ背中合わせにいる私とカイにも内容は切れぎれにしか聞こえずかなり耳を澄ませていた。
「子爵様、それ以上は仰らないで頂きたい」
会話の危うさを感じたのかリュディガーがピリついた。
「ふむ、わかっておる。何もここで話せとは言わぬが、出来れば実物を……」
「子爵様!」
「いや、すまぬ。だがせめて実物を見た者と話がしたいのだ」
リュディガーが子爵を諌めるような態度に出たことも驚いたが子爵が謝罪した事にも驚いた。しかも子爵は全然引かないし。
リュディガーは気持ちを鎮めるように小さく息を吐く。
「ご無礼ではありますが大物遺物の運搬には危険が伴います」
「わかっておる」
「内容によっては命懸けで奪いにくる輩もいるでしょう」
「うむ、わかっておる」
「私は血縁こそありませんがエメラルドの家族です。保護者でもありますので彼女の身に危害が及ぶ可能性がある事柄については、全力で排除する所存です」
最後の文言は殊更重低音で力強さを感じる。盗み聞きしていた私とカイすらゾワッと背筋を凍らせ身震いしたくらいだから直撃した子爵は……
「モ、モチロン、承知シテオル。ソチノ言ウトオリダ」
緊迫した気持ちがとても良く伝わるご返答だった。
雨音だけが響く室内に誰もが緊張感を強いられていた。ピリつきが抑えられないリュディガーと、あわや失言からの命の危険を犯しそうになった子爵のせいで一切食事が喉を通らない状況。
「子爵様は古代文字なんかにはご興味がありませんか?」
サクッと美味しそうな音をさせてキューに齧りつきながピッポが発言した。発言後もサクサクサクと続けて齧る。
「ぬぉ、お、も、もちろん興味があるぞ。むしろ普段はそちらの方面に力を注いでおる!」
空気感を変えたい必死な子爵が蜘蛛の糸のような頼りないピッポの発言に縋りついた。
「オジジも古代文字解読には力を入れてたよな?リュディガー」
何事もなかったかのようにほわんとした笑顔で続けるピッポ。
お前仕事出来すぎ君だろ!
やっとピリついたリュディガーが解れてコクリと頷く。ちゃんとピッポの意図を汲んだようだ。
「あ、あぁ。忙しい合間に解読しているな。たまに徹夜するから注意が必要だがな」
勿論その徹夜には私が漏れなくついている。カイ、笑ってるけどお前もだぞ。
「おぅおぅわかるぞ、私も時々やってしまう。だがノッている時は時間を忘れてしまうのだ」
そうそう。
「気がつけば真夜中を過ぎており、あと少しだけと思うのだ」
そうそう!
「だがそう思いつつ顔をあげれば窓の外が白んでいる。であればもう良いのではないかと思うのだ」
そうそうそうそう!!
「わかります!子爵様、私もそうなんです!」
椅子から立ち上がり振り返ると子爵の方へ近づく。
「おぉ!其方もわかるか!?止められぬ気持が!」
「わかりますとも、止まらない、止めることが出来ない思考が!」
子爵も立ち上がり私の手を握る。
「ここに居たのか同志よ!」
「子爵様!!」
せっかく盛り上がってきた私と子爵の世界からぐいっと引き剥がされた。
「何やってるエメラルド」
低音で有無を言わさぬリュディガーの声。目の前の子爵も頬をヒクッと引きつらせる。私のお腹辺りに腕を回し抱きかかえるようにして数歩、子爵から距離をとる。
「子爵様、無闇に女性の手をとるのは紳士としてマナー違反ではありませんか?」
「もももも、申し訳ない!つい気が高ぶってしまったのだ。失礼致した」
お貴族様に物申す火力が強すぎやしないか?いや私が悪かったんだけどさ。
それにしてもランベルティーニ子爵もいくらリュディガーが怖いからって平民である彼に対してえらくあっさり謝ったものだ。カイも驚いた顔をしている。
「まぁまぁリュディガー。もういいだろ?子爵様は古代文字の解読に興味があるってことだろ?」
キューを食べ終わりお茶をゴクゴク飲んでいるピッポが満腹の幸福感に浸りながら言う。
「そうだよリュディガー。いい加減下ろして。吐きそう」
食後すぐなのに胃を押さえつけるように抱えられて気持ち悪い。
「わかった。だけどエメラルド、お前こそわかってるな?」
「わかってる、わかってる」
解読をする時はちゃんと食事を摂ればいいんでしょ?
わかっていますとも!
お待たせしました。
また少し進んで、お休みする予定です。
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年末に向けもうひと踏ん張りですね。頑張りましょう。




