83 王都へ9
そろそろ子爵が来る時間になるので船長達には早速仕事を始めてもらうことにした。今夜はニコラスがドア前に立ち護衛開始だ。高級宿泊施設では船長の顔は厳つ過ぎるしマグダでは目を引き過ぎる。結果、イーロとニコラスが交代で行う事になった。
子爵を迎える為に準備の最終仕上げをしていると、ノックがしニコラスが顔を出す。
「ランベルティーニ子爵様がお見えです」
おぉ、ちゃんと護衛してるニコラス。新鮮だ。
一時雇い侍従がドアを大きく開きランベルティーニ子爵がトコトコとやって来た。私達が二列に並び一斉に礼をとると子爵が軽く咳払いする。
「楽にして構わない。今回は招待をしてくれてありがとう」
「とんでもない事でございます。こちらこそ、ご来訪頂きありがとうございます」
カイが大人の対応をしている横で私はアホの子を起動する。
「今晩は子爵様。来て頂いてありがとうございまっす!」
ニコッとすると子爵が僅かに頷き目を細めた。
え?笑った?
これはとうとう子爵も私を受け入れ始めたんじゃないだろうか?こうなればこっちのもんだ。
「子爵様、食べ物は何が好きですか?今夜は分厚い肉が出るのだそうです。私は肉が大好きなんです」
アホの子を発動しつつ数歩近寄ると子爵がキュッと眉を寄せる。
あれ?叱られる?
一瞬身構え、カイが焦ったのか後ろから私の腕を掴んだ。
「ふむ、其方は全く礼儀が身についておらんな。精神的には子どもとはいえ年齢は成人しておる故この先王都へ向うならそれではいかん。旅の間に私が直々に指導してやろう」
「え?」
カイに腕を掴まれたまま、あまりの事に二人して固まっていると一時雇い侍従が一歩踏み出してきた。
「畏れ多くも子爵様はお前に礼儀作法と所作をお教え下さるそうだ」
「え??」
全く理解が追いつかず、マヌケな状態を晒してしまっていただろう。それもこれもアホの子を起動していたせいだと思いたい。
「し、子爵様。恐れ入りますが、エメラルドは回収船の中でしか生活をしておらず家族のように接していた人間もここにいるリュディガーとその祖父だけです。今回幸運にも特級遺物を掘り当て王都へ向っておりますが売却後は再び船へ戻ると言っております。故に、子爵様がご指導下さるには及びません」
アホの子起動中の私に代わりカイがどうにかお断りをしてくれる。だがそれでも子爵は全く表情を変えず、
「礼儀作法はどのような暮らしをしようとも無駄にはならぬ。しかもこの少女は成長すれば更に人目を引く容姿になろう事が窺える。であればそれに相応しい扱いを受けられるようにする事は急務であろう。構わぬ、どうせ長旅になるのだから」
いやいやいやこっちが構うわ!っとは突っ込めない。貴族からの提案は断らない、断れない事が基本だ。高速艇に乗っていたなんちゃ男爵達の無体確定申し出はサックリお断りしたが今回のは有り難くも?真っ当な申し出だ。
振り返ってカイと「嫌なんだけど」「だがこれ以上断れんぞ」「礼儀作法とか無理だよ」「いいからやれよ!お前が子爵と関わりたがったんだぞ」「だってこんなことになるなんて思わないじゃない」「諦めろ」などと目だけで言い合った後に断腸の思いで子爵に向き直った。
「ありがとうございまっす、子爵様」
頬がピクピクしていた。
いわゆるお貴族様と平民は同じ空間で食事はしない、というルールを破りにかかったのはこちらのせいだが。何故にいま、同じテーブルのしかも角を挟んで隣り合う形で子爵と私は食事をしているのだろう……
「先程のスープは随分上手く食せるようになったな。では次は……」
こんな状態で美味しくお肉を食せる気がしない。
チロリと他の皆をみれば少し離れた位置だが同じテーブルで黙々と食べている。カイとリュディガーは街で裕福な平民と一緒に食事をする機会があったせいか、貴族様と一緒でも失礼のない程度にはマナーを守れているようだ。そんな二人を真似しながらピッポも流石に大人しく食べている。私もアッチが良かった。
「ふむ、なかなか覚えが良いな」
「あ、ありがとうございます」
「……この場合は『ありがとう存じます』と申すと良い」
「は、はい。ありがとう存じます」
「それから、貴族相手に平民が気安く話しかける事も礼儀に反する。どうしても用がある場合は侍従や使用人を通すか、『過分な事でございますが、おおそれ多くも申し上げたき事がございます』等の許しを得てから本題に入るなどの配慮が必要だ」
「は、はい。わかりました」
「そこは『承知いたしました』もしくは『かしこまりました』等が適当だ」
「……承知いたしました」
「ふむ」
ここは地獄か。
なかなか進まない食事がやっと終わり……生も根も尽き果てた……
「今宵はこの辺で良かろう。また明日、今夜の復習を怠るなよ」
「ご指導頂きありがとう存じます」
「ふむ」
きっちりと礼を取り見送るとランベルティーニ子爵は部屋へ戻って行った。
しばし放心状態でソファに体を沈める。
「お疲れでございましょう」
サイラが優しい笑顔でお茶を淹れてくれかなり癒される。
「これって王都まで続くのかな?」
既にウンザリした気持ちで一杯だ。向かいに座るピッポがリラックスした感じでまたどハマリ中のキューを食べている。料理人に無理言って作ってもらったんだな。
「お前が言い出した事だろ?カイやリュディガーはともかく俺は完全に被害被ってんだぞ」
「今回のはカイのせいでしょう!」
「確かに」
二人してきっと申し訳無さそうにしているであろうカイを見るとスンとしてやがる。
「お前らそう言うけどな。子爵の部屋がこの宿の最低ランクで食事無しだと聞いた俺の気持ちにもなってみろ」
「嘘だろ」
「嘘でしょ!?」
もしかして水と旅行用のかたいパンでしのぐつもりだったとか?そうなら当然一時雇い侍従も御者も護衛も同じか自腹だったろう。
「もしかして侍従がわざとカイに聞かせたとか?」
「だろうな。こっちをチラチラ見てたから」
「「「はぁ~」」」
三人で思いっきりため息をついたけれど誰も明日からの食事を断ろうとは言い出せない。
「子爵も流石に世話になりっぱなしだと気になったんだろう。だから自分が何か返そうと思ってエメラルドに礼儀作法を教えようと思ったんじゃないか?」
貴族との食事がそれほど苦でもなさそうなリュディガーが言う。オリエッタ商会との付き合いの中で貴族と接する事があるのか慣れているのだろう。アホの子起動中の私の完璧な演技が裏目に出てしまったようだ。
「子爵様ってクソ真面目過ぎない?」
「それな」
ピッポと二人でショボくれた。
朝食は流石に各自でということで子爵の部屋に運んでもらった。もちろん一時雇い侍従や御者や護衛の分も昨日の夕食も含め用意してやった。
出発時間となりロビーで待っていると子爵がトコトコやって来た。少し顔色が良さそうだで、私達の前まで来ると足をとめる。
「おはよう、諸君」
「「「「おはようございます、ランベルティーニ子爵」」」」
初めて子爵からの積極的なお声がけに驚いたがすかさす挨拶を返す。子爵の表情は読めないが機嫌が良い事は間違い無いだろう。
今日からは船長達が私達の護衛についている。子爵の馬車は案内人という名目上先頭だが一人しか護衛を雇っていないためそこに船長が追加で入った。基本的に人を護るのが護衛の仕事のため私達が乗っている馬車を中心に他の三人が側についている。ここから先は徐々に魔物が現れたり、盗賊等も時々出るようで警戒が必要な地域に入るらしい。
直ぐに出発するといつも通り数時間後に休憩に入った。今日は生憎の天気で小雨がパラついている。外でのお茶は無理かなと思っていたが馬車の屋根を利用し防水シートを雨よけに張るとそこへテーブルを置いてくれた。少しでも外に出て体が伸ばせるようにとサイラ達が頑張ってくれたのだ。そこへいつもより近い位置に馬車をとめていた子爵もやって来た。
いつもなら別でテーブルを用意しているのだが昨夜の事もあり、既に同席しているのだからと狭いテーブルで皆で休憩を始めた。
「一晩の事であったが其方は随分所作も改善されているのう」
言葉遣いだけでなく所作も鍛えられた私は今日はアホの子を起動せず不自然でない程度に知っていた知識の範囲内で大人の行動をとると直ぐに子爵が気づいた。
「恐れ入ります。子爵様にご指導頂いた事を昨夜のうちに復習致しました」
「ふむ。感心であるな」
これで満足して頂いて、これ以上ご指導頂かなくてもいいですよ作戦開始だ。
ちょっとずつしか投稿出来ておりませんが宜しくお願いします。
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