80 王都へ6
林の中をうろつき、お腹が減ってきたので帰ろうかと思っていると少し離れた場所に人影があった。靄が薄れ日が差してきた木陰に佇む小さな影。
「あれランベルティーニ子爵じゃない?」
「そうですね」
距離があっても見間違わない独特のフォルム。子爵は早朝というのにキッチリ身なりを整え後ろで手を組みトコトコと散歩をしているようだ。
「可愛くない?」
「…………」
口を噤むサイラは私と趣味が違うらしいく少し眉間にシワを寄せている。その間もトコトコしている子爵がふと私達に気づいた。
「おはようございます、ランベルティーニ子爵」
笑顔で挨拶をすると子爵は少し眉を寄せたが私が遺物保持者だと気づいたのか軽く頷き去って行った。
「めっちゃ貴族っぽい」
「貴族様ですから」
後で聞いたが貴族様には平民は許しがない限り話しかけてはいけないらしい。そんな面倒いルールがあるとは。それでも私にお叱りが無かったのはランベルティーニ子爵の心が広いという事なんじゃないだろうか?
朝食を終えて直ぐに子爵が宿泊している宿へ向かった。宿は港町で見たのとは違い小さく古ぼけて見え、いくら小さい町とはいえどう見ても私達が泊まったロイネの家の方が立派な気がした。
「こんな所に泊まったの?」
振り返ってカイ聞くと微妙な顔で頷く。
「案内人の予算は決められてるからな。港町では貴族が多いから見栄を張って高級ホテルを使うがその分ほかじゃ切り詰めてるんだろ」
「えぇー!そんな事あるの!?」
ランベルティーニ子爵ってやっぱり裕福では無いのかも。服が擦り切れていたのも見間違いではないのか。
疑問を抱えつつ馬車は出発し目的地へ向いやがて数時間後、休憩となり私達は馬車を下りてサイラ達が用意してくれたお茶を飲んでいた。各々体を伸ばしたり、景色を眺めたり。ピッポは軽くその辺を走り回ったりしていたが急に私の元へ駆け寄る。
「やべー、子爵はただの水飲んでたぞ」
「え?」
一瞬意味がわからず固まってしまう。ピッポによると退屈しのぎに駆け回っていたらたまたま子爵の馬車の横を通りがかり、たまたま中を覗き込んだら丁度子爵侍従が水筒から水をカップに入れ渡しているところだったとか。いやたまたまちゃうやろ。
それは置いておくとして、私達が温かいお茶を飲んで休憩しているのに子爵が水って。侍従は何してんだ?
「あれは一時雇いの侍従だな。湯を沸かす魔導具も無いんだろう」
隣のカイが気の毒そうな顔で言う。
「いやいやいやいや、そんな理由!?湯を沸かす魔導具なんて船でも普通に使ってたよ!」
「陸じゃ魔導具で使う魔晶石がそこそこの値段がする。船じゃ発掘されるから結構自由がきいてるけど生活が苦しいならケチるのはまずそこだ」
確かに船では魔導具に使う魔晶石は定期的に配られていた。そうでないと勝手に火を使われ火事に繋がる恐れがあるからだ。
陸では生活が困窮していると薪を集め火を使うらしいが移動では時間と安全の関係上魔導具を使う事が必須らしい。でも子爵はそれを用意してないのか。
「何とか出来ないの?」
なんだか手の中のカップの温かさが申し訳なくなってくる。リュディガーはため息をつき私の頭を撫でてくる。
「貴族達はプライドがあるから平民が手助けするとか簡単にいかない。まして俺達は初対面で数日間の付き合いだから信用も無いだろう」
どうしていいかわからないまま再び馬車が出発した。ガタゴト揺れる馬車の中で子爵の事が気になり見慣れない風景もそれほど興味が持てない。不意にピッポが港町で購入していた長細いパンのようなお菓子キューを差し出してくれた。
「これでも食え」
「……ありがとう」
受け取ったがもしかして子爵はこれも食べられないのかと思うと口へ運べずにいた。
「食べないのか?毒入りじゃないぞ」
「わかってるよ」
「貴族は毒見しなきゃ食べないらしいぞ」
「アンタが私を毒殺する意味ある?」
「無いな。だったら俺を信じて食え」
ここまで言われて食べなかったらピッポを疑ってる事になるとか騒がれて面倒くさそうだ。パクっとひと口齧るとカリッとした外側とモチッとした中身が絶妙な食感。大変美味しい。
「どうしてそこまで子爵にこだわるんだ?貴族には良い印象なんて無いだろう?」
カイが呆れたような笑みを浮かべている。
「貴族って面倒いとは思っているけど、ウザかった高速艇の貴族はもう居ないし同じ子爵位でもランベルティーニ子爵は別の貴族でしょ?別に嫌なこともされてないし言われてないから印象は悪くないよ?」
なんだったら可愛いし。
ナルホドなと言いながら頷くカイ。
「だったら少しでも子爵がこの旅を快適に過ごせるように手を貸してやるか?」
「出来るの?」
「お前が物を知らない事は朝の件で子爵にも知られたろうからそこを利用する」
確かに本で学んだ事以外は陸での生活に慣れていない私はちょっと常識からズレている自覚はある。貴族との接し方なんて本は船には無かったし。
「だけどなエメラルド、子爵が他の貴族よりマシだからって深入りするな。貴族は貴族だからな」
黙って聞いていたリュディガーが心配そうな目で私の肩をきゅっと抱き寄せた。馬車で王都へ向かい出した辺りから彼は何となく大人しく一歩引いた感じだ。
私を追って慌ててメルチェーデ号を出たはいいが私が魔物に襲われ行方不明になって漂流で死にかけたが無事に見つかって回復し、その過程で世話になったベルナデッタを接待しここに来てやっと相手しなくてよくなりホッとひと息ついたところだろう。振り返れば随分心労をかけたのだから素直に言う事を聞いておこう。
「わかった。気をつけるよ」
ごめんね、ありがとうリュディガー。
昼食の休憩になった。私達は昨日と同じくサイラ達が魔導具を使い食事の用意している。そろそろ出来ようかという時、私は軽快にランベルティーニ子爵の馬車へ向かった。子爵は昨日普通の休憩では外へ出て来なかったが流石に昼食時は外へ出ていた。今日も馬車から出たところを見つけ駆け寄って行く。
「ランベルティーニ子爵、こんにちは。お食事は済みましたか?私はこれからなんですけれど良ければご一緒しませんか?」
成人はこの前迎えたのだが出来るだけ世間知らずの子供のように振る舞えとカイに仕込まれた。
「いいか、意味もなくニコニコして悪気なんてこれっぽっちもありません。なんにも悪い事なんて考えておりません。ただお貴族様が珍しいだけなんですって顔して声をかけろ。少しでも怒ってそうだったらすぐに引けよ」
「要するにアホの子になれと。ハイハイわかりました」
というやり取りを経て今の私は私史上最大にニコニコしている。頬が引き攣りそうだ。
ランベルティーニ子爵は私を見て眉間に皺を寄せたが怒っては来ない。すると一時雇いであろう侍従が慌てて駆け寄って来た。
「コラコラ、子爵様にみだりに近寄るな」
一時雇い侍従は私と子爵の間に割って入り睨んでくる。一時雇い侍従の割にちゃんと仕事はするようだ。
「えぇ~、どうしてぇ?子爵様と一緒に食べたいだけなのにぃ~」
口を尖らせ足を踏み鳴らして駄々をこねるフリをする。これ結構恥ずかしいな。
「馬鹿言うな。子爵様が平民のお前と一緒のテーブルにつくわけが無いだろう。まったく、そんな事も知らんのか」
完全にアホの子を見るような一時雇い侍従の態度。なんかムカッとするけど作戦は成功してるって事だよね?
「なんで駄目なの?なんでなんでぇ〜」
プンスカ拗ねる私に後ろからカイが慌てた風に駆け寄る。
「コラコラ、お貴族様に近寄ったら駄目だと言ったろ!」
アホの子を更に後押しする為の要員だ。カイはランベルティーニ子爵にきっちりと礼をとり私にも強制してくる。
「ほら頭を下げてみだりに目を合わせるんじゃない!失礼に当たるんだぞ」
「え?目も合わせちゃ駄目なの?」
目を合わせずにどうやって話すんだと今更ながら思うがそもそも平民と話し合うとか無いのかも。
くちびるを尖らせていると何処からか小さく嘆息するのが聞こえた。
「もう良い。物を知らぬ子供にいちいち腹を立てたりはせぬ」
表情は変わらないが少し高い子爵の声。やっぱり良い貴族なんじゃない?
「じゃあ一緒にご飯食べる?」
「無論食べぬ」
ちょっとずつしか投稿出来ておりませんが宜しくお願いします。
読んで頂いてありがとうございます。
面白いと思って頂けましたら、ブクマ、評価、宜しくお願いします。
ポイントが入るとクルクル回って踊って喜んでおります。くるくる〜☆




