70 エルドレッド国へ3
漸く殆どの救助された船員が降りていき最後尾にピットリとくっついてクネクネしているカップルを残すばかりとなった。
「マグダ、早く降りなよ」
列に並んでいる間、イチャコラ二人の世界に入ってなかなか降りようとしない彼等に呆れて声をかけた。
「あら、エメラルドちゃん。元気になったのね、良かったわ」
色気ダダ漏れの艶っぽい笑顔だ。
「……心配してくれてありがとう」
リュディガーに私が残っていることを教えてくれたのがマグダだったと聞いている。こんなチャラいおねぇさんだが人としてはフランコには勿体ないくらいちゃんとしてる。
「おっぱい……」
ピッポの呟きは無視してほらほらと追い立ててタラップを降りるように急かす。
「もう、せっかちねエメラルドちゃん。もう会うこともないだろうけど元気でね」
なんだか急にしんみりした感じでマグダが手を振り降りていった。彼女も最初の計画では特級遺物を持ったフランコと王都へ行くはずだったろうがこの港町から先へは進まない。これから財産も仕事もなく暮らしていくのは大変だろうな。
「お前達も早く降りろ」
マグダの心配をしているとダキラ船長が急かして来る。自分の船は無くなってしまい救助された身だけれど船長の立場として最後に降りるという事を全うしたいようだ。いや偉いよ。
「お世話になりました。お金、フィランダー国のどこに振り込んどけばいい?」
今は手持ちがないから特級遺物を国へ売却後に払えばいいらしいけど。
「払ってくれるのか!?」
「えぇっ!?」
驚いた船長に私が驚いた。
「そりゃ払うよ。助けてくれた事には変わりないし、個室も使ったし」
「払う必要はない」
リュディガー……お前の仕業か。
どうやら私が死にかけた責任を取らせるために金銭を要求し支払いを相殺させようとしているようだ。
別に普段のリュディガーは銭ゲバでも理不尽な奴でもなんでもない。ただ私が絡むとちょっとポンコツになる。
「ピッポ、私が居ない時はちゃんと見張ってなきゃ駄目じゃない」
斜め後ろでカイと一緒にいるピッポを睨む。
「あぁすまん。見逃してたわっていうか、ちょっと面倒くさくなってたわ」
おっぱいばっかり見てるからそんな事になってんだよ。
「リュディガーの言ったことは気にしないで。ちゃんと払うから連絡先を教えといてくれる?」
「マジか?だったら賠償請求も無しか!?」
鬼かリュディガー。相手は船も無くしてどうやって国へ帰るかも目処がついてないんだぞ。
「ないない、そんな事しないから安心して」
ダキラ船長はホッとした顔をしてニコラスと肩を叩きあっていた。
タラップを降りながらリュディガーがグチグチと文句を口にする。死にかけた上に金を払うなんて呆れた行動だとか、彼奴等に何か鉄槌を下さなければ気が収まらないとか。いい加減にしなよ、と睨みつけるとピタリと収まった。
心配をかけたのは悪かったけど他人に当たるのは良くないよね。ま、後で一緒に美味しい物でも食べてあげれば機嫌がなおるでしょう。だってここは陸だよ。
「やっと本物の陸、大陸だ!」
ポンッとタラップの最後の段から足を揃えて飛び降りた。トンッと軽く地面に足がつき平らな石造りの埠頭を足の裏で感じる。あの小島のデコボコとした感触とは全然違うな……っていうか……
「くっさ、なんの匂いなの?」
初大陸上陸だっていうのに生臭い匂いに顔をしかめる。感動が台無しだ。
「ホントだくっせー。あ、あれじゃないか?」
後から降りてきたピッポが左手で鼻をつまみ右手で指さした方を見た。そこにはオリエッタ商会の船員がいてクレーンで積荷を下ろしている姿があった。
「あ、それは素材屋の倉庫へ直行で持ってくから!」
ピッポの後から降りてきたニコラスが大声で叫びながら追い越して行き積荷を下ろしている方へ走る。よく見れば魔物討伐船の船員達もそこに居て積荷が積まれた台車の横に並んでいる。
あれって……
「全部持って来れなかったのが残念だが、少しは足しになる」
ダキラ船長が最後に悠々と降りてくると台車の方へ行った。
「あれはアスピドケロンとキングクラーケンの素材だ。オリエッタ商会の奴等に二箱までだって言われたのを拝み倒して四箱積み込んでた。カッコ良かったぜ」
ピッポが感心したように言った。
「何がカッコイイだ。船員に握らせて押し通したんだよ」
ワイロか。なるほど、流石ダキラ船長。あくどい事が似合いすぎる。どんな手を使っても要求を通すなんて味方から見れば頼もしいじゃないか。
「船が無くなったんだから必死なんでしょ」
たとえ国へ帰れたとしても魔物討伐の仕事はもうできない。何を始めるにも元手が必要だろうから素材を売れて良かったんじゃないだろうか。
魔物討伐船の人達を見送り私達も王都へ向かう手続きを行うために私とリュディガー、ピッポ、カイ、サイラ、ミラと案内を待っていた。するとそこへ可憐な声が辺りに響いた。
「リュディガー」
私達が降りてきたタラップと違い、少し離れたところにあった何やら特別感があるキラキラしいタラップから美しい黒髪の綺麗な少女が笑顔で呼びかけながら降りてきた。名を呼ばれた本人は振り返る前に小さく息を吐き顔を整える。
「……ベルナデッタ」
なるほど、例のお嬢様ね。
ベルナデッタはゆっくりと靴音を鳴らしながら優雅にタラップを降りてくる。自分がどう振る舞えば人目を惹きつけられるのかを知っているのだろう。彼女の目論見通り私達はその場から動かず視線を向けたままじっと立っていた。
「案内人はまだ来ないの?おかしいわね、先に知らせておいたんだけど」
小首を傾げ笑みを浮かべながらリュディガーを見上げる。黒眼がちでタップリとした睫毛に縁取られた切れ長の瞳。スッと通った鼻筋と艷やかなくちびる。スラリと華奢な体つきで上品なワンピースを着こなし卒のない感じ。
これまでメルチェーデ号で見てきた若い女達は一攫千金を狙う輩にくっついて来た野心家なマグダみたいな女や、自身が一発当ててやろうという男勝りな女、もしくは親に捨てられた私のような世間知らずな女だ。全く別な生き物といえるベルナデッタはまるでこの場にリュディガーしかいないかのように彼に話しかけている。
「まだかかりそうだからいつもの所で休んで待たない?」
そう言って誘うような目を向けて歩き出そうとする。暗に自分はリュディガーと港町で何時も一緒に過ごして来たと言いたいのだと知らせてくる。
ほほぅ、これが噂のマウント行為か。メルチェーデ号でお姉さん達がよく話してたよ。
「いや、俺達はここで案内人を待つよ。ベルナデッタはここで待たせられないから行ってくれ」
おぉリュディガーの外面だ。新鮮だな。しかも自分は一人では行動しないと宣言してるのか。
ベルナデッタは一瞬、整えられた美しい眉を寄せたが直ぐに笑顔を見せた。
「嫌だわリュディガー。皆さん一緒で構わないわよ」
「いや、だが俺達は……」
「ベニート兄さん、良いわよね。案内人には店の方に来てもらえば」
ベルナデッタが視線をあげていう。
「構わない。王都の役人は人を待たせることが仕事みたいなものだから いつ来るかわからない。行くぞ、リュディガー」
リュディガーは断ろうとしていたが、キラキラしいタラップからもう一人、オリエッタ商会の次男ベニートが降りてくると言葉を遮った。
そこからあれよという間に四人とも馬車に乗せられ埠頭からドンドン坂道を上り街なかへ入って行った。ちなみにサイラとミラは二台目の使用人用の馬車に乗せられていた。
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