68 エルドレッド国へ1
私は差し出されたカップに入ったスープを飲みながら久しぶりにカイを見た。
「あぁ~、休んでいるところ悪いな」
「なに気持ちの悪いこと言ってるの、こっち来れば?」
彼は遠慮がちに距離を取りドアの前で立っている。
「じゃあ、少しだけ失礼する」
ゴックンと喉が詰まりそうになりながらスープを飲み込んだ。
「うっ、ゴホッゴホッ」
「エメラルド様、大丈夫ですか?」
サイラが慌てて布巾を差し出してくれる。それで口を押さえながらカイを睨みつけた。
「さっきからなんなのその態度!あなた本当にカイ?」
カイはベッドの横に置いたイスに座ると目を閉じ眉間にシワを寄せていたかと思うと突然がばっと頭を下げた。
「申し訳ない!お前、じゃなくて、あなたを見失い危ない目に合わせてしまった!」
「別にいいよ。カイのせいじゃないし」
再びカップのスープをゆっくりと飲む。
口に広がる優しい味わい、お腹に染みわたる温かい感覚。あぁ~生きててよかった〜。
「いや、俺はお前を守るという契約が……」
「十分守ってもらってたよ。思ってたよりずっと」
カイは体を伏せたままで顔だけをあげて私を見ている。
なんだそれ、ニコラスにあざとい技でも仕込まれたか?
見上げる瞳には薄っすら涙が浮かんでいるような気がする。
「だけど怪我も負わせて海に漂流まで……」
「そう!危なかったよね~、よく自分でも助かったと思うよ。あそこで救命具とか奇跡だわ」
恐らく魔物討伐船の残骸と一緒に流されて行ったのだろうけど、運が良すぎだろう。
「カイは怪我しなかった、わけないよね。あれだけふっ飛ばされたんだもん」
「俺は大丈夫だ」
「いえ、カイ様も重症でした。怪我をおしてエメラルド様を探していらっしゃいましたよ」
サイラが私から飲み終わったカップを受け取りながら教えてくれた。
「そうなの?ありがとう、悪かったわね。もう平気なの?」
「いやお前の方が大変だったろ」
「私ももう大丈夫だよ……ところでさ、ちょっとお願いがあるんだけど」
私はサイドテーブルにある請求書を横目で見て言った。
私の特級ケースはどこに行ったかわからなくなっている。恐らくあの島の何処かにあるんだろうけど、キングクラーケンに魔導砲を撃ち込んだって聞いたからきっと一緒に吹き飛んでる。
ってことは、はぁ……無いんですよね、お金が。偉そうにサイラ達の部屋代も払うよとか、お貴族がたかってんじゃねぇよなんて言ったけど今は高額治療費をなんとかしなければいけない。しかもこの部屋も別料金がかかってそうだ。
「なんだよ、なんでも言ってくれ」
私を守りきれなかったなんて落ち込んでいるカイの気持ちにつけ込むようで言い辛いが言わなきゃ伝わらない。
「お金貸して欲しいの。治療費と部屋代」
「は?貸すのは全然かまわないけど、なんでだよ?」
カイは不思議そうな顔をしてるがアナタは良いわよね。特級ケースをミラに持ってもらってたから無事なんでしょうよ。
「だって、私の特級ケース……もう無理じゃない」
意識が戻った時から覚悟はしてた。医務室の窓から見える空の雲がどんどん流れてるってことは、とっくに島を離れ何処かへ向かっているということ。サイラから聞いた話じゃこの船の持ち主であるオリエッタ商会が帰港を急いでいるということ。そんな状態じゃ探してなんてくれていないだろう。
「なんだ、聞いてないのか」
カイはクスッと笑うと私のベッドの下に屈んでグイッと何かを持ち上げた。
「えぇ!それ、私の、特級ケース!?」
持ち手は取れて無くなり全体的に表面は黒く焼け焦げデコボコして傷だらけ。
「これでも一応サイラとミラが洗ってくれたんだがな」
驚き過ぎてただケースが私の前に置かれるのを見ていた。ミラが素早くタオルを敷いてくれその上に置かれた特級ケースの上に手を置いた。
「お前以外開けられないから中が無事かは確かめられてないんだ」
意識せず魔力を込めケースを開くために上部に手をかけた。
「う、うん?あれ、開かない」
ロックは解けたはずだがケースは開かない。
「あぁ、流石に変形したか?」
指に力を込めてなんとか開けようとするがビクともしない。
「ふんぬっ、うんぐ、ぬあ」
必死なり過ぎて女子からぬ声がまろび出てしまうがかまうもんか、ってこのくだり前にもあった。
「ちょっと貸してみろ」
「うにゃい!」
ベシッ!
「イテッ!」
みかねたカイが手を貸そうしてくれ覗き込んできた時にパカッとケースが開いた。勢いでカイに裏拳を食らわせてしまう。
「開いた!」
「……良かったよ」
鼻をさするカイに笑ってしまう。タイミング的に裏拳に喜んでいるみたいだと言うとそんな趣味は無いと強めに否定され、そこでふっと空気が和みお互いに笑った。
なんだか私のことで責任を感じているみたいだが今回のことは異例中の異例だろう。航海中に考えられる全てのトラブルに巻き込まれたような状況だった。その割にカイはよく助けてくれたよ。私一人じゃアスピドケロンの時点で終わってたろう。
やっと開いたケースを確認する。ケースは完璧に中身を守ってくれていて破損や水濡れなど一切なかった。
「よかっっったぁー、『ヴィーラント法』!と、特級遺物」
実は遺物よりオジジにもらった『ヴィーラント法』の本の方が気になっていた。もちろん遺物も気になってた、けどね。せっかくオジジが贈ってくれたものだからこっちの方が大事に決まってる。遺物は売却予定だしね。
「本の方が大事とか……わかるぞその気持」
「でしょう?」
カイが同意してくれ喜びながら表紙を撫でて懐かしさすら感じるザラつきを愉しむ。
そして戻って来て金銭的に助かった特級遺物も確認しケースを閉じようとして違和感を感じて手を止めた。
「んん?なんか、違う?」
本を取り出し一緒に入れてあった布越しに特級遺物を持ち上げて少し回しながらジッと眺める。
「なにが違うんだ?そもそもそんな特異な形、間違えようがないだろう」
カイは私の手の中にある二十面体の遺物に顔を近付けて見ている。彼はそこまで詳細に観察していたわけじゃないだろうからこの違和感には気付かないのかも知れない。
「ちょっとこの文字が濃くなった気がする」
「文字?」
二十面体の一つ一つに記されている意味不明の文字。半透明で黒い本体に彫っているわけでも色がついているわけでもない、まるで浮かび上がっているかのような文字。それが薄っすら色付いているというか光っているというか。とにかく前よりハッキリ見えている気がする。
「そうか?まぁ俺はそんなにじっくり見てないからエメラルドの言う事のほうが正しいかも知れないが、とにかく損傷はないんだったらきっちりケースに仕舞っとけ。それから、この船の奴等には見せない方がいい」
急に真面目な顔をしてカイがそう言って部屋を出て行った。
さっきまで和やかだったのにどうしたんだろう?そもそも特級遺物はそんな簡単に見せたりしないのに。
部屋の中にはサイラとミラも居たが二人はケースを開けようとした時から視界に入らないようにそっと隅に控えてくれていた。チラッとくらいは見えたかも知れないが、カイだってミラに特級ケースを預けたくらいだからそれだけ信用しているってことだろう。
まだ本調子でない私は複雑なことを考えるのは疲れてしまう。後でもう一度考えてみようと体を横にした。
サイラが毛布をかけ直してくれる。
「ありがとう」
「暫くは大人しくなさって下さいね」
「そうね。そうだ、特級ケースって誰が探してくれたの?カイは私を探してたならそんな暇なかったでしょう?」
何気ない質問のつもりだったがサイラが顔を曇らせた。
「それが、イーロなんです」
「イーロ!?」
お貴族様の高速艇で最初に案内してくれたのがイーロだ。魔物討伐船の中で一度会ったけれどそこまで親しくなってはいない。なのにキングクラーケンと一緒に魔導砲で吹き飛んだ特級ケースをわざわざ探し出してしかもちゃんと返してくれたってこと。
アイツそんなにイイ奴なの?
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