66 オリエッタ商会6
「直ぐに追ってくれ!」
余裕のある顔をしていたベニートも事態を飲み込めず指示を出しかねている。
「ベニート!」
「ベニート兄さん」
呆然とする彼の名前を呼んだ。ついて来ていたベルナデッタも兄の傍に行くと心配そうに顔を覗き込んだ。だがベニートは険しい顔で俯く。
「いや、追うわけにはいかない。悪いなリュディガー、ここまでだ」
「何を言ってるんだ!エメラルドに何かが起こってる。助けてやらなければ」
「俺にはこの船とベルナデッタを護る義務がある!」
俺の言葉を遮るようにベニートが叫ぶ。
「気の毒だとは思うがどういう状況かわからない所へ行くわけにはいかない。魔物に追われているだけなら離れた場所から魔導砲を撃てばいいが、これは……何と言えばいいのか。魔物が船を取り込み曳航しているように見える。あるいは既に沈められ海中を進んでいるのかも知れない」
心臓が鷲掴みにされたように苦しくなる。
確かに見えるのは特級ケースの信号だけだ。魔物討伐船の信号も健在だがどちらも生存を表しているわけじゃない。エメラルドに何か起こっていても信号は途絶えない。
「だが、それでも俺は行きたい。行かなきゃ駄目なんだ!頼みますベニート」
厳しい顔のベニートが大きくため息をついて俺を見た。
「リュディガー、すまないが……」
「近くまででいいです」
ベニートが断ろうとした言葉を遮りピッポが言った。
「この船の安全が確保できる地点まで行ってもらえませんか?」
静まり返った操舵室にピッポの言葉だけが聞こえる。
「そ、そうか。そこから救命艇を貸してもらえませんか?」
ピッポの考えをくみ取りそう続けるとパンッと背中を叩かれた。
「俺達だけで向かうんで、お願いします」
ベニートは渋々という感じで承諾してくれた。
ピッポ、仕事出来過ぎだろう!
魔物討伐船は特級ケースの信号と魔物の光と共にフラフラと移動している。途中で一度脱出をはかった救命艇がいたようだが一瞬で消えた。これもバグかも知れないが。
魔物討伐船はやや北寄りに引き返すように進んで行く。進む速さは高速艇であるこの船よりも遅く、何処まで行くんだとヒヤヒヤしていたが突然動きを止めた。
「何故止まった?まさか沈め……」
ベニートが言いかけた言葉を俺をチラッと見て飲み込む。
「そろそろ少しは拡大出来るんじゃないか?」
魔物討伐船は曳航された時点から救援要請を出していた。モニターを拡大すれば何か少しでも状況が確認できるかと思っているとそこから幾つかの救命艇が離れて行った。
「脱出できたのか!?」
救命艇は四方へ散っていきその内一艇がこちらへ向かっている。
暫くしてその一艇を救助する為に船を止めた。回収されたのは十人で内一人が女性だという。詳しい話を聞くために救助された人達の所へ向かうがエメラルドは居ないだろう。特級ケースの信号はまだ魔物討伐船と重なっている。
「船は沈んでないんだな」
脱出して来た船員がベニートに説明をしている横で助かった中の唯一の女性が俺に教えてくれる。
「みんなあの島にいるの」
「島?あんな所に島があるのか?」
人が住める島なら国が確保し登録しているはずだ。ということは無人島だろうが、それでもある程度の情報がありそうなものだ。航行する上での目印になるし、緊急事態の避難場所にもなりうるからだ。
「まだ生き残ってる人が大勢いるの。若い娘もいるから助けてあげて」
「若い娘って、名前はわかるか?エメラルドっていう……」
「エメラルドちゃんを知ってるの?あの娘まだ残ってるのよ、生きてるわ」
女性の話を聞き俺は救助を急ぐ事にした。
「姉さん、ありがとうございます。名前を聞いてもいいっすか?俺はピッポ」
ピッポが女性に礼を言い俺についてきながら尋ねる。
「マグダよ。頑張ってねピッポ」
俺に追いついて来るとピッポが真剣な顔をして言う。
「スゲーおっぱいだったな」
ピッポ……そういうところだぞ。
ベニートはここで待機すると言ったのでマグダ達が乗ってきた救命艇にピッポと二人で乗り込み話に聞いた島へ向かった。もちろん丸腰で向かうことは無くベニートに武器を借りて積んでいく。船上から海の魔物を相手にするには飛び道具は必須だ。
救命艇のモニターに映る魔物討伐船の信号を頼りに出来る限りのスピードで向かった。
頼む、無事でいてくれ!
日が暮れかけ視界が悪くなる中、なかなか島にたどり着けずもどかしくかったが遂にもうすぐ目視できるかという所まで来た時、進行方向にツゥーっと細く煙が立ち上った。
「ピッポ、見えるか!?」
「あぁ、多分あそこに島があるんだろう」
気が急くなかやっとたどり着いた地図に載っていない島。船をつける場所は見当たらず煙が出ている場所を探そうとぐるっとまわると洞窟が見えた。海面には色々な残骸が浮かんでいる。迷わず入って行くと思っていたより天井が高く奥行きが深い。
煙は既にあまりなく、そこに魔物討伐船が半分陸にあがった状態で横倒しになりほぼ原型は留めていなかった。
「オーイ!ここだ!助けてくれ!」
救命艇のライトが見えたのか声が聞こえ船をつけると上陸した。数人の人影に向って目を凝らしたが薄暗くてよく見えない。
「エメラルドはどこだ!?」
声を張り上げると一人の男が顔をあげた。
「リュディガー……」
「カイ!エメラルドはっ!?」
正直存在を忘れていたカイに叫びながら近づくとびしょ濡れで怪我をしている様子。だがどこにもエメラルドの姿が見えない。
「すまん、居なくなった……魔導砲でキングクラーケンを撃った時に一緒に吹き飛んだんだがはぐれてしまった。恐らく外海へ流されたと思う」
気がつけばカイを殴りつけピッポに羽交い締めにされていた。
「お前がエメラルドを護って死ぬべきだったんだっ!!!」
ピッポを引きずりそれでも止まらない俺をその場にいた男達が数人がかりで押さえつけた。
「落ち着けリュディガー!こんな事してる場合じゃないっ!早くエメラルドを探しに行くぞ!」
ピッポの言葉に我に返り体の力を抜いた。
「……っ、この入江の中にはいないと思う。引き潮で外へ流されていったんだ」
口元の血を拭いながらカイが言う。俺が殴りつけた以外にも怪我をし腰にはロープがくくりつけられている。誰かが言うには皆が引き止めるのも聞かずエメラルドを探そうと入江の中を怪我を押して潜っていたそうだ。確かに最悪な顔色をしているがそれくらいやって当たり前だろう。しかもエメラルドは見つかってない。
「行くぞピッポ」
睨みつけていたカイから視線をはがし救命艇へ戻って行く。
「俺も乗せてくれ」
カイが後ろから声をかけてくるがそんなものは無視だ。返事を返さず船に向かう。他の奴等には後で迎えに来るとだけ言い残し救命艇を出そうとするとカイが無理矢理乗り込んでくる。
「ピッポ!そいつを追い出せ!」
「もう追い出す方が時間の無駄だ。早く出せよ」
チッ、ムカつくがその通りだと思い救命艇を出すと入江から出た。
「多分こっちへ流されていると思う」
入江から出るとムカつくカイが方向を示す。この島の場所は二つの海流の間にあって複雑な潮の流れが周囲に広がっている。これのせいで貨物船のルートからも外れていたようだ。
真夜中、救命艇のライトと銀色の月明かりが照らし出す美しく深い海の藍。
この大海の只中に放り出されたエメラルドを俺は探し出すことができるだろうか……
不安と恐怖心で自分を保つことが難しい。何一つ見逃さないよう目を凝らし海面を探し続けた。
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