64 オリエッタ商会4
エメラルドが乗っていたであろう救命艇が民間の魔物討伐船に救助されて一日がたった。
昨日はあの後モニターで確認していたところ、やはり魔物討伐船は素材の回収を優先しているようでエメラルドの特級ケースはなかなか救命艇から移動しなかった。夕刻になり移動を確認したところで俺も安心して部屋に戻った。
翌朝、朝食を取るために食堂へ行くとそこにベルナデッタがいた。この食堂は船員や客が使用する場所で、お嬢様である彼女はいつもなら自室で食事をとっているはずだ。
「おはよう、リュディガー……と、ピッポ」
「おはよう、ベルナデッタ」
「おはようございます。ベルナデッタお嬢様」
俺を見つめて微笑んだ後に、後ろにいたピッポに気づきついでという感じで挨拶をかわす。ピッポは全く気にしてない様子でついでに空気も読まずにベルナデッタが同じテーブルに誘った俺の横に当たり前のように座った。いい仕事するな、ピッポ。
「俺、肉の入ったサンドイッチ」
普通は各自カウンターに取りに行くシステムだが、お嬢様がいるのでメイドが一緒に持って来てくれるとわかり、ピッポが嬉しそうに昨夜覚えた肉の挟まれたサンドイッチを注文した。それを見たベルナデッタがやや眉を寄せた。彼女の食事は特別に作られたものだろうが、ここは普通に船員達が利用するのでジャンクな食べ物が多い。
「俺も同じのを」
ベルナデッタがわかりやすく目をみはる。これまで彼女の前では良い取り引き相手として求められる態度を取っていた。失礼が無いよう、お嬢様を優先し食事も相手に合わせた上品な物を選んだりしていた。少なくとも大口を開けて齧り付く肉のサンドイッチは選んだことはない。
だが今は取り繕う気になれない。ピッポがいるせいでもあるが、昨日の一件で気が抜けてしまったのだろう。
本来の俺は粗雑でパンも肉も大口で食べるただの庶民だ。同じ平民でも生まれついての大店のお嬢様とは違う。
運ばれて来た肉のサンドイッチに嬉しそうに食らいつくピッポと俺を見てベルナデッタがふっと笑う。
「幼馴染の前だとまた違う顔をするのね、リュディガー」
なぜだか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?だが機嫌が良さそうなので丁度いい。昨日の態度を謝っておいたほうがいいだろう。
「まぁ確かにコイツの前だと気が抜けるな。それと、昨日は失礼な態度を取ってしまって申し訳なかった」
基本的には船と商会は対等な取引相手という事になってはいるが、俺は船長モッテンの手下、というか部下だ。オリエッタ商会の番頭ベニートやベルナデッタには丁寧に接するのが当たり前だろう。たまたま気に入られ気軽に話す間柄になっていて、その中でもベルナデッタは敬語も使わなくていいと言われ普通に接している。それでも昨日は冷静さを欠いていたとはいえ態度は良くなかった。
「エメラルドさんの事が心配だったんでしょう?仕方ないわよ、気にしないで。もし私が同じように魔物に追われてたらベニート兄さんなんて周りの人間に当たり散らしていたと思うわ」
クスクス笑いながら目の前に置かれたフルーツをナイフとフォークで上品に食べている。ベルナデッタは上位貴族と同じ所作を身に着け知識を学び他国の貴族を持て成すこともあると聞く。その環境は同じ平民であっても住む世界が違うなと思わされる。
「許してくれてありがとう。ベルナデッタが許してくれなければベニートにも顔を合わせられなかったよ」
そうなればこの先の取り引きだってどうなることか。オリエッタ商会に目をつけられた奴等は少なくとも国内じゃ誰も相手をしなくなると聞く。まさか船長モッテンにそんな事は起こらないだろうけど俺を船から下ろせというくらいは言って来るかもしれない。
「ベニート兄さんもお父様もそんな馬鹿なことはしないわ。仕事と個人的な感情くらいわけてるわよ。それより、例の話考えてくれた?」
「例の話って?」
「もうっ、ノエル国へ一緒に行くって話よ。エメラルドさんが無事だったんだからいいでしょう?行けば貴方だって凄く勉強になるわよ。前から他の国へも行ってみたいって言ってたじゃない」
すっかり忘れてたベルナデッタからの申し出は確かに惹かれるものがある。特にノエル国は古代遺跡がまだそれほど荒らされず残っている場所が多いと聞いた。エメラルドとオジジが行きたがってた。
「確かにあの国は言い伝えや伝統を重んじる風潮がまだ残っているから行ってみたいが……」
「だったらいいでしょう?」
ベルナデッタは期待に目を輝かせているがエメラルドを放りだして行くなんてあり得ない。
「悪いが無理だ。俺がエメラルドについて行くことは船長命令でもあるしオジジからもキツく言い渡されている」
「だったら私が船長モッテンに聞いてみてもいいかしら?元々長期間船を離れるなら許可は必要だものね」
ベルナデッタは直ぐに立ち上がり直接操舵室へ許可取りに向かうようだ。これは不味いな。可愛い妹に我儘を言われればベニートは喜んで叶えようとするだろう。俺も慌てて立ち上がると彼女を追いかけた。
船長モッテンがあっさりと了承するとは思えないが下手すれば無理難題を吹っかけられる。
「ベルナデッタ、俺がエメラルドに付き添ってやりたいんだ。君だっていつもベニートと一緒に行動してるだろ?」
「私にとってベニートは兄だから、エメラルドさんにはピッポが付き添えばいいんじゃないの?」
ベルナデッタを止めようと前に立つがお嬢様に気安く触れるわけにはいかない。ぐっと踏み込まれれば下がらずをえない。仕方なく横に並んで歩きながら説得を続ける。
「書類上はピッポが兄妹みたいなもんだがこれまで一緒に暮らしてきたのは俺だ」
「あら、羨ましいこと」
ベルナデッタが拗ねたように少しくちびるをすぼめる。それでも歩く速度は緩めずに操舵室まで来てしまった。
「ベニート兄さん、お願いがあるの」
入るなりそう言うとベニートがモニターの前で嬉しそうに振り返った。
「おはよう、ベルナデッタ。俺に挨拶もできないほど急ぎの用か?」
ベニートは俺に視線を向け、挨拶をかわすと面白いことが始まりそうだという顔している。
「ふふっ、ごめんなさい。おはよう、ベニート兄さん。それでね」
「そうそうリュディガー、例の魔物討伐船は真っ直ぐ陸へ向かわないみたいだぞ」
「はぁ?なんだって?」
普通なら救助した人達を近くの陸へ送り届けるはずだ。いつまでも船に予定外の人を積んでいても食料や経費がかかるだけだから負担が増すだけだ。もちろん最終的に費用は国から支払われ回収はできるだろうが。
「魔物討伐船も商売だからな。送り届け先がエルドレッド国ならそこで素材を高値で売れると踏んだんだろう。もしかしたらもう一体くらい魔物を狩ろうとしてるんじゃないか?」
「なんでそんな危険な事をエメラルドを乗せたままでやるんだ!」
昨日エメラルドが救助された地点からならフィランダー国の方が近かったはずだ。それを踏まえてこの船だってそこへ向かってくれていたのになんてことしやがる!
「やっぱりアレを追ってエルドレッド国へ行くよな」
「もちろんお願いしますっ」
エメラルドを助けてくれたことは感謝していたがなんて奴等だ。
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