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オイヴァは私達、特にオジジと船長の事を探るようにジッと見ている。カイはオジジがエルドレッド国の元・国家魔導師団魔導研究所に所属していた優秀な研究者であり国とは違い遺跡発掘と研究に重きを置き破壊行為は行わない人物だと紹介した。
「え、ちょっと待って。オジジって国家魔導師団魔導研究所に所属していたの?」
「国の優秀な研究者と言えば国家魔導師団所属に決まってるだろ」
リュディガーが呆れたように私を見ながら笑みを浮かべる。確かに優秀だとは分かっていたけれど三大陸の中でも超一流と言われるエルドレッド国の魔導師団にいたとまでは思っていなかった。なんだか騙されたような気持ちになってしまうがどうやらそんな事を感じていたのは私だけだったらしく、私と同じく知らなかったピッポも一旦はえっ?! となったものの考えればそうか的な納得顔だ。ピッポにはちょっと裏切られた気分だ。
「ぼっちゃま、本当に良いのか?」
オイヴァは私達が側にいるのであまりハッキリとは口にしないけれどノエル国にとっての重要な場所を他国の、しかもエルドレッド国の者に案内する事を渋っている。けれどカイは『ヴィーラント法』を解読した結果や例の小島にあった塔の遺跡の事も話し遅々として進まないノエル国の遺跡の発掘の為に必要な事だと説得していった。
「こっちからすれば潜入されて勝手に情報を持ってかれた感じだがな!」
いつまでも決まらない話に船長が苛立つように言った。するとそれを受けてかオイヴァが反射的に言い返す。
「隙があるから潜入されるんだろうが!」
船長の言葉にオイヴァがその喧嘩買った! 的なイイ感じに睨み合う。厳つい海賊みたいな見た目の船長と、町長というよりそこら辺の若い衆を取り纏めている親方という感じのオイヴァ。
「ぉぉ……久し振りに盛り上がりそうだな」
「ホントねぇ」
ピッポの呟きに同意する。メルチェーデ号では時々若い奴等が騒ぎを起こしそれを見ては賭けをしたりして楽しんでいたものだ。
「俺は立場的に船長」
「私は期待を込めてオイヴァさんで」
キスでもしそうな距離で睨み合う二人を見ながらピッポと囁きあう。私達の間では金やポイントのやり取りは無い。あるのは……
「俺は二人とも負けるに賭ける」
背後からリュディガーが顔を出す。
「何よ急に……」
いよいよお互いに胸ぐらを掴みあい始まるぞという瞬間、黒い影が私達の横をすり抜けゴツい男達に近付いたかと思うと二人がガックリと膝をついた。
「旦那様とお客様、遊んでないで席について下さいな」
有無を言わさぬ声色に見かけによらない腕力で二人の男の首根っこを掴み席に誘導していくのはオイヴァの妻エルヤのようだ。
「イダダダダ! エルヤ、止めろ! わかった、わかったから」
「イデデデ! なんで俺まで……ふぎぃっ! ……わかったから離せ」
一連の流れを黙って見ていたカイは既に席につき当然の結果という顔をしている。私達は用意されていた長いテーブルに自然とノエル国出身とエルドレッド国出身に分かれて座る。一応男爵は貴族なので上座なのかなと思っていたけれどどうやら平民と同じ扱いで結構と断りジーナと並んで座る。なんだか男爵がここに来て静かだ。もしかして貴族と知られてない?
オイヴァと船長は対角線上一番遠い席に座らされカイとオジジは向かい合わせに座りオジジの左隣に私、右隣にリュディガー、私の隣にサイラ。ピッポは船長の隣と見せかけてサイラの隣だ。上手くやったな、ピッポ。
表面上は和やかに食事が始まった。
この宿は町長の家も兼ねていてこの町で一番大きな建物だ。町長と言うからにはここで一番の権力者という事だろうからそれなりに財力もあるはずだ。けれど運ばれて来た料理は余り豊かでないノエル国の状況を表しているようで決して豪華とは言えない。
私達は特級遺物を運ぶ旅をしていた時に何度か贅沢な食事にあり付いていたが基本的にはエルドレッド国の庶民の食事をとっていた。ノエル国には遺跡の為にと頼まれて来たけれど私としては来たくて来たのだから別に歓待して欲しかった訳では無い。それでもちょっと何かを思ってしまうレベルの食事だ。
「申し訳ありませんねぇ。次の定期便が来る直前はこの様な有り様で」
具の少ないスープに塩漬け肉、芋が数個だ。気の毒そうに私達を見るエルヤにこちらの方が申し訳なくなり食堂の中にちょっと居た堪れない雰囲気が漂う。急に予定に無い客が六人も来て随分負担をかけているんじゃないだろうか。
「大丈夫だよ、婆ちゃん。俺等メルチェーデ号じゃこれよりヒデェもん食ってたから」
ピッポがケロッとした感じでズズッと音を立ててスープを啜る。
「ちょっとピッポ、せめて最低限のマナーはちゃんとしてよ」
私はペシッとピッポの肩を叩いた。そこでエルヤが「あらまあ」と笑みを浮かべ食堂内の雰囲気が緩む。ピッポ! 本当に良い奴だな。
そこから多少ぎこちないながらも皆が食べ始める。と言ってもこの食事じゃ直ぐに食べ終わりそのままお茶が運ばれ話し合いが始まった。いつもなら陸の上なんだからと酒を欲しがりそうな船長も流石に黙ってお茶を飲んでいた。
「で、どうするんじゃ? カイだけが承諾して進んで行けるわけじゃ無さそうじゃが?」
オジジがオイヴァを見ながら話す。オイヴァは黙ったままそれを受け止めている。先程のピッポの働きもあって少しは和んだがまだ受け入れる気はないらしい。
「オイヴァ、いい加減に協力してくれ。この先のノエル国の発展の為には必要な人達なんだ」
「こんな礼儀知らずな輩に何が出来るというんだ。どうせ遺跡へ行ったとて何も分からなかったと逃げ帰るのがオチだろ? 物資の無駄だ」
ここから遺跡までどれほどの距離があるのか私にはわからないがそこへ向かう為には馬車や食料は必要だ。ここへ来た船に多少は食料が積んであるが勿論足りない。つまりこの町にある食料と馬車を利用しなければ目的地へ向かう事が出来ないのだ。
「この人達は大丈夫だ。俺がこの目で確かめたし現にここへ来る前に見た無人島であの遺跡と同じ様な塔の遺跡があって魔導具を起動することが出来たんだ」
「なんだと? 塔の遺跡?! 魔導具の起動?!」
そこからカイがオイヴァに無人島での事を詳細に話した。オイヴァは真剣に話を聞き、カイが嘘をついていると思っているわけでは無いだろうけどそれでも腕を組み眉間に皺を寄せてにわかに信じがたいと唸る。
「良いではないですか旦那様。ぼっちゃまがこれ程信頼されているのですよ」
決断出来ずにいるオイヴァにエルヤが優しい口調で話し始めた。
「だがなエルヤ」
「オイヴァ、もう私達には時間が残されておりません。今回がノエル国とぼっちゃまの行く先を見守る最後の機会ではありませんか?」
エルヤの言葉にオイヴァは長く息を吐いた。
年老いた二人、ノエル国に仕え故郷の発展を夢見ながら過酷な環境に耐えてきたらしいオイヴァとエルヤをカイがじっと見つめる。
「今度こそ何か掴める気がするんだ。きっと大丈夫だから信じて待っていてくれ」
カイの言葉をまだ完全には納得していないという顔だがオイヴァは一つ頷き立ち上がると食堂から出て行った。
「これで明日か明後日には遺跡へ向かえるだろう。今夜はゆっくり休んでくれ」
カイが体の力を抜き自分こそ休みが必要な様子で私達に言った。
因みに賭けはリュディガーの一人勝ちで私とピッポは各々額にデコピンを一発ずつ食らうことになった。リュディガーがイイ顔でピッポの額に食らわせたデコピンは陥没したんじゃないかと思われるほどの凄い音がしその場に崩れ落ちた奴の姿にかなりビビったが私の額からはささやかなペチッという音がしただけだった。
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