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かなりの攻防戦だったが何とか夕食をきちんと摂るということでもう少し作業を続けられるよう話はつけられた。無論サイラがかなり怖かったせいだが、船長より怖いってどゆこと?
パンをかじりつつ作業を続けていた。操作盤は一度に二人までしか操作出来ず仕方無しにオジジと男爵に委ねている。男爵は国家魔導師団魔導研究所を目指していただけあってこの様な魔導具の操作にも明るい。本当なら自分の手で探っていきたいところだが私が辿々しくやるよりも男爵の方がかなり上手くここは引いておいたが、モニターに映し出された古代文字の解読は私の方が正確で早い。ふふん。なので不本意ながら隣で助手のように作業を手伝っていた。オジジはどちらも自分で出来るから手助けはいらないしね。
「エメラルド見てみろ」
夕食をサッと済ませ船長からの刺さる視線を物ともせず調べを進めていたが一向に有力な情報が出てこず焦っていた時、オジジが声を上げた。
モニターに映し出されたのは何かの設計図のような物。
「これは……この塔の物でしょうか?」
「うむ、塔の案内図じゃろう」
男爵がすぐに答えちょっとムッとする。私だってすぐに気づいたのに。
「これって階ごとの区分図? 三十階のここは……研究室、個人研究室みたいだね」
示された階ごとに会議室だの遊戯室だの色々な区分があるようだが今いる場所は個人の研究室。そうならやっぱりここはママの研究室なのかも知れない。
「我々が洞窟から入り込んだ階は二十階だろうと推測しますが、ここが三十階。そして塔の全容として地上百八十階、地下十七階……これで……解読はあってま、す……か?」
現代ではあり得ない建築物の構造に男爵が声を裏返し辿々しく話している。三十階だって信じられなかったのに、百八十なんて信じられない。
オジジは黙ったままモニターを睨みつけているし私だって単語の一つ一つをもう六回も解読し直し、違う言い回しがあったっけな? なんてちょっとあまりの衝撃で頭がポヤポヤして上手く頭が働かないでいた。
「ほれ、これ食え」
「はぐっ! む、ピッポ?!」
いきなり口に何かを突っ込まれ反射的にモグモグしてしまう。これってピッポの好物のムウ。持ってきてたのね。気が付けば夕食からかなり時間が経っていて小腹が空いていたのか甘いオヤツが心身に沁みる。ホントに良い奴だよピッポ。あらやだサイラが良くやった的なちょっとイイ笑みを浮かべながらピッポを見てるよ。アナタもそうなの? ハイ、了解です。
「ちょっと良くわからない。地上百八十階なんてこの島の上にあったっけ? そんなものあればとっくにここは見つかってるんじゃない? 」
どう甘く見積もってもこの島はこんな大規模の塔の遺跡が存在しているとは思えない誰からも注目されない小さな無人島だ。時々オジジのようなマニアックな遺跡発掘を目的とする変人達が上陸するかも知れないけれど金銭的な事や変にノエル国に近いという諸々の理由で発掘を断念するだろう。事実オジジも一度はそうした過去がある。この海域ならノエル国の島ということになるだろうし、そうなればノエル国を中心として発掘を進めなければいけないだろうけれど、彼の国には金が無い。いくらカイ達率いるクラリス商会が援助しているとはいえ詳細が不明なモノにつぎ込めないだろう。だったら領土内にある遺物発掘を優先するだろうってことでの今なのだから。
「ふむ……」
オジジも勿論そんな事はわかっていて考え込み唸っている。
「そりゃー彗星なんちゃらでぶっこわれちまったんだろう?」
ピッポがポンコツながらも真っ当な事を口にする。
「そんな事はわかってるわよ。でもね、現に今居る三十階だって存在しているのよ? 三十階よ、これだってあり得ないのよ。なのに誰にも見つかってない」
「そういやそうだな。ってことは……どうなってんだ?」
「もう! 考える事を放棄しないで少しは頭をつかいなさいよ。ここがあるってことは……百八十階も……あるって事、よね……」
ピッポと話していたけれど自分の声が自分の耳に届いて初めて自分がどういう答えにたどり着いたのかを自覚した。
そう、あるのだ。この塔は三十階がある、だからその上もという可能性は消えない。
起こったであろう恐ろしい彗星接近、もしくは衝突からの衝撃を回避しこの塔は存在しているのだ。ある程度無事でなければここに来るまでに乗った魔導具も、この部屋や他の部屋を動かす魔導具も稼働するわけがない。魔力こそ不足していていたようだがこの状態が保てていて、しかも誰にも見つかること無くひっそりと存在してきた。
「恐らく劣化を遅らせる処置が施されておるのじゃろう。無論隠蔽もな」
仕組みは全く知るよしも無いが古代文明の力でこの塔は残された。
「はぁ~? 話が難し過ぎてオレには無理だ。だけど百八十階まであるなら一度行ってみたいな」
「それな」
相変わらずピッポの時々確信つく発言はまさに私の思っていたこと。
素早く立ち上がると廊下に出て上階へ行くべく魔導具へ向かう。
「ちょっと待てエメラルド!」
ガシッとリュディガーに腕を掴まれそうになったが毎度毎度そうは行くかぁ! スルリと躱しすぐさま通路に出て魔導具のボタンを押す。音も無く開いた扉をくぐり階数ボタンを押そうとするとバタバタと後から乗り込んでくる。
「勝手に動くなって言ったろ!」
船長のデカい声で耳がキィーンとする。
「それはオジジに言ってたんでしょ」
「ワシはゼバルトの言うことなどきかん」
オジジが魔導具の奥へ進み振り返りながら言う。船長が、なんだとう? といいながらその隣へ行きオジジを睨んでいる。私の背後に言わずと知れたリュディガー、その横にピッポ、サイラ、最後にカイが乗り込んだところで安全を期して残りの人は後から来るよう言い聞かせゴネる男爵の目の前で無情に扉を閉じた。師匠ぉ! 師匠ぉーと叫ぶ声が聞こえていたけどオジジは無反応だった。
古代文字で書かれた魔導具のスイッチを押す。勿論百八十階。
ポーン!
『この階へ向かうには責任者コードが必要です』
突然軽快な音と共にスイッチの上部にあった何も書かれていなかったパネルに不意に古代文字が浮かぶ。ここ小さいモニターだったんだ。
「責任者コード……上階には何やら機密があるようじゃな。まぁそこは追々行くとして。最高どこまで行けるか試してみろ、エメラルド」
オジジはさっき見た塔の案内図での上階に書かれていた『関係者以外立ち入り禁止』という文字を思い浮かべているのだろう。私もそれを思い出していく。
案内図には階ごとに何があるかが書かれてあった。塔の地上五階までが商業施設らしく日用品や服、そして食堂らしき物があったようだ。六階から十九階までは宿泊施設のようで、二十階から上は八十五階まで一括りにされ一つの単語、恐らく商会名が書かれてあった。
『クラリッサ・コーポレーション』
大きく書かれたその横に小さく階の詳細が書かれている。クラリッサって……
「クラリス商会と名前が似てるね」
私がカイへ視線を向けながらそう言うと彼もコクリと頷いた。




