113
お休み中に少しでも進めたいが、ストックはありません。
馬車は街道を大廻りしながら港街の方面へ向かっていたが、もうすぐで到着という処で道を大きく逸れた。進むに連れ馬車の前に薄く海のきらめきが広がって行く。久しぶりの海だ!馬車の窓を開き顔を外へ出すと微かに海の匂いがする。なんだかもう懐かしさ一杯だ。
そこには小さいながらも港があった。船のドッグと思われる大きな建物が港に隣接された場所にあり直接見ることは出来ないがメルチェーデ号がそこに入れられているのだろう。船着き場に停泊している船がカイが用意したというノエル国行きのものだろう。
「何とか追手に追いつかれる前にたどり着いたようだな」
少し安堵したようにリュディガーが言い、馬車は港の船着き場まで直接向かった。ちょっと慌ただしいが私的には久しぶりの船に心が浮き立つ。これがメルチェーデ号だったもっと良かったんだけどな。
停泊していた船はそこそこ大きく、最新式と呼ばれる大型貨物船のようだ。勿論メルチェーデ号よりは小さいが。
船内へ向かうためのタラップに馬車を横付けるとモッテン船長、オジジ、リュディガーの後について階段を上がる。軽快にカンカンと足音を立てて上がりきったと思った所でリュディガーが立ち止まっていて彼の背中にぶつかりそうになった。
「おっと、急に止まるなよエメラルド。あぶねぇな」
私の直ぐ後ろにいたピッポも急停止して文句を言ってくる。
「私じゃなくてリュディガーが……あ」
リュディガーに文句を言おうとして顔を覗かせるとそこに見覚えのあるシルエット。
「やっと来たわね、リュディガー」
「ベルナデッタ、どうしてここに……」
疑問というより落胆を隠して、という感じのリュディガーの営業スマイル。もう忘れかけていたオリエッタ商会の会頭の次男ベニートと長女ベルナデッタがそこにいた。ベルナデッタとは港街での街ブラ中に別れてそのまま王都へ出発したので記憶の彼方に追いやっていたが彼女がリュディガー狙いなのを忘れてた。
「やっと一緒にノエル国へ行けるのね、うふふっ」
嬉しげに微笑み腕を絡ませ胸を押し付けるベルナデッタ。私のささやかなモノでは使えないワザだよ。
「どこのアバズレだ?さっさと船から降りろ」
その様子を見た船長モッテンが鬱陶しそうな顔をする。オジジもその横でリュディガーを睨みつけていて、リュディガーは誤解だというように必死に小刻みな否定の首振りをしている。
「なっ、誰がアバズレよ!貴方こそなんなの?この船はわたくしの商会の物なのよ!さっさと降りなさいよ!」
モッテン船長は滅多な事で船を降りないのでベルナデッタとはお互いに面識がなかったようだ。
「娼婦でもこんな真っ昼間から客引きは控えるもんだ。それをどこぞの商会の者だぁ?どうやらお前のとこは娘っ子を使って店を運営してるとんでもなく凄腕の商会らしいな、カイ?」
なんだか事情は察しているらしいクセにモッテン船長が意地悪そうな顔で笑う。
「やめてくださいよ。どうやらこの船はオリエッタ商会の物のようです。ウチのが出港した後だったようです。はぁ……」
急だったせいでカイが用意するはずだったであろうクラリス商会の船は間に合わず、オリエッタ商会の船に乗せてもらうことになったらしい。カイがイーロから受け取った書類に目を通しながらため息をつく。ん?なんでイーロがいるの?
ただの護衛だったダキラ船長はじめニコラス達とはこの船に乗る前に契約を終了したはず。そこにはイーロも含まれていたはずで……
「どこからついてきたネズミだったんだ?」
リュディガーが驚きもせずカイを睨む。
「いやいや、ネズミってわけじゃないけど、貴族様の高速艇からさ。俺とエメラルドの安全を確保するために俺と関わりが無い風の使える奴がいると何かと便利だから置いてただけだ。他意は無い」
「その割に危険な目にあってたが?」
「ま、お互い生きてるって事で」
書類から目も上げずに答えるカイに舌打ちするリュディガー。イーロはクラリス商会の者らしく要所々々に送り込まれていた情報部員だったらしい。ふぇ~商会ってそんな事までするんだぁ。まぁ色々あったけどカイが手助けしてくれてたことで私が助かったことは間違いないんだから、ここは穏便にね。って気持ちをこめてリュディガーにニッコリ笑っておこう。余計なことをしたらベルナデッタが煩そうだからそれくらいで。
「やはりウチの船が出た直後だったのでオリエッタ商会に依頼したようです。今回は緊急だったしこれまでもお互いに融通し合うことはあったので問題ないでしょう。では船室へ行きましょう」
ライバル商会とはいえ大海へ船を出すというリスクをお互い重々承知している者同士、商売の兼ね合いや情報を仕入れるためにも近くで動向を監視し合えるのもいいのだそうで。その為、乗り合うことがあるのは理解できたけど、なーんでベルナデッタがいるかねぇ。
「こっちよ、リュディガー」
我が物顔……まぁ、オリエッタ商会の船なんだからその通りなんだけど。我が物顔で船室へ案内してくれるベルナデッタの目にはリュディガーとその他という感じだ。こっちだってどうでもいいけどねっ!
「珍しいなエメラルドが顔に出すなんて」
不意にピッポが覗き込んでくる。
「なによ、私はいつだって冷静ですけど」
リュディガーがモテる事はずっと変わらないんだし。するとモッテン船長がプッと吹き出す。
「我慢の限界が来たんだろ。ざまぁみろだ、そのまま捨ててやれ」
なに言ってるんだとそちらを振り向くとオジジが凄い形相でリュディガーを睨みつけてた。リュディガーはというとベルナデッタに引っ張られるままにオジジに気づかず先に船内へと消えて行った。っていうか私そんなに変な顔してたかな。
前回、私が漂流していた時に駆けつけてくれた船より大きいが豪華さは前の方が上だな。きっとこっちは大量に貨物を載せることを優先しているからだろう。高速艇は速さ優先でお金持ち貴族仕様だったからね。
クラリス商会ではノエル国へ物資を輸送する船便が定期的に運航しているようだが、オリエッタ商会も主要にはフィランダー国、あと僅かにノエル国との取り引きの為に船を出していて私達はそこへ乗せてもらったのだ。
「私達って国の要望を蹴って国外へ出ようとしているんですけど、それってオリエッタ商会的に大丈夫なんですか?」
一応客である私達の側には船の責任者であるベニートが残っていた。彼は恭しく挨拶をするとニッコリ微笑む。
「勿論、大事な取引先であるモッテン船長とこれから親戚関係になるかもしれないゼバルド殿とエメラルドさんのことは何を置いても優先しなければいけませんからね。さぁこちらへどうぞ」
そう深く考えたく無いようなことを言ってさり気なく私の背に手を添え船内へ誘導してくれた。
私とサイラは室内で出入りできる続き部屋で、向かいにオジジ、その横がモッテン船長、ピッポ、カイと続いた。
リュディガーどこ行った?と思っていたら一般客室が満室と言われ彼はベルナデッタと同じ上階の区域にされたらしい。徹底してるなぁ。けど結局夜にはピッポの部屋で寝ていたようだ。でしょうねぇ!因みに男爵も一応貴族なのでベルナデッタと同じ区域でジーナはその使用人部屋に控えることになったようだ。
連休中のひと時の暇つぶしになったなぁと思って頂ければポチッとお願い致します。