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「おぉ、ゼバルド殿が私をご存知だとは思いもよらず。いささか緊張してしまいますな」
そんな事は一切感じさせない笑みを浮かべる子爵。お互いに探り合っているようだけど私はそんな事よりオジジと話したい事がある!
「オジジ、早く部屋へ行こう!見せたい物があるの」
「あぁ少し待たれよ。『ヴィーラント法』についてなら私も立ち会いたい」
私が立ち上がりオジジの手を引こうとすると子爵がすかさず切り込んでくる。オジジは怪訝な顔をしながら子爵と私を交互に見た。
「気づいたのか」
それは問いではなく、やれやれという感じの決めつけだった。すると急に船長が立ち上がりリュディガーに視線で指示を出す。リュディガーは素早く子爵の傍へ行き、ピッポもそれに続いて子爵のまわりをかためる。護衛として私の側にいたマグダやイーロ、食堂に残っていたダキラ船長とニコラスは油断していたのか微動だにしない。
ピリッとした空気にサイラが静かに私の横へ来る。
「大丈夫だよ、子爵様は」
私はケロッとした顔で言う。
「いやいや、ゼバルド殿がご心配なさるのは無理ないこと。どうぞ納得されるまでお調べ頂いて結構です。ですがこちらも少々気が急いておりましてな。そうだな、エメラルド?」
子爵は一連の動きに動じず私に笑みを向ける。
「はい、子爵様。オジジ、疑うだけ無駄と思うけど早く決めてね」
ほらほらという感じで袖を引っ張っているとオジジが力を抜くように息を吐く。
「モッテン、今は良いじゃろう」
「なっ、ゼバルド!お前は甘過ぎる。お前たちもだ!何故エメラルドが貴族にここまで深入りするのを止めなかった!」
『ヴィーラント法』とナワシクルン遺跡をオジジに見せたいという気持ちが通じ合っている私と子爵を見てモッテン船長が腹立たしげにリュディガー達を睨む。決してやらかしている私ではない。
「や、船長。俺達もまさかここまで食い込んでいくとは思わなかったっす。エメラルドが大暴走して」
言い訳がましいピッポに乗っかるようにリュディガーがいい加減に頷く。
「それを命をかけて止めるのがお前の仕事だろ馬鹿野郎!!」
怒鳴る船長は気が済むまで置いておくとして。私は騒ぎに乗じてオジジに子爵と一緒でないと話せない事があるとこっそり耳打ちした。オジジは小さく頷くと私の部屋へ行こうと立ち上がった。
「ゼバルド!どこへ行く?」
船長が睨む。
「エメラルドの部屋だ。リュディガーもこい。ピッポ、船長についてろ」
「えぇ~!俺だけぇ~」
リュディガーがこれ以上船長の怒りに巻き込まれまいとしれっと先導して私の部屋へ向かう。オジジは子爵にも視線でついてくるよう促し廊下を進んで部屋へ入った。
「俺もお願いします!」
あ、カイのこと忘れてた。
閉じられたドアが直ぐに開くとカイが滑り込んできた。サイラは気配を消しながらついてくると間仕切りの向こうへ控えた。邪魔はしたくないけど私から目を離す気はないらしい。
「まぁ良いじゃろう。そういう契約じゃからな」
オジジは一瞬カイを見たが仕方なさそうに呟いた。狭い私の部屋にギチギチに人が入っている。こうなったら貴族とか平民とか関係なくなってくる感じで空いたスペースにそれぞれ自分で場所を確保する。私とオジジ、子爵だけはイスに座ると小さいテーブルを囲んだ。
「で、早速なんだけど」
私は特級ケースをテーブルにドンと置き魔力を込めて開く。『ヴィーラント法』だけを取り出しケースはぺイッとベッドへ投げた。リュディガーが直ぐに回収していたようだが私はそれどころではない。
「暗号を解いたの」
一緒に入れていた解読後の文を書いたノートを開くと隣のオジジに見せる。オジジはヒュッと息を吸い込んだが何も言わずノートに釘付けになる。しばし読み込んだ後、ノートから目を離さないまま口を開く。
「『ヴィーラント法』が魔導具だろう事は気づいてるんじゃな?」
「うん、やっぱオジジも知ってたんだね」
「あぁ、お前が初めて『ヴィーラント法』と読んだ時に本が僅かに光った。それから何度か検証し、確信してからは触れさせなかったんじゃ」
ふぅ~っとため息をつきノートから目を上げると子爵を見るオジジ。
「子爵様は全てご存知ということですか。それで、エメラルドをどうするおつもりですか?」
「いや、ゼバルド殿の気持ちは理解できるが私はエメラルドを悪いようにはせぬつもりだ。その証拠に極秘とされる我々の貴重な遺跡へ案内した」
遺跡という言葉にオジジが反応する。少し考えるように目を伏せたが直ぐに話し始める。
「『古代遺跡保存の会』が何か秘密裏に行動しているという噂は前から耳にしていた。なるほど、国に隠れて遺跡を保存しているということですか」
名ばかりだと揶揄されていた『古代遺跡保存の会』が実は本当に遺跡を保存していたなんて、返って怪しまれず秘密が守られたという事実。
「仰る通り我々は秘密裏に遺跡を発掘し保存している。昨日そこへエメラルドを案内したところです」
子爵の言葉にオジジが眉間にしわを寄せる。私はオジジが実際に遺跡を見ることができるとわかって大喜びすると思っていたがどうも違う。
「オジジ、嬉しくないの?遺跡が見れるんだよ?」
「子爵はこの娘を危険にさらしたという自覚はおありでしょうな?」
オジジの鋭い問いに子爵がたじろぐ。
「確かに、そういう面もあることは承知しておるが古代文明を追うものとして遺跡を見ずには過ごせないであろう。遅かれ早かれエメラルドは遺跡を見たのではないか?」
遺跡を見ることの危険とはなんだ?誰かに存在を漏らしてしまわないか心配しているのかとも思ったが、オジジは私をそんなうっかり野郎だとは思っていないだろう。ってことは……
「遺跡の存在が暴かれるとエルドレッド国に潰される可能性があってそれを隠していた人は捕まるってこと?」
「それもある」
オジジの言い方は捕まることを軽く思ってるみたいだ。
「エルドレッド国ならまだいい。だけどノエル国となると厄介だ」
「ノエル国?なんでここでノエル国がでてくるの?」
「ノエル国は豊かでない《・・・・・》。国としてはそれを補う為に必死に魔導具を集めているんじゃが、ここ数年過激になってきておる者が増えている」
ノエル国では貧困が厳しく平民は生きるのがやっとらしい。上位貴族ですら矜持を保つことが厳しい者が多く、その為国を捨てる者、階級を落とす者、そしてなりふり構わず行動する者がいるらしい。
「各国が援助をしているとはいえノエル国の全てを賄うことが出来ないのが実情のようじゃ」
「上辺だけの援助なんて平民までは届かない!」
ずっと黙っていたカイが急に忌々しそうに声をあげる。驚いた私達が彼に注目すると取り繕うように頬を引き攣らせて笑った。
「あぁ、いや。クラリス商会も援助は送っているからな」
「クラリス商会はノエル国にルーツがあるものね」
港町でカイの祖母でクラリス商会の会頭であるアライサさんはノエル国の伝統的な衣装を身に着けていた。きっと祖国への援助も心配も絶えないだろうな。
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