101 ナワシクルン遺跡9
私の背丈くらいの高さの棚の間を通り過ぎ次のドアの前でジーナが待っている。私達は通路の両側の棚に置いてる遺物に目を奪われなかなか進めないでいると呆れたような声をかけられた。
「気持はわかるけどさ、あんまり時間無いんでしょ?」
彼女的にはサクッと案内を済ませたいらしく。いや私達も確かに時間が無いのだから急がないといけないんだけど!でも、でもね、これ程の遺物が目の前に置かれたら足が止まっちゃうのよ、わかる!?わかるって言ってるか。
「あぁそうだな、行くぞエメラルド」
最後まで名残惜しくて棚から目が離せないでいる私の腕をリュディガーが引っ張り連れて行く。
「ほら、エメラルドだっけ?次の部屋の方が面白いから」
ジーナが半笑いでドアを開ける。
なんだ、子ども扱いか?いやもう子どもでもいいからあの遺物をもっとしっかり見……
「ここが今のところメインの部屋ね。用途はまだよくわからないけど」
これまでの部屋より少し狭い。壁には色々な痕跡があり何かの装置があった事がわかる。正面の壁にモニターのあった痕跡、その前にデスク型の装置、右側に何か奇妙な装置。
「恐らく小規模だけど研究施設ね。もしかしたら個人のものかもって男爵様が言ってた」
部屋に入った途端絶句し、見回している内に視界がゆっくりと回転し景色が歪み始める。
遠くで色々な音がする。
魔導具の動作音?鳥のさえずり?沢山の人達が笑って、歩いて、働いて。キーボードを打ち込む音……
エメラルド、大丈夫か?おい、しっかりしろ!
アスナ国のロケットは失敗したわ。
こっちに連れてきて、ベッドがあるから!
完全に失敗した訳じゃない、少しは軌道が変わったはずよ。
カイ、ピッポを呼んでくれ!回復薬を持ってるはずだ。
接近日時を計算しなおして、世界中に知らせなきゃ。
わかった!ジーナ、こっちのカギを開けてくれ。
シェルターが間に合わない!!
色々な音が混ざって頭の中に直接落とし込まれたかのような気持ち悪さが込み上げる。
「リュディガー……」
背中に柔らかな感触がしベッドに寝かされたとわかったが、目を開けることができず彼の名を呼び手を伸ばすとしっかりと握りしめられた。
「大丈夫だエメラルド、俺はここにいる」
痛いほどしっかりと掴まれ少しずつだが音の歪みは消えていき、頭の中の混乱も収まっていく。
「ほら、回復薬だ。飲め」
唇に何かを押し当てられたが怠すぎて口を開く気になれない。と、急に柔らかい物が唇に触れたかと思うと口の中にじわっと液体が広がる。
ナニコレ!?
思わずゴクリと飲み込むと続いて液体が流れてきてまた飲み込んだ。するとふわっと体が軽くなり目を開いた。
「ひゃ〜、ちょっとビックリ。いや人命救助だとわかってるんだけど目の前で美男美女だとねぇ~」
ジーナの声を聞きながら、心配そうな顔をしているリュディガーの顔が間近に迫っていた。よく見ると彼の唇は雫が垂れ艶っと光っている。自分の口元も濡れている感触がして下唇を巻き込んでなめた。あれ?回復薬の味。
「大丈夫かぁ?エメラルド」
ピッポが何事もない感じで聞いてくる。それが合図かのようにリュディガーが抱える様にしていた私の体をベッドに横たえた。
「う、ん、大丈夫、かな?」
そう答えるとリュディガーがやっと安心したというように体の力を抜いた。
いや、なんか、ホラ。もしかしなくても、く、口移し的な、感じ……ですよね。いやいやいやいや、深い意味とか、いや浅い意味だってないよ人助けですよ、そう!そういう事!
「まだ回復しきってなかったのか。そろそろ宿へ帰ろう」
「いやいやいやいや、ちょっと待って!まだちゃんと見てない!」
人がプチパニックってるのにピッポの後でカイが引き上げるような事を言ったので慌ててモヤモヤした考えを振り払う。
「とにかく今は帰ろう。場所はわかっているんだからまた来ればいい」
リュディガーが心配が過ぎて怒ったような顔で言う。このままじゃ本当に宿へ連れて行かれそうだ。
「もう大丈夫だから。だからちょっとだけでいいからさっきの部屋を……」
体を起こそうとして一瞬クラッとしたがなんとか堪えるとベッドから足を下ろして腰掛けた。今どこに居るのかわからなくて見回すとベッドが二つ並んでいるだけの簡素な狭い部屋で一つだけあるドアが開かれそこから子爵様が顔を覗かせていた。
「大丈夫かエメラルド?」
遠慮がちに顔の半分だけを出して尋ねてくる子爵がちょっと可愛い。どうやら女性が休んでいる部屋に無闇に出入りすることは憚れるというマナーらしい。
「私は大丈夫です。それより先程の部屋をじっくりと見せて頂きたいのです」
立ち上がりながらそう言うとリュディガーが無言で支えてくれ子爵様が立っているドアから部屋を出た。そこは人がすれ違える位の通路で両側に点々とドアがあるのが見える。あの部屋から連れ出されて直ぐに寝かされた感じだったからここもまだ遺跡の中なのだろう。こんなにまだ沢山の部屋があるなんて……ここは遺跡の楽園か!?
嬉しさが込み上げつつ進もうとするとカイがこっちだと導いてくれる。リュディガーは私の手を離さずピッポがため息をつきながら黙って後ろからついて来る。子爵様とジーナもその後ろから来ているようだ。
幾つかのドアを通り過ぎ、その度にこのドアの向こうには何があるんだろうというワクワクした気持ちを抑え、先ずはあの部屋を見るんだと自分に言い聞かせて進んだ。
やっとカイが一つのドアを開きそこへ入って行く。続いて入るとそこは一番最初に階段を降りきった所にあった部屋だった。
「な!?なんで!!」
驚いてリュディガーを見上げるとギロっと睨まれた。
「当たり前だろ。病み上がりで連れて来た奴が倒れたんだぞ」
「べ、別に体調不良とかじゃなくてあの時はただ……」
「倒れた時点で体調不良じゃないと言い訳は聞かん。ここで素直に帰らんなら無理矢理でも連れて返って王都にも行かせずメルチェーデ号に連れて帰る。そうして二度と陸へは戻さん」
静かに、でも確かにめっちゃくちゃにリュディガーがキレてる。
「今回は聞いとけエメラルド。でないとリュディガーがここの遺跡をぶっ壊して埋めても俺は不思議じゃないね」
悔しいけれどピッポの言う通りかも。ピッポの発言に子爵様とジーナとついでに部屋で待機していたらしい男爵様がドン引いてる。
クソ〜、リュディガーが妙にお小言なしに連れてきてくれているかと思えば最初から遺跡を見せてくれる気はなかったのか。しかも脅迫つきで命令してくるなんて腹が立つぅ〜。しかも正論ってかぁ。
これ以上は粘っても無駄かなと思い諦めて帰ろうとしたその時。じわっと体から何かが滲み出た感じがした。体の中心というか、臍あたりがほんのり温かく感じる。これは……魔力か?と思った瞬間持っていた特級ケースからキィーンと魔導具が作動するような音が響いた。
「え!?」
驚いて肩から吊り下げていたケースを両手で持ち直し側面に耳をあてる。
「そこから聞こえるのか?」
他の人達にも聞こえているらしくリュディガーが難しい顔をして聞いてくる。
「うん、ちょっと開けてみる」
部屋にあったテーブルの上に特級ケースを置き把手を握ると魔力を込めようと意識する前にキンッと音がし直ぐに蓋を持ち上げると収納してあった第一区分の特級遺物、二十面体の恐らく魔晶石であろう物が光を帯びている姿が目に飛び込む。
「な……なんだ、これは……」
読んで頂いてありがとうございます。
毎日寒くて大変ですが春はもうすぐですね。
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