100 ナワシクルン遺跡8
プルプルと震えるエスポージト男爵を椅子に座らせるとランベルティーニ子爵が自分のノートを差し出し解読済みの文章を見せた。
「第一ヒーント……」
ボソリと男爵の口から漏れた言葉にジーナが首を傾げる。
そうだよね、暗号の解読文にそんな言葉が書かれているなんて信じられないから聞き間違いかなって思うよね。
「このミルコは古代文明を長年研究してきた男だ。元は先祖代々子爵だったが爵位と僅かな領地を売り払い全て研究に注ぎ込んだその道の馬鹿だ。その後ある程度の成果を立て男爵の地位を自ら得たまではよかったがそこからは資金に行き詰まっての。今に至る」
「その道の馬鹿なんだ。可哀想に」
何度も解読文を繰り返し読んでいるであろうエスポージト男爵に憐れみの目を向けてしまったがピッポから「エメラルドと同じ種族か」と言われて睨みつけた。でもその横でリュディガーとカイが同意するように頷いていた事にムカついた。子爵までも頷くか。
「『見る事は出来ないが入る事は出来る』、う〜ん場所を示しているんだよな」
あれほど馬鹿げた文章を真面目な顔で読み込み真面目に謎を解こうとしている。男爵って本当に研究熱心なんだな。
「なんそれ?本当にちゃんと解読出来てるの?」
ジーナが常識的な意見を出してくる。私が解読しておいてなんだけど、確かに間違えているんじゃないかと考える方が普通だろう。
「確かに気安い、とはいえ筋が通っていて意味が理解出来る文章だ。友人や親しい人に宛てた文章というならおかしいとは言えない感じだし、恐らく『ヴィーラント法』の著者は親しみやすい御仁だったのだろう」
男爵は微笑ましそうにノートを見ている。子爵がそこへ軽く咳払いをして彼の気を引く。
「ミルコ、驚くのはまだ早いぞ。これを解読したのはこのエメラルドで、しかもこの娘は『ヴィーラント法』のファントムを持っている」
男爵がビクリと体を震わせた後勢いよく振り返った。
「ファ、ファントムだって!?本当に持っているのか是非見せてくれないか頼む!!」
「うわぁ、わかりましたから落ち着いて下さい」
またさっきまでのぽやぽやした人とは思えない俊敏さで私に近付こうとして私の前にサッと入り込んだリュディガーに阻まれた。男爵より大柄のリュディガーと向かい合って肩を掴まれ距離を取られている事に気づいていないのか私に必死に手を伸ばしてくる姿がかなりキモいが勿論届いていない。
「馬鹿!落ち着け」
ジーナがやって来て男爵の長く伸ばして後で一つに束ねている髪をグイッと引っ張る。
「ジーナ!これが落ち着いていられるか!?ファントムだよファントム!」
「聞こえてますよ。それ以上暴れたらこの目の前にいる恐ろしい顔の男にぶん殴られるぞ!」
背後のこちらからは見えないがリュディガーの顔は想像出来る。
「え?あぁっ、それは申し訳ない。だけど見たいんだ見たいんだよ!ファントムぅ〜」
リュディガーの顔を見て一瞬ビクリとするがそれでも両手を握りしめ地団駄を踏みながら訴えてくる姿は幼児にしか見えない。それを舌打ちしながら無理矢理イスに座らせると動くなと命じてジーナが振り返る。
「すいません。どうしようもない変人ですが意図して危害を加える輩ではないんで、それ、良いですか?」
私が肩から下げている特級ケースを指差して低姿勢にジーナが言う。貴重なファントムは貴重な遺物と一緒に特級ケースで運んでいると当たりをつけているのだろう。ジーナも平民ながら遺物の事情に詳しそうだ。
私はリュディガーと一緒に少し離れた場所へ行き、念の為、一緒に入れている大物遺物を見られないようにしながら『ヴィーラント法』だけを取り出した。
「こいつらを信用するのか?」
見張るようにカイは男爵とジーナの側にいる。ジーナはイスに座った男爵を押えるように両肩に手を置いている。カイの言葉は聞こえているだろうがジーナは気を悪くする様子もなく男爵にじっとしてろと言い聞かせている。
「今更じゃない?子爵様が私達を信用してここまで連れてきてくれたみたいだし大丈夫でしょう?」
『ヴィーラント法』のファントムとここの遺跡の価値を比べる事はできないがそれぞれ大事にしている貴重な古代文明の欠片だ。ファントムを見せた後は私だって思う存分この遺跡を見てまわりたい。男爵とジーナは私達がいた隣の部屋からきたが、勿論さっきは居なかった。扉のような物が壁に幾つかあったからその先にまだ見ぬものがあるのだろう。
「どうぞ、扱いには気をつけて下さい」
言わなくてもわかっているだろうが念の為そういうと勿論とジーナが頷いた。
「ほらミルコ様、落ち着いて見て下さいよ」
子どもに言い聞かせるような態度のジーナの言葉に無言でコクコク頷き目を輝かせながらファントムを手に取った男爵が丁寧な手つきで『ヴィーラント法』を開いた。
「ぉぉ……」
身震いしページを捲っていく男爵を満足そうに見つめる子爵。
「私が見ているからエメラルド達を案内してやってくれ、ジーナ」
大人しく『ヴィーラント法』を読み続ける男爵の様子を再確認し、ジーナは「こっちよ」と言ってさっきの部屋へ向かった。
後を追いかけ私とリュディガーとカイが向かう。ピッポは行かないよ〜と手を振ってムウを食べ続けている。念の為『ヴィーラント法』を見ててくれるつもりなのだろう。ホント良い奴だよ、ピッポ!
「ここは見たんだよね?」
ジーナが部屋の真ん中辺りで立ち止まり尋ねてくる。
「あぁ、だが何もわからない。この部屋はどういう物だという見解なんんだ?子爵様はコントロールルームとか言ってたけど建物全体が魔導具ってどういうことなんだ?」
カイの質問に待て待てという感じで両手を上げるジーナ。
「私も専門家じゃないから詳細は聞かないでよ。知ってる事だけ話すけど細かい質問は男爵様に言って。まず、ここは恐らくこの地下都市が外部と連絡が取る場所だったと思われるの」
「「「地下都市!?」」」
私達三人が声を揃えて驚いているのを構うこと無くジーナは説明を続ける。
「そこからなのね。チッ、子爵様め。
さっきの場所はここを発掘するにあたっての休憩場所として私達が作った空間だけど、ここから先は全て遺跡よ。全部で五つの空間があるけれど重要だとされる場所とそうでない場所があるわ。その中でもこのコントロールルームは重要な方ね」
話しながら奥へ進み一つのドアの前に立つ。
「次の部屋は発掘済みで重要では無いから作業用の道具や発掘した遺物を置く場所として利用してるからちょっと散らかってるわよ」
そう言いドアノブを握るとカチッと小さく音がして押し開いた。ここも魔力で鍵を開くようになっているようだ。
「ドアも全部遺物なの?」
「違うわよ。ドアは私達が後付けしたもので防犯のため関係者以外は通さないように魔導具にしたの。まぁぶっ壊す気で来られれば意味が無いけどね。本来の物も当時の魔導具みたいな仕掛けがあるドアだったみたいだけど当然動かなくてね」
ドアを開けては侵入出来ないが壁を破壊するなら入れるということか。貴重な古代遺跡だけれど大陸にある遺跡の現状を見れば有り得ない話ではない。
「『古代遺跡保存の会』って何人くらいいるの?」
「それは言えない。今も潰される危険は消えてないからね」
ジーナはそう言いながらドアを開けてくれた。次の部屋の中は確かに何の変哲もない空間の様だった。通過してきたコントロールルームと同じ位の広さの部屋で四方の壁と部屋全体に整然と並べられた棚があり、そこにところ狭しと遺物らしき物が並べられていた。
「凄いな。第三区分あたりの遺物が当たり前にある」
リュディガーがざっと見回して唸った。私が見る限りでもかなり価値がある遺物だということがわかる。地上にあった遺跡からもこれほどの遺物が見つかるなら荒らされる意味もわかる気がした。
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