表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

1話 さあ肉袋共とダンスを踊ろう

やっとストーリーが進行します。

 書類や酒の空き缶と共に、薬莢やどこからどう見ても手榴弾にしか見えないようなものまでが散乱する十畳程度の部屋の中、灰皿から溢れた吸い殻と煙草の灰で汚れたデスクの上に足を乗せてその男は眠っていた。

 革張りの椅子にもたれ、顔の上には雑誌を被せている。

 所々折れているブラインドから差し込む光に当たり、舞っている埃がキラキラと輝いていることから当の昔に日は昇っていることは明らかであった。


「邪魔するぞ」


 男の声が響き、ドアに備え付けられているベルがチリンと鳴る。


「んん……」


「相変わらず人が住んでる部屋とは思えんな、仮にも事務所なのだろう、もう少し綺麗にしたまえよ日向(ひなた)


 呆れ混じりの声と共に自身の名を呼ばれたことで、日向はまどろみの世界から意識が浮上してくるのを感じた。

 昨日読んでいたのであろう雑誌を雑に顔の上から引き剝がし、適当に投げ捨てて声の方向へ目を向ける。


「あぁ……ひいらぎさんか、どうしたんだよ」


 そこには高級そうなスーツに身を包んだ長身の男が立っていた。

 黒い髪はオールバックに整えられており、汚い部屋の中に立つ清潔感抜群のその姿は完全に浮いている。その周辺だけ妙に空気が綺麗に見える気もするし、清潔な人物というのは存在するだけで周囲の空気に干渉するのかもしれない。


「おっさんじゃなくて可愛い女の子なら、この説にも説得力があるってもんだが」


「はぁ?」


 おっと声に出ていたようで、柊が訝し気な表情とともに苛つきを孕んだ声を上げる。


「仕事の依頼だ、何回も電話したんだが? 世界広しといえどこの柊一誠(ひいらぎいっせい)の電話を無視できる者はそうおらんぞ」


 溜息交じりにそう告げた一誠は、おもむろに胸ポケットから煙草を取り出し火を付けた。


「ああ、悪いな。電話代払ってないんだ」


 椅子の背もたれを最大限利用して背伸びをしながら、ズボンのポケットの中にくしゃくしゃにして仕舞われていた督促状をヒラヒラと振って見せると、更に大きなため息が聞こえてくる。


「はやくしろ、緊急の仕事だ」


「分かった分かった、顔洗ってくるからちょっと待っててくれ」


 全身を支配する怠さを振り切って身体を起こし、洗面所へ向かう。

 どうにも昨夜深酒をしすぎたらしい、ふと時計を見ればその時刻は昼の二時を指していた。

 洗面所で顔を洗い、鏡に映る自身の姿が目に入る。

 自分でも驚く程に小汚い、路地裏にいれば浮浪者と間違われてしまいそうな姿に少し笑いが込み上げてきた。


「ははっ……はぁ」


 一応仕事、ここに来た男は一応クライアント。であれば身なりも多少整えておくかと、蛇口の栓を捻った。幸いにも水道は無事なようだ。

 タオルで顔を拭きながら再び鏡に目をやれば、そこに映るは先ほどよりも幾分かマシになった自身の姿が映っている。


 無造作に少しボサッとした黒髪は襟足部分を結び、前髪の隙間から覗く大きな瞳と長いまつ毛はよく女性に羨ましいと言われるものだが、いかんせん飲みの場ではからかわれたり舐められたりすることも多く、微妙なラインだ。


「おいまだか!」


 背後から苛ついた様子の一誠の声が響いてくる。

 どうやら緊急の仕事とやらはおおげさな訳ではなく本当に緊急らしい。


「受けたくねぇな……」


 無論一誠には聞こえぬよう、そう呟きながら洗面所を後にする。

 労働とかいうものに対して何の尊さもやりがいも見いだせないが、煙草がそろそろ切れそうなこと、冷蔵庫の中にある酒のストックが切れかけていること。

 電話代をかれこれ二か月滞納していること、最近ピンク色のいかにもな封筒で郵便受けが埋まっていることが脳裏をよぎる。


「背に腹は代えられんか」


 無意識に出た大きなため息と共に、大変イライラしてらっしゃる一誠と共に事務所を後にした。


 ◇◆◇


 太平洋に浮かぶ、日本本土よりおよそ数十キロ、約七万平方キロメートルの広さを誇る人口五百万人の人工島。

 その島を国土とする自治国家『クシュロン』内の都市、第二区に聳え立つビルの中に日向と一誠はローテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。


「さて、依頼の話だ」


 一誠はそう言うと書類の束を机の上に放った。

 長文のテキストと共に衛星写真のような画像が各所に散りばめられている。


「我が柊重工が保有するサングリアル生産工場で二日前に大規模な爆発事故が発生。当時五百名あまりが業務に従事していたが、工場内には事故発生時に避難できるシェルターが存在する為、従業員の生存確認及び救助を目的として我が柊重工と消防の合同救助隊が消火活動の後突入した……」


「で、全滅かい」


 ふぅ、と煙草の煙を吐き出しながらトントンと机の上の書類に指をさす。

 そこには部隊全滅の記載がされていた。


「ああ、その後送り込んだ我が社の民間警備軍事(PMSC)部門の部隊も壊滅、大損害だ」


 一誠はこめかみを抑えながら煙草を咥えた、その表情は苦悶に歪んでいる。


「で? 俺に何をやれと?」


「魔物の発生が確認されている、その数、百を超えているそうだ」


 図らずも日向が咥えいていた煙草の灰がポトリと落ちた。


「おいおい、何の冗談だ? それが事実だとしたら、なんで俺たちはここにいる? 流石にその数の魔物災害は避難が最優先だろ、だが実際俺はあのゴミ部屋で酒を飲んで雑誌を見ながら昼過ぎまで爆睡できる余裕があるらしい、さて柊重工総帥閣下、もう一度聞くが何の冗談だ?」


 吸っていた煙草を灰皿に押し付け、更にもう一本を取り出し火を付ける。

 少し嫌味を含んだ言い方をしたのが効いたのか、一誠はコップに入ったコーヒーを一息で飲み干すと、冷や汗を一滴流した。


「……クシュロン政府はこの件を我が社に一任した」


「はあっ!? おいおい待て待て、九十九機関はどうした、餅は餅屋に。このクラスの魔物災害は九十九機関の管轄だろ」


「無論、我が社も要請を出した! だが、九十九機関は動けないそうだ」


 一誠の表情が歪んだ。


「なんだそりゃ、義務の放棄もいいとこだ。それで? 俺みたいなフリーの魔術師に閣下がわざわざ本社の応接間でバカ高そうなコーヒー出して()()()()するワケはそういうことかよ」


「そうだ、その通りだ、そうなのだ! 魔術組織の九十九機関は動けない、クシュロン政府など当てにも出来ん! 現代兵器で武装した我が社の兵は粉砕された。君が言った通りだ、餅は餅屋に。君に魔物共のせん滅を頼みたい、クシュロン政府は今回の魔物災害の危険度をAとした」


 魔物災害、それは一般社会において存在しないとされている神秘生物によって発生した事件事故の総称である。

 無論、一般社会では存在しないモノが相手であるため、その対処においてもそういう分野に特化した機関や組織が対処に当たり、秘密裏に事件を収束させるのだ。


「はっ! 帰るぜ、百を超える魔物だぁーあ? やなこった。そもそもクシュロンに住んでるのだって俺の意思じゃねーし、これを機に我が懐かしき日ノ本へ……だ、お前も魔物に玉を食い千切られる前にトンズラするんだな。ああ甘美かな柊重工の天下はここにて終焉となりましたとさ、じゃお疲れ」


 そう言って煙草の火を消し、話はこれまでだと有無を言わさぬよう立ち上がり身を翻す。


「報酬は……」


 一誠の呟きが背中を打ち、図らずも足が止まった。


「十五万ドル出そう、もちろん米ドルでだ」


「……経費は?」


「欲しいものは全て用意する、銃弾だろうがなんだろうが好きなだけ持っていけ、弾は撃てば撃つだけ、爆薬は使えば使うだけ金を出す」


「……オーダーは」


「魔物のせん滅と生存者がいた場合はその保護、建物への被害はなるべく最小限に」


「マジックワスプナイフ三本、中身は魔術儀礼済みの上位聖水。替えのカートリッジ九個、HHI USP18Fを二丁。45ACPニグレド銀弾だ」


「すぐに用意しよう」


 かくして、日向は望まぬ戦いに身を投じる己を心の中であざ笑いながら、これからの苦悩に想いを馳せ、三度煙草に火を付けた。


「はぁ、労働ってのは全く尊いもんだよな、一誠」


「ああ、まったくだよ……」


 ◇◆◇


「周囲半径五キロメートルは既に避難誘導が済んでおります」


 ボディアーマーを着用した二人組の男が日向に敬礼をしながらそう告げる。

 その背後には世界で唯一クシュロンのみが産出可能な次世代万能エネルギー『サングリアル』の生産工場が建っていた。


 かつて日本の人工島として建設されたクシュロンは、この次世代万能エネルギーの発見に伴い、日本が独占することを恐れた国際社会の圧力により、異例の自治国家として宗主国を日本としつつも、高い独立性を保つに至っている。


 しかし軍をもつことは許されず、最低限の武装だけが許された警察組織が存在するのみである。

 つまりこのクシュロンという国には諸外国の諜報機関等からの圧力に対する対抗手段は無いに等しい。

 にも関わらず、国際社会が喉から手が出るほど欲しているサングリアルの原材料や生産方法など、ありとあらゆる情報はその一切合切が謎に包まれていた。

 無論ただの善良な一般市民である日向も知らない訳だが……


「恐らく九十九機関が隠匿しているんだろうが、さしずめパンドラの箱だな」


 勿論その正体など気にならないといえば噓になる。曰く人間の魂が元であるとか、曰く異世界からエネルギーを補充しているだとか、そんな都市伝説が広く囁かれているのだ。


「果たして真相はどうかな?」


 胸元のホルスターから一誠に用意してもらった銃を抜き、立ち入り禁止のテープを乗り越え工場の扉を開く。

 刹那、まるで夏に生ゴミを数週間放置したような死臭が鼻孔を突き、久し振りの感覚に身体が付いて来なかったのか胃液が逆流してくる感覚が日向を襲った。


 そして眼前の暗闇に広がるのは、無数の紅い眼光。

 己を喰い散らかさんとするこの世ならざる生き物……いや、生きていると定義してよいのかすらも怪しいナニカ。

 爆発の影響によって生じたか、建物の隙間から差し込む儚い光の中で、通称魔物と呼ばれる存在が虎視眈々と日向を狙っていた。


「な、なにが百体だ……こりゃあ倍以上はいるな」


 一旦引こうかと背後を見ればもはやそこにドアは見えず、気が付けば数えるのも億劫な程の魔物に囲まれていた。

 厄介な仕事を押し付けられたものだと考えながら、煙草を咥えて銃のスライドを引いて引き金に指をかける。


「はぁ、やるしかないかぁ」


 開戦の音頭とは思えぬような、気の抜けた声と共に銃声が鳴り響く。

 標的をなぞるように、流れるように標準を合わせ、引き金を引いていく。

 一発撃つ毎におぞましい断末魔が絶え間なく響き続け、よく見てみれば人外の魔物の正体は……


屍食鬼グール、か」


 屍食鬼グール、それはゾンビとも呼ばれる肉を喰らう異形の存在。

 人型をしているものの、それを構成する血肉は腐り果て知能は著しく低下する。人の死体が多大な魔力に当てられ、その存在が変質した存在である。弱点は銀、もしくは魔術による攻撃。


 今回日向が一誠に用意させたのは45ACPニグレド銀弾。

 ニグレドとは錬金術の分野で腐食を意味する。通常銀が腐食すれば黒く変色するが、その中で一層銀の輝きが増したものを使用し、魔術的な儀式が施された特注の弾丸がニグレド銀弾である。

 基本魔物に対して銀は有効であるが、屍食鬼グールに対する効果は絶大。因みに購入すれば余裕で諭吉さん五十人とお別れする覚悟を持たなくてはならない代物だ。


「まぁ屍食鬼グールの数百なら何とかなるか、不幸中の幸いだな」


 マガジンを交換しながら久しぶりの屍食鬼グール戦に想いを馳せる。

 屍食鬼グールは動きが遅い、捕まってしまえば腐った肉体からはおよそ想像もできない程の膂力により脱出が困難になってしまう。


 故に常に動き続ける、駆け、転がり、撃ち、殺し、時には殴り、切り付ける。

 およそ順調に事が進み、血肉の舞い踊る最中で今夜の献立にすら思いを馳せ始めたその瞬間、日向は全身の毛が逆立つのを感じた。


「やっぱりブランクってのは舐めちゃいかんってことかね……」


 屍食鬼グールを殺しつ続けどの位が経過したか、既に二百は屠ったその時、圧倒的なプレッシャーを纏ってその存在は現れた。


「仕事の途中だというのに流石にこっちに来ざるを得なかった、全く私が集中しているというのに盛大にやってくれるものだ」


 尖った耳に肩程まで伸びた金色の長髪、人とは明らかに違う深紅の双眸。

 裏地が赤の黒いコートを靡かせ、その下には漆黒のスーツを着た男は、まるであざ笑うかの如く宙に《《立っていた》》。不愉快そうな表情を浮かべるその口元には、およそ人のそれでは無い牙が、僅かな光を反射している。


「吸血鬼……!」


「はは、ははは、ハハハハハ! そうさいかにも! いかにもさ、そうだとも!」


(そういうことかよ!!)


 圧倒的な存在感を前に、日向は自身が感じていた違和感の正体に今更気付いたことを理解し、舌打ちした。


 屍食鬼グール、それはゾンビとも呼ばれる肉を喰らう異形の存在。

 人型をしているものの、それを構成する血肉は腐り果て知能は著しく低下する。人の死体が多大な魔力に当てられ、その存在が変質した存在である……が、しかし。

 その発生原因とは別に、もう一つの原因が存在する。


「この屍食鬼グール共はお前が眷属化した存在だったのか」


「ご名答だ」


 もっと早くに思い至るべきだったのだ、思い返せばヒントは転がっていた。謎の爆発事故、異常発生した屍食鬼グール

 通常魔物が一か所で大量に発生するなど自然界でそうそう起こることではない。つまり……


「爆発を起こし、働いていた人々を襲って眷属化させることで屍食鬼グールにしたな!」


「それもご名答だ」


 屍食鬼グール化のもう一つの原因、それは吸血鬼による人間への吸血行為による眷属化。

 非処女、非童貞は吸血鬼に血を吸われると屍食鬼グールとなり、その吸血鬼の眷属となる。

 眷属化が可能な吸血鬼の討伐難度はAAA以上、推定討伐報酬は約三十万ドル。


(こりゃあ一誠に報酬を上げてもらわないと割に合わねぇな)


 日向は心の中で悪態を吐きながら、眼前に現れた人間の上位種とも呼ぶべき存在と対峙する。


 ◇◆◇


 工場の中から反響した銃声と、この世のものとは思えぬようなナニカの断末魔らしきものが黄昏の空に響いていた。


「先輩、あんなガキ一人で送り込むなんて総帥は何考えてるんですかね?」


「エド、お前この業界に入ってどのくらいだったか?」


「俺ですか? 中東に六年程いましたが」


「ああ、違う違うそういうことじゃねぇよ」


 ボディアーマーを着用した二組の男が煙草を咥えながら、工場のドアから数十メートル離れた場所で雑談に花を咲かせていた。

 彼らの任務は日向が取りこぼした魔物が工場の外に出てきた際の対応であるが、かれこれ一時間以上が経過したものの、魔物が出てくる兆候はなく、絶え間なく鳴り続ける銃声と人外の絶叫を聞きながら突っ立っているだけであった。

 本来であれば厳とした警戒態勢をとって然るべきであるが、彼らは規範の元でその武力を振るう軍人ではなく、あくまでも傭兵、煙草を嗜んでしまうのも無理も無いと言えるだろう。

 その証拠に所属部隊を識別するワッペンにはHHI(Hiiragi Heavy Industries)、つまり柊重工のエンブレムが刻まれていた。


「こういう化け物やら神崎日向のような魔術師共に関わる業界ってことだ、どんくらいだ」


 先輩と呼ばれた額に傷の入った初老の男、ジョンが煙草を咥えながら器用に問いかける。


「ああ! まだ半年くらい? ですね。最初はビビりましたよ、まさかハリウッド顔負けの出来事が俺の知らないところで起きてるなんて!」


 金髪のソフトモヒカンが良く似合う青年、エドは少し興奮気味に声を荒げる。


「俺はこの戦争屋になって二十年、化け物殺して五年ってとこだが、最初はお前と同じさ。良く分からねぇ状況に良く分からねぇ相手、そんなファックな状況を腐るほど経験してきた」


「は、はぁ……」


 何を言いたいのか分からないのだろう、困惑した声音を上げるエドに対してジョンは視線だけを送り、再び工場の入り口に目を向ける。


「俺がその五年で学んだことはな、良く分からねぇって事だけだ」


「えぇ?」


「さっきお前が案内した、全身黒のスーツを着た青年、恐らく二十……二三だったか? 名前は神崎日向、これまでの仕事で何度か顔を合わせたことがある」


「総帥が時々依頼している魔術師の~……フリーの傭兵? っスよね」


「はっ、傭兵? そんなもんじゃねぇ、もっとこう、ああクソ。なんて言えばいいんだろうな、だが少なくとも総帥は、俺達よりもあの男一人に任せた方が万事上手くいくって考えたから神崎日向に頼んだんだ」


 そう言って煙を吐き出すジョンを見ながら、エドは苦笑いを浮かべる。


「ま、まさか。俺だってこれまで何人かの魔術師を見てきましたよ? そりゃあいつらはすげぇ、だけどあんな魔物の群れに一人で突っ込んでいく魔術師なんて……」


「いるんだよ、この世の中には。良く分からねぇ、人間のなりしてるくせに本当に人間なのか分かんねぇ化けモンみたいな奴らがな」


「あの男、神崎日向もそうだと?」


「……ああ」


 エドの問いかけにジョンは目を細め、煙草の煙を吐き出す。


「あれは二年前だった、まだこのクシュロンが出来て一年くらいさ。あの頃は魔物災害の数も規模も今以上でな、色んな化け物を見てきた。俺も既に三年のキャリアがあったし、大抵のことではビビらなかったさ。なんでも来いって感じだった、そんな中アレは起こった」


 ジジ……という音と共にジョンが持っていた煙草の火種が地面に落ちた。


「二年前……っていうとあの!? クシュロン大戦ですか!?」


 エドの目がキラキラと輝きだすのを尻目に、エドは持っていた煙草を携帯灰皿に入れると、胸ポケットから新しい煙草を取り出して火を付けた。


「ああ、お前ら若いのからすればおとぎ話みたいなもんだろうがよ、たった二年前の話なんだがな」


「すげぇ! 先輩参戦してたんですね!」


「まぁ、な」


 ゆらゆらと昇る煙を見ながら、ジョンは再び口を開く。


「地獄だったよ。これまで俺が地獄だと思ってた戦場は何だったんだって思うくらいのな、俺が人生で初めて経験した二〇二三年の十月よりも地獄だった、異形の魔物が海岸線を埋め尽くし、魔術と銃弾が光線を描いて飛び交っていた。海は赤く染まり、死体の山で浜の形は変わっちまってた」


 エドにとってそれは心躍る内容なのだろう、先ほどよりも身を乗り出して、食い入るように耳を傾けている。


「そこにな、神崎日向もいたんだ」


「え!? あのガキがですか?」


「ああ、人間ってのはよ、良く分からないものを恐れるもんだ。だけどよ、魔物も慣れてしまえばそういうもんだと理解できるから、段々と恐れは薄まっていく……お前、あの大戦での死傷者知ってるか?」


「え? 確か民間人はゼロで、動員された軍人やら魔術師やらに被害が出たけど、あんま多くないって聞きますねそういえば。大戦の規模からすれば異常なくらい少ないって……」


「その理由だよ」


 少し考えこむような仕草をするエドの言葉を遮り、ジョンは日向が入っていたサングリアル工場を顎で指した。


「どういうことっすか?」


 エドは先ほどまでの楽し気な雰囲気は残しつつも、どこか神妙な面持ちになっている。


「ま、詳しい数は分からんがな。先のクシュロン大戦において進行してきた魔物の軍勢は凡そ五万体と言われている、そのうちの二万体をたった一人で片付けたのが、今あの工場でドンパチやってる神崎日向だ」


「はぁぁぁぁっ!?」


 エドは驚愕の声を上げ、咥えていた煙草を落とした。大きく開かれた両目は言外に信じられないと言っている。


「お前も聞いたことあるんじゃねぇのか?」


 驚くエドの顔がよほど面白かったのか、ジョンはくっくっく、と笑いながら口を開いた。


「星海と共にやってきたクシュロン大戦の英雄、蒼月の魔術師ってのをよ」

さっそくちょっぴりクズな日向さんの片鱗が見られましたね。

本作ではよくいる完全無欠の良い人主人公ではなく、良くも悪くも世俗的な、より人間味溢れる主人公にしていきたいと思っています。


皆さんがもし大きな力を持っていたら、果たしてどう生きますか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ