はねにえif
ある日のこと。火華はいつものように路地裏に入り、辺鄙な店に足を踏み入れる。
昼はカフェ、夜はBARの普通の飲食店。まぁいつ来ても2、3人程度しかいない様な空き具合で、場所も場所でとても普通とは言い難いが、そこを除けば割と飲めるものも食べれるものも普通の店である。
店のマスターは暇を持て余すようにコップを拭いたり、酒類の補充したりと雑務をのんびりこなしていた。「お邪魔しま〜す」とドアを開けて入ってきた火華を見て心底嫌そうな顔を返す。
「今嫌な顔したでしょ…?まぁいいやいつもので!」
「はいはい」
火華は店の奥……お気に入りの席に座って水を飲む。最近はカウンター席よりも向かい合わせの4人席の方がお気に入りだ。
今日も店内は空いてるなぁ……そういえば空いてない時なんか無かったけ?とかなり失礼なことを考えながらぼんやりしていると、マスターが両手にいつものを持って出てくる。
「はい、オレンジジュースとオムライスね」
「いぇーい楽しみにしてたんだ〜マスター、オムライスだけは美味しいからね」
「だけはってなんだ普通に他も美味しいぞ」
「常連にはオムライスしか売れてないじゃない」
「……まぁそうなんだけどね」
落ち込んだ様子でカウンターに引っ込んでいく店主を横目に食事を摂る。食事を食べ終え、オレンジジュース片手にボーッとしているとチリンと入口の扉に付いた鈴が音を鳴らす。
背の高い男が店の様子を伺うように扉を開けているのが見える。マスターが少し慌てた様子で対応しているのを見て、あの男の後ろにお偉いさんでもいるのかなと思いつつ顔を伏せて寝たフリをする。
面倒に巻き込まれるのは勘弁したい。しばらくして話し声が止み、扉の閉める音と足音が聞こえてまた時々聞こえるマスターの作業の音以外何の音もしない状態へと戻る。火華はさもつい先程まで眠っていたかのようにわざとらしい欠伸と伸びをして起き上がる。
「やあこんにちは」
「……マスター!よく分からないガキがいるよ」
「待って火華ちゃん言いたい事はわかるけど、せめてもうちょっと柔らかい言葉にしよ?」
マスターが焦った様子で火華をなだめる。それを見て、目の前の青年が微笑むような笑みを浮かべて苦笑する。
「君よりは多分俺の方が年上かな。見たところ君は……中学生とかそのくらい?」
「……高校生です。あと、その笑みやめてください。なんか不快です」
「高校生だったか〜ねぇ、どこの学校?色々教えてよ!」
「人に聞く前にまずは自分のことを話したらどうです?」
確かに……と変わらず笑みを浮かべて青年は言う。初対面で少しばかり強引な感じ……少しだけラズを思い浮かべるが流石に似ても似つかないか…と思い改める。席を立とうとすると「鶴喰蓮。18歳。お姉さんは?」と続けて話してくる。
「はぁ…………火華。あなたよりは若いのでお姉さん呼びは結構です。ガキ呼びしたのは謝りますねすみません」
「火華……ね。改めてなんだけど、ちょっとお話しない?」
「お生憎さまですが私、胡散臭い大人と初対面の人間とはお話しないことにしていますので。お先に失礼」
火華は席を立ち、お金を置いて店を出る。ああいう人は何度か見た事があるが……2度も3度もこの店に来るような物好きはそうそういないし、もう遭遇することは無いだろうとそんな事を思いながら火華は帰路に着いた。
翌日。学校が終わり、疲れた体を引き摺って家に帰り、荷物を放り投げて財布片手に店に行く。いつものように店に入ると、昨日の青年が火華のお気に入りの場所に昨日と同じように座っている。
「……帰る」と火華は扉を閉め、歩いて帰った。もう遭遇することは無い……という予想は外れたが、まぁ1週間もすれば来なくなるだろうしそれまで待つか…
「火華ちゃ〜ん!ここ2、3日元気ないね?」
「いつもの店行けてないからね……ストレス」
「あ〜あのBAR?どうせお客さんは火華ちゃんだけだし、行けばいいのに」
ラズがそう言ってにこにこと人懐っこい笑みを浮かべる。何処ぞの変な男と似てるとか思ってごめんね……全然似てないわ。
それから次の行く予定の日までラズの提案でヨウや嗣実さんと一緒にボウリングやらゲームセンターやらで遊んでストレス発散した。運動音痴でボウリングでボコボコにされたのは内緒の話である。
日曜日。2度目の遭遇(顔見ただけ)から約1週間後。店にはマスターと少しの常連客以外誰もいない。やっぱり1週間も来ないか……と思いながらオムライスとオレンジジュースを頼み、奥の席に座る。
いつもののんびりとした雰囲気にボーッとしていると、扉の開く鈴の音と共に例の青年……蓮が入ってくる。蓮はこちらを見るとこの前と同じように向かいの席に座った。タイミングを見計らったかのように火華の前にマスターが料理を持ってくる。
「こんにちは、奇遇だね」
「食事中に話しかけてくる人は嫌いです」
「美味しそうだね!俺にもひと口くれない?」
「ご自身で頼んでみては?」
「そんなに食べれない」
「じゃあ諦めてください」
火華は黙々と食べ進め、食べ終わると刺さっとマスターに食器を渡して座る。
「さぁではお話しましょうか胡散臭いお兄さん」
「あれ?俺、自己紹介したよね?」
「そうでしたっけ?少々物覚えが悪いので忘れました」
火華がとぼけたように言う。蓮はにこにこ笑いながらそれを流す。そう言ったやり取りをしばらく続けていると、不意に蓮の電話が鳴った。蓮は曇ったような表情を浮かべながら席を外す。
何となく手持ち無沙汰になった火華は櫛とで髪を梳く。通常の櫛と羽人用の櫛を器用に使い分け、髪を梳いていると数本羽根が抜け落ちる。自分の羽根が処分に困るようなものだと分かっている火華は落ちた羽根を1枚も残さず机の上で纏め、持ち歩いているケースに移す。
しばらくすると蓮が戻ってきた。席に座ると水を飲み干し、ふぅと一息つく。蓮は火華の前に見慣れないケースがあることに気づくと、中身を尋ねてきた。
「これは……私の羽根です。たまに抜けるので」
「へぇ〜綺麗な色だね」
「勝手に抜けた羽根は少しくすんだ色になるので別に綺麗では無いんですけど……まぁモチーフの鳥が綺麗な鳥ですからね」
へぇ〜と言いながらケースの中をまじまじと見つめる蓮。別に抜けた羽根で自分の事を直接見られている訳では無いが……なんだか少し恥ずかしい。もう梳き終わっているのだし、しまうか。
火華がケースを手に取り、バッグにしまおうとすると蓮がもう少しだけ見たいなぁ……と言い出す。
「はぁ……そんなに見たいなら1枚あげます。処分だけきちんとしてください。当たり前ですけど普通のゴミで出さないようにお願いします」
火華はそう言ってなるべく新しい羽根を選んでケースから出す。宝物を見るかのような目で蓮が羽根を受け取り眺める。
「羽根くれてありがと!!でもほんとにいいの?」
「普通にダメですけど。まぁ私がいらないし羽根嫌いなので別にいいかなって」
「君……変なとこ適当な人だね?」
「余計なお世話です」
嬉しいなありがとうと言って蓮は羽根をしまって立ち上がる。あぁ、この感じはただ羽根が欲しいだけの人か……と火華は少し残念な気持ちになりつつ、蓮を見送る。
「火華ちゃん、羽根ありがとうまたね!」
「……またね」
蓮が店から出ていくのを眺めて、どうせ他の人達みたいにもう二度と来ないんだろうな……と考えながら頬杖を着いて不貞腐れたような顔をする。
「火華ちゃん。唇尖らせてどうした」
「別に。どうせ羽根目的だろうなって思ってたら案の定羽根目的だったってだけだよ」
「まだわかんないだろ〜案外火華ちゃん目的かもよ?」
「それこそないね、羽根目的か若い子と話したいだけのナンパだよ。どうせもう来ないよいつもみたいに。ていうか無駄口叩いてる暇あるなら客を増やす方法の一つや二つ考えたらどうなのマスター」
それを言うなよとマスターが痛いところ突かれたと言った顔をして退散していく。全く。暇ならSNSの1つくらい始めればいいのに。変なところで強情だから客が増えないんだよ。
火華は念の為羽根の取り忘れがないかだけ確認した後、会計を済ませて帰路に着いた。路地を抜けてネオンの輝く通りに出ると、人目を避けて通りを抜ける。
しばらく行って少し大きめのアパートが見えてきて一安心した火華はラズに電話をかけ、今日の出来事を大まかに説明しながら家に帰ったのだった。
次の日昼休み、火華はラズに正座で怒られている。やっぱり羽根を簡単に渡したのがダメだったか……と反省しつつあまり怖くないラズの説教を話半分程度に聞き流す。
「火華ちゃん……聞いてないでしょ」
「えっ?なに?……あ、聞いてるよ」
「聞いてないじゃん!!!!」
全くもー!と怒るラズをヨウがなだめ、火華は正座から開放される。足が痺れて少しふらついたが、ヨウに支えられて座り直す。こういう気遣いがすっとできる男なんだよな……嫌いだけど。なんとなくヨウを軽く蹴り飛ばし、昼食の途中だったことを思い出して弁当を食べる。うん。今日もいつも通りの味。
「イテテ……それで、その…蓮だっけ?火華ちゃんから見てどうだったの?」
「どうだったって……嫌いな笑い方する男の人?あ、羽根渡した時は好きな笑い方してた。十中八九ただの羽根目的な人かな?って感じ」
「ほーん、火華ちゃんにしてはよく覚えてるね」
「……確かに?いつもヨウさんの顔とかすぐ忘れる私にしてはよく覚えてる」
「え?俺の顔忘れるの?いつも?」
まぁ勿論冗談だが面白そうなので頷いておいた。マジか……って顔をヨウさんがしていたがさも真面目に言ってるかのような顔して無視する。こういう時が1番楽しいかもしれない……
「……火華ちゃん悪い顔してるよ」
「え?そんなわけないじゃん。ラズくんみたいないい笑顔でしょ?」
「僕みたいな……ってのはちょっと分からないけど、いつも僕にイタズラする時の笑顔だよそれ」
「……参った!ラズくんには敵いませんって事でヨウさん流石に顔忘れるってのは嘘だよ〜」
流石にそうだよね?とヨウが一安心と言った顔で言う。分かっててノリが良かったのかマジで私が忘れてると思ってたのかどっちだろう?まぁ流石にマジで忘れてそうだなんて思って無かった……よね?
雑談してると昼休み終了のチャイムが鳴り、慌てて弁当を片付けながらそれぞれの教室に戻って行った。
それから数週間後、猛暑の続く夏休みが始まり、前半はラズ達と遊んでいた火華も後半には、1人であの人の少ない店に入り浸っていた。あの日以降、蓮という青年は来ておらず、やっぱりただの羽根目的だったかと少しガッカリしたが別に仲が良いという程の関係でも無かったし、わりとすぐに忘れた。
今日もいつも通りの遅めの昼食を食べ、いつも通り机に突っ伏して昼寝をする。起きたら帰って……夏課題しなきゃ……
3時間後、午後5時頃。火華は大きな欠伸をし、眠い目をこすりながら顔を上げる。どこかで見た顔が対面に座っている。たしか……
「蓮さん」
「あ、おはよう。俺の事覚えてくれてたんだ嬉しいな」
何処と無く信用出来ないにこにこした顔で蓮が言う。
「まぁ人の顔覚えるのはそこそこ得意だから」
実はさっきまで忘れてたのだが……まぁ殆ど会ったことない人の記憶なんてそんなもんである。火華は蓮の話を寝ぼけた頭で聞きつつ、ボーッと顔を眺める。
蓮の首元にキラキラ光る緑のものを見つけ、それ何?と話を遮って言う。
「これ?あ〜こないだ貰った羽根をネックレスにしてみたんだ。どう?似合うかな?」
「……ネックレスにするのが目的だったなら落ちた羽根じゃなくてもっと綺麗なやつあげたのに」
そうなの?と蓮が言う。あげなかったかもしれないが……まぁその時の気分なんて覚えてないしなんとも言えない。
とりあえず「うん」と頷いて、1回無理に取ると生えてこなくなっちゃうんだけどね。と笑って答える。そのまま手を後ろの髪に通して羽根を取ろうとすると、蓮が髪を触る手を掴んで止めて来た。
「火華は俺の許可なく羽根取るの禁止!」
「なにそれ、生えなくなるの心配してるの?私の羽根を私がどうしようが勝手でしょ?……あと痛いよ。腕」
「あ、ごめんね。確かにそうなんだけどさ、せっかくの綺麗な羽根が無くなるの勿体ないじゃない」
手を離しながら蓮が言う。勢いよく引っ張られただけで腕に痣などは無い。火華が自分で掴んでいた羽根にもなんのダメージも無いようだ。力加減が上手いというかなんというか……
「蓮さん」
「えーと……なにかな?」
「蓮さん」
「えーと……?」
「蓮さん」
「え、何?怖いんだけど」
うん、笑顔よりそういう顔の方が似合うし好み。出来れば一生笑わないで欲しい。
「蓮さんあんなに強く女の子の手を掴んでおいて、まさかごめんだけで済まそうってつもりじゃないよね?」
「え?あぁうん」
条件反射でうんと言った次の瞬間、蓮はしまったという顔をして目を逸らした。まぁ別に何をして欲しいとも言わないけど、人をからかうのは楽しい。
「まぁ特になんにもないけどね」
火華はそう言って席を立ち店の入口へ向かう。
「じゃ、また会おうね」
中に蓮を残したまま、そう言って扉を閉めた。
蓮は火華を狙ったのは失敗だったかなとBARで1人考えていた。ざっと調べた感じ、交友関係も狭く、親とはほぼ縁切り状態の世間知らずの羽人。しかも自分の羽根の価値も分かってないと言った具合にちょろそうな女だと思っていたが、蓋を開けたら面倒臭い上に分かっていて自分の価値を下げる女と来たものだ。
「ちょろいと思ったんだけどなぁ……」
「…火華ちゃんはうちの常連でもかなり癖が強い人ですけど……あ、これサービスです」
店主がオレンジジュースを持ってくる。今は別にオレンジジュースの気分という訳では無いが……まぁ金もかからないし有難く貰う事にしよう。
確か呼羽高校はあと1週間程で夏休みが終わる。そうなると次のチャンスは冬休みか……そこまで長いと勘づかれる可能性がある。さてどうしようか。
蓮は自分の見立ての甘さに溜息をつき、次の遭遇でチャンスが無ければ諦めようかなと諦め半分にそう思った。
翌日、蓮があの店に行くと火華がにこにこしながら手を振ってきた。それに対して笑い返すと、今度は不機嫌そうな顔で頬杖をついている。訳が分からない。
「やっほー蓮さん。今日もにこにこ笑ってるね嫌い」
「あー……そういう事ね」
「そういう事だよ笑わないで」
火華がにこやかに毒を吐く。まぁ甘んじて受けよう。どうせ今日で手を引くつもりだし。
「さて、そんじゃ行こ」
「ん?どこに?そもそも俺、君となんか約束してたっけ?」
「マスター車出して〜ドライブデート行く〜」
「話聞いてる?」
「聞いてる。いいからついてきて」
強引に火華に連れて行かれ、何故かノリノリな店主の運転で市内から商業施設を通り、山奥へと向かう。2時間程車を走らせ、寂れた展望台へと辿り着くと火華に引っ張られて車を下りる。
辺りが真っ暗なのもあると思うが、一面に広がる星空と遠くに見える灯りでなんとも綺麗な景色だった。よいしょっと言う掛け声と共に火華が車からランタンを下ろしてきて火をつける。そこまで明るくは無いが雰囲気を壊さない程度の微かな灯りがつく。
「ここね〜ストレス溜まった時に来るの。最近ストレス発散してなかったし……誰かさんのせいで羽根も抜けないし」
火華が呟いて背を向ける。髪をまとめて縛り、ちょこんと目の前に座って蓮に向かって言う。
「ほら、羽根あげるよ。1枚だけどちぎっていいよ」
「いやいいよ、昨日も言ったけど綺麗な羽根が」
「取らないなら私が自分で取るから」
「はぁ……分かったよ」
溜息をついて、火華の羽根を1枚手に取り、ゆっくりと引っ張る。思ってたよりも簡単に引っこ抜け、火華が「んっ」とか細い声を上げる。
「……何してるの。続けてよ」
「……1枚だけって話だったと思うんだけど」
「いいから」
言われるまま1枚1枚、丁寧に傷付けないように取る。毟る度に悲鳴とも似つかないか細い声が火華から聞こえるが、気にしないで取る。5枚ほど取った後、火華がもういいよと一言言い、蓮は手を止めた。
火華は何事も無かったかのように立ち上がると帰ろと言ってランタンを持って車に戻って行った。店主が火華を家の前に下ろす、火華はその羽根あげるよと蓮に言ってまたねと下りて行った。
火華の家から少し離れたところで蓮が口を開く。
「……意味が分からん…」
「まぁそうでしょうね。言ったでしょう?ほかの常連より癖が強いって」
店主が笑いながら返す。頭を抱えることが起きたが……まぁ高額な羽根が良い状態で手に入ったと思えば……いやそれにしてもだな本当に意味が分からない。
「まぁ火華ちゃんに気に入られたと思えばいいんじゃないですかね?実際彼処彼女のお気に入りですけど他の人連れていこうって言ったのは今日初めて見ましたし」
なるほど、確かにそれは気に入られたと考えていいかもしれない。ここで手を引くつもりだったが……相手がこちらを信用しているなら多少リスクはあるがどうにか手に入れる算段を付けれそうだ。
「とはいえ…長い期間たった1匹に拘束されるのか…」
「まぁそれはそうですね。今が8月ですから……最短4、5ヶ月くらいじゃないですか?」
「最長だとどれくらいだと思う?」
「まぁ経験からして……高校卒業くらいじゃないです?2年半後ってとこですかね」
2年半か……2年半かぁ〜長いなぁ〜
蓮は頭を抱え、しばらく悩む事となった。
夏休み最終日、火華は店に来た蓮にベタベタと引っ付いていた。蓮が愛想笑いを浮かべると頬を抓られ、困った顔になると上機嫌になってさらにくっつくと言ったふうによく分からない行動をしている火華に困惑していると、火華が口を開く。
「蓮さん笑わない方がかっこいいし、私が好きだから笑わないで」
「理不尽」
「笑ってない蓮さんは大好き。ラズくんと同じくらい。あの胡散臭い笑いは嫌い。大嫌い」
普通に笑っているだけだし、火華以外からは胡散臭い笑いなんて言われたことは無いのだが……まぁそれはいい問題は…
「いつまでくっついてるのかな?」
「……羽根抜かれたら離れるよ」
「抜きません」
「じゃあ離れません」
「君さ……微妙に鬱陶しいね」
火華はくっ、とショックを受けたかのような顔をしておずおずと距離をとる。蓮はここまで懐かれるようなことしたかな?と思いながら距離を取った火華の頭を軽く撫でる。ここ数日で火華のやって欲しい行動が少しだけ分かってきた。
「んにゃ、私は帰る。明日からまた学校だし」
火華はそう言ってさっさと店から出ていった。こういう時の行動は早い。蓮は火華が去ってしばらくした後に電話を繋げ、人を呼び出す。
しばらくすると、不快な笑みを浮かべたダサいジャージ姿の女が店に入ってきた。手を振って女を席に案内すると、コーヒーを頼んですすめる。
「最近金欠でね。ありがたく飲ませてもらうよ……で、鶴喰のご子息様がこんなしがない女になんの用で?」
「仕事の話だ。羽狩り専門の請負人。名前だけは聞いたことある」
「そりゃ光栄だね。で、内容は?」
蓮は簡単に火華の話をする。話を聞いた女の……八咫ノの顔は少し曇った顔になった。
「あんな、確かになんでもする請負人だけど……相当の金がなけりゃ呼羽高校のやつに手なんか出さないよ。そもそも籠の連中が多くてほぼ不可能」
「でもほぼだろ?」
「まぁ捕まえるだけならそりゃあ簡単さ。だけどその後は?彼処の連中相手にしたらすぐに足がつくよ」
「そこをなんとかするのがそっちの仕事じゃないのかい?」
「それはそうだけどね。あんまし、リスクの高い仕事はしたくないんだよね話の感じだと……」
「報酬は成功した時の羽人を売った金の1割って所だろ?あの辺の籠の連中から逃げつつこなす仕事にしては割に合わないね」
八咫ノがそう言ってコーヒーを飲み干す。
「今回の仕事は出来ないと」
「まぁそういう事だね」
「それなら仕方ない。コーヒー代だけ置いて帰って貰おうかな」
「…………ちっ、やられた。金なんかねーよ」
「無銭飲食かな?どうする?警察でも呼ぶ?」
「ろくな大人にならねぇぞ……?わかったわかったやるよやるやる」
蓮が携帯を持ち上げると観念したかのように両手を上げてそう言った。あたしとした事が古典的な手にハマっちまった…と嘆いているが元々無理にでもやらせる予定だったのだ。諦めて欲しい。
「あ、万が一籠に捕まってボコボコにされても俺の事話してもらっちゃ困るよ?」
「依頼主の話をする訳ないだろ舐めてんの?」
それならいいけどね。と言って蓮はコーヒー代を置いて店を去っていった。
「しっかし…飾絹ねぇ……また面倒臭い」
「あ、その子親とほぼ縁切ってるので面倒事にはならないかと」
「あ、そうなの。貴重な情報ありがと」
「お代は次うちの店に来た時に貰いますね」
「ぐっ……タダじゃないか…」
当たり前ですと言って店主が机を片付けると、八咫ノはごちそーさんと店を出ていった。これから大変になるだろうなぁと他人事のように考えながら店主は店仕舞いの片付けを始めたのだった。
数ヶ月後、冬休み。火華は時々蓮と会っては勝手にデートと言って街を連れ回していた。たまに不快な笑みを浮かべるのが気に入らないが、まぁそれを除けば顔も整っているしそこそこ性格もいいし楽しい。
何より、羽根を千切る時の手つきが優しい感じでなんとも好みだ。どうせなら全部強引に引っこ抜いてくれてもいいのだが……あれ?いつからこんな思考になったんだっけ……?
「何か考えてる?」
「いや、蓮さん初対面の時と比べると見違えるくらい好みになったなって食べられたい」
「なんか変な感想が混ざってた気がするけど…」
「なんにも言ってないです」
火華は慌てて口を押さえると黙り込む。クリスマスが近いからか少し浮き足立っているようだ。
……まぁクリスマスに予定などないのだが。ラズくんでも誘って遊ぶか?いや、ラズくんもヨウさんも他のみんなも予定ありそうだしダメだな。諦めよう。
「そうだ、火華クリスマス予定ある?」
「私にその日に予定があるか聞くとか正気?」
「……ないんだね…w」
蓮からハハッと乾いた笑いが漏れる。そういう笑いはまぁいい。いや良くないか予定ないの事を笑われてるし全然良くないわ。
「そういう蓮さんは予定あるんですかぁ?」
「予定?あるよとびっきりのやつがね」
まぁクリスマスには予定あるよな……顔はいいし性格もいいし……モテそうだし
火華は不機嫌そうな顔をして早足で歩く。蓮は逆に上機嫌な顔で楽しみだなぁと呟く。なんだかそれがとても腹立だしくて怒鳴りつけてやろうかと思ったが、そんな事で八つ当たりする訳にもいかないので、ぐっと踏みとどまる。
12月24日。クリスマス・イブの日。火華は夜の街を1人で歩いていた。昼頃までいた蓮は明日の準備があるとか何とか言って帰ってしまい、手持ち無沙汰になってしまった時間を適当に過ごしているうちにこんな時間になってしまっていた。
大通りのカップル達が少し目障りでひとつ外れた道を歩く。人通りがぐんと減り、ネオンやツリー、イルミネーションなど大通りの風景を彩っていた景色もあまりない。
不意に背後から肩を叩かれる。フラフラしてるのが体調不良にでも見えたのか、それともハンカチかなにかでも落としたか。火華が普通に反応して振り返ると、サンタの格好をした女がいる。
「なにか?」
「いやね、ほらお嬢さんハンカチ落としましたよ」
見ると手元に白いハンカチを持っている。が、薄く入った柄に見覚えがなく、人違いじゃないかと思う。
「私のじゃないですね」
「ほんとかい?もっとよく見てよ多分お嬢さんのだと思うんだけど」
そんな事ないと思うんだけどなぁと言いながら顔を近づけた火華の口元を押さえるようにハンカチを押し付けられる。微かに薬品の匂いがすると気付いた時には身体に力が入らない。
火華はそのまま項垂れると共に意識を手放した。
「メリ〜クリスマ〜ス。おやすみなさい。いい夢を」
冬休みが終わった日、始業式で校長が前に出てくる。神妙な面持ちで、生徒達に先生から紙が配られていく。
「え〜もうニュースで見たという人もいるかと思いますが、1年生の飾絹 火華さんがクリスマスの日以降行方が分からなくなっています。何か知って居ることがある人はすぐに担任の先生に言ってください。どんなことでも構いません。
また、同紙に乗っている女の人が火華さんと一緒にいるのを見たという人がいましたので、その女の人を目撃した人も先生に言ってください」
火華は手を尽くしたものの遺体は愚か羽根の1枚すらも見つかることが無かった。
生徒の間では1年生の羽根の生えた少女は怪しい人の誘いに乗って贄食いとなったと噂される事となった。