第七話『現在、日本は五百年振りの戦国時代に突入しているのでござるよ』
今年が令和六年である事実が信じられなくなるような光景が広がっている。
昭和時代の暴走族みたいな特攻服を着たリーゼント男とポールに包丁を取り付けた槍を持った男が睨み合っている。
「シャアッ! 死に晒せ!」
串刺し公・冴羽研二は槍を振り被った。
「当たっかよぉ!」
その一撃を大輝は軽々と躱した。けれど、研二は狙い通りとばかりに笑みを浮かべ、振り下ろした槍を大輝が避けた方向へ薙ぎ払った。
振り下ろした直後の硬直がほとんど無い。最初からそうする事を前提とした動きだ。
「まずい! 大輝、そいつ武術家よ!」
伊達や酔狂で槍を握っているわけじゃない。あの男は槍術のプロだ。
「大輝殿! 丸腰では不味いでござる。拙者の『佐渡』を!」
「要らねぇ!」
武器を相手に素手で立ち向かうなんてあり得ない。それなのに、大輝は折角進ノ介が渡そうとした刀を受け取ろうとしなかった。
「何故!?」
「喧嘩はこれ一つありゃ、十分だ!」
そう言って、大輝は迫り来る槍の側面に拳を叩きつけた。
ゾンビをぶっ飛ばす威力の拳打によって、ポールとナイフを固定していたバンドはあっさりと壊れてしまった。
「なっ!?」
そして、動揺した研二は動きを止めてしまった。
「テメェ、喧嘩慣れしてねぇな?」
やれやれと肩を竦めながら、大輝はポールを掴み取り、研二の手から奪い取った。
「か、返せ!」
「ドラァ!」
バカだ。武器使いが武器を取られたら実質敗北なのだから、すぐに逃げて態勢を整えるべきだった。それなのに、彼は奪われた武器に執着して、決定的な隙を大輝に晒した。そして、案の定、彼はぶっ飛ばされた。
「……よわっ」
「いや、大輝殿が強過ぎたのでござるよ。やはり、彼こそが天下人の器の持ち主か!」
「は? 何言ってんの?」
進ノ介は意味不明な事を言っている。
「まあ、兎にも角にも残党狩りね! さっさと皆殺しにしましょう!」
「いやいやいやいや、何言ってるでござるか!?」
「何って、後顧の憂いを絶っとかないとでしょ」
「だ、だからって、撫で斬りはやり過ぎでござる! 人の心が無いでござるか!?」
「なでぎりって何よ? そもそも、わたし達はアイツ等のせいで死にかけたのよ? 殺そうとしたんだから、当然、殺されても文句は無い筈でしょ?」
わたしは拳銃を取り出した。
「そ、そうかもしれませぬが! しかし、こんな世界で! 人間同士で殺し合うなど間違っているでござるよ! ただでさえゾンビが蔓延している地獄の如き世界で、同胞殺しなど愚の骨頂! 団結して事態の収拾に務めねば、遠からず物資が底を尽き、生き残った人類も死に絶えてしまう!」
「だったら、アンタはなんでこいつらと敵対してたのよ? 団結してないじゃない」
「それは……」
「こいつらと団結なんて出来ないと思ったからでしょ? わたしだって、別に殺したくて殺してるわけじゃないわよ。でも、こいつらは殺したくて殺してる。そういう輩は早い内に始末しておかないと後々の禍根になるわ」
わたしは拳銃の引き金を引いた。
研二の敗北を目の当たりにして動けなくなっている連中の足元に向けて。
「ひ、ひぃ!?」
「拳銃!?」
「なんなんだよ、あの女!」
「ほらほら、逃げなさいよ。建物の中に入れば当たらないわよ」
ここでゾンビになられても困る。丁度良い棺桶があるのだから、そこで全員を焼葬してしまおう。
「ダーリン! その男も建物の中に叩き込んじゃってよ。纏めて焼却するから」
「お、お前、本気か!?」
「こ、この中には俺達が捕まえた奴らもいるんだぞ!」
「や、やめておけ! 後悔する事になるぞ!」
わたしは首を傾げた。
「捕まえた人間がいるから何? わたし、あんた達とその人達の区別なんてつかないもの。万が一の事を考えたら、まとめて処分しておいた方が効率的でしょ?」
「……や、やばい! こいつ、ヤバいぞ! お、おい、お前! そこのリーゼントも! この女を止めろ!」
「さ、殺人鬼だ! とんでもないサイコ女だ!」
「人間じゃない!」
なんて失礼な連中だろう。
「いいから、さっさと中に入りなさいよ」
とりあえず、一人殺しておこう。その方が素直になる筈だ。
「幸音」
銃口を連中の一人に向けて引き金を引こうとしたら、いつの間にか大輝が傍に来ていた。
「もういい」
「え?」
「お前は俺が守ってやる。連中が襲い掛かって来たら、俺がぶっ飛ばす」
「……で、でも! ここで皆殺しにしておいた方が絶対楽だよ!? 人を殺人鬼呼ばわりしてるけど、こいつらも殺人鬼なんだし、情けを掛ける必要なんてなくない!?」
「テメェが言ったんじゃねぇか」
「え?」
「殺したくて殺してるわけじゃねぇんだろ? やりたくねぇ事はやらなくて良い。それともなんだ? この俺がテメェを守り切れねぇ雑魚だとでも思ってんのか? あ?」
「ダーリン……」
わたしは拳銃を下ろした。この男は根が善良過ぎる。新世界には全く相応しくない精神性だ。それでも生き抜く事が出来ているのは強いからだ。その強さはまさに天下無双。
彼に守られる事こそ、この世界で生き残る最善策だ。どうせ、連中は破滅する。首魁を失った後、彼らは彼らが虐げてきた者達によって裁かれる事になるだろう。
「……分かったわ。ダーリンがそう言うなら」
「お、おお! さすがは大輝殿!」
何故か進ノ介は感動した様子で大輝を見つめている。
「オラ、行くぞ! もっと歯ごたえのある奴と喧嘩がしてぇもんだ」
「あはは、雑魚だったもんね!」
「大輝殿! 拙者もついて行くでござる!」
わたし達が敷地を出ると、かなりの数のゾンビが集まって来ていた。
大輝の判断は正しかった。あのまま皆殺しに固執していたら、わたし達はゾンビに圧殺されていた可能性がある。喜々としてゾンビと戦おうとする大輝を引っ張り、わたしは逃走用に目を付けていたバイクの下へ向かった。
「そう言えば、二人は乗れるの? バイク」
「当たりめぇだろ」
「……せ、拙者、乗れないでござる」
「そう。じゃあね、進ノ介。短い間だったけど、そこそこ面白かったわよ、アンタの言動」
「秒で見捨てられた!?」
「……あっちはどうだ?」
大輝は近くにあった車を指差した。大型のSUVだ。タイヤが大きい。悪路も何のそので突き進む事が出来そうだ。
「悪くなさそうね」
近づいてみると鍵が差したままになっていた。どうやら、持ち主は相当に慌てて車から飛び出したようだ。後ろの座席から異臭がする。たぶん、そこにゾンビがいたのだろう。
座席を更によく観察してみると血痕がかなり付着していた。死にかけていた人間を乗せていて、ここでその人間が死に、ゾンビになって運転手に襲い掛かったという事だろう。
「うん。ガソリンもかなり残ってるし、バイクも二台積み込めそう」
「幸音殿は車も運転出来るのでござるか!?」
「もちろんよ。免許は持ってないけど」
「……そ、そこはもうスルーするでござる」
賢明な判断だ。
「さあ、二人共! バイクを二台と後部座席に積み込んでちょうだい!」
このSUVは三列シートになっていて、後ろ二列を倒すと広いトランクスペースを確保出来るようになっている。そこにバイクを積み込んだ。
「よーし、行くわよ! 目的地なんてないけど!」
「六本木方面はいかがでござるか?」
「六本木? なんで?」
「そこには日本再興をスローガンに掲げている関東最大のグループが根を張っているでござるよ。そこへ行けば少しは安全を確保出来るかと!」
「そうなの!? 聞いた事ないんだけど……」
「ラジオ放送で流れていたでござるよ」
そう言って、進ノ介は荷物からラジオを取り出した。
しばらく弄っていると、ラジオから音声が流れ始めた。
『こちらは六本木ヒルズです。このラジオを聞いている方は六本木ヒルズへ来てください。現在、我々は自衛隊を中心に日本再興の為に動いています。その為には一人でも多くの人の力が必要です。共に日本を取り戻しましょう! こちらは六本木ヒルズです』
「自衛隊!?」
この放送が本当なら、確かに安全を確保出来そうだ。なにしろ、自衛隊がいる。
「本当は仲間と共に向かう筈でした。しかし、サンプラザの者達によって……」
「なにウジウジした事言ってんのよ? ムカついてたなら一人くらい殺しとけば良かったじゃない」
「い、いや、復讐をしたいとかではないのでござるよ。ただ、少し無念に感じているだけでござる」
「ふーん、あっそ」
「……まあ、興味ないでござろうな。それより、六本木に向かうまでの間に色々と話しておきたい事がござる」
「なによ?」
「日本の現状についてでござるよ。どうにも、お二方はあまり情報を掴めていないようでござるからな」
そう言って、進ノ介は語りだした。
「現在、日本は五百年振りの戦国時代に突入しているのでござるよ」
そんな荒唐無稽な話を。