第六話『俺様は冴羽研二だ。テメェも串刺しにして城のオブジェにしてやんよ!』
「あっ、このバイク、まだ使えそう!」
「バイク、乗れるのでござるか?」
「うん。免許は持ってないけどね」
「免許を持ってないのに乗れる……?」
進ノ介は訝しんだ。細かい事を気にする、実に小さい男である。
「それより、逃走手段として、しっかり覚えておいてよね」
「あぁ? 挑む前から負けた時の算段をしろってのかぁ?」
「違うわ。勝つための算段よ! 相手の組織の規模がどれほどか分からないから、もしも数で押されるようなら一旦引くわ。ただ、完全に逃げようとするんじゃなくて、三人で三方向に逃げ回る。捕まらないように隠れたり、だけど、時々わざと見つかるようにして、相手を奔走させるわ」
「なるほど、囲魏救趙という奴でござるな」
「あ? いぎ……?」
「中国の南北朝時代に南朝宋の将軍檀道済が残した兵法の一つでござるよ。敵を一箇所に集中させず、奔走させて疲弊させる策でござる」
「あー? よく分かんねぇけど、そういう小細工はあんまり好きじゃねぇな」
「好き嫌いするんじゃありません!」
「へいへい」
「……親子かな? それにしても、妙に静かでござるな」
進ノ介が言う通り、ゾンビどころか、スラッガー田辺以外のサンプラザの人間も出て来ない。
「もしや、スラッガー田辺の独断専行か……? だとすれば、大輝殿達が追われる事もないやも知れぬ。大輝殿! やはり、お二人は撤退するべきかと!」
「ウゼェ!」
「ひょ!?」
進ノ介の進言を一蹴して、大輝は中野サンプラザへ向かい続ける。
「だ、大輝殿……?」
「おい、進ノ介! テメェが次に言っていい言葉は一つだけだ! それ以外の言葉は聞かねぇ!」
「い、言っていい言葉とは……?」
「テメェは死にてぇのか? それとも、生きてぇのか?」
大輝の問いに進ノ介はキョトンとした。
「……そ、それはもちろん、生きたいでござる」
「だったら、この孤高の狼王! 竜河大輝に言うべき事は何だぁ?」
進ノ介は息を呑んだ。そして、その場で跪いた。
「助けて下さい」
そう言った。
「……ぼ、僕を助けてください」
「最初からそう言え、ボケが」
「助けてくれるの……?」
「俺がいつ断った?」
「……あ、ありがとう」
「礼なんざ言う暇あったらシャンとしやがれ! テメェ、侍なんだろ?」
「大輝く……、殿! 然様! 拙者は侍でござる! いざ……、いざ! いざいざいざ! いざ征かん、中野サンプラザへ!」
進ノ介は叫びながら走り始めた。その背中を見て、大輝は笑った。
「……お人好し」
「だから、惚れたんだろ?」
ぐうの音も出ない。助けてくれるから、彼はわたしのダーリンなのだ。
「腹を決めろ、幸音! カチコミだぁ!」
「……仕方ないなー」
頬を叩いて気合を入れる。大輝はこういう人間だ。
この倫理観ゼロが当たり前の新世界で、この生き方を貫けているのは、それだけ彼が強いからだ。
彼の傍に居れば生きられる。そして、傍にいる為には相応の覚悟がいる。安穏とした生活など夢のまた夢だろう。だけど、わたしは安穏とした生活を送りたいわけじゃない。波乱万丈だろうと、生きていられればそれでいい。生きている限り、夢を追い続ける事が出来るから。
「行くわよ、ダーリン!」
「おうよ!」
そして、わたし達は中野サンプラザに辿り着いた。
そこには地獄が広がっていた。入り口前の広場には長いポールがいくつも立てられていて、そこに股下から脳天へ貫通させる形で串刺しにされているゾンビ達がいた。きっと、人狩りにあった人々だろう。
恐らく、彼らは生きたまま貫かれた筈だ。死んでいたらゾンビになっている。そして、ゾンビは熊並のパワーを持っているから、串刺しにしようものなら返り討ちにされてしまう。よしんば串刺しに出来たとしても相当な格闘戦が必要になり、ゾンビの肉体はボロボロになっている筈だ。けれど、串刺し状態のゾンビ達の体はとても綺麗だった。
生きたまま人間を串刺しにする鬼畜。ここの首魁はそういう男らしい。
「串刺し公・冴羽研二。それが中野サンプラザを拠点とする組織の首魁の通り名でござる」
「まんまなネーミングね」
「ッハ! おもしれぇ! 乗り込むぞ!」
「乗り込まないわよ」
「ああ? ここの首魁をぶっ飛ばしに来たんだぞ。乗り込まねぇでどうすんだ!」
「こうするのよ」
わたしは進ノ介のリュックに突っ込んでおいた瓶を取り出した。その瓶の口には布が固定されている。
「……幸音殿、まさか!?」
「わたし達が入るんじゃない! ここの連中に出て来てもらうのよ!」
布にライターで着火して、バリケードの上にある窓に瓶を投げた。
ガシャンと音を鳴らしながら窓ガラスが割れ、中へ落ちていった瓶は次の瞬間、凄まじい爆発音を響かせた。
「よし、もう二、三発!」
「ちょっと待てコラァ!」
更に火炎瓶を投げ込んでいると上の方から声がした。
「お、おま、お前ら! な、何してんだ!?」
「見て分かんない? 放火よ!」
「正気か、テメェ!?」
もちろん、正気だ。わたしは更に火炎瓶を投げ込んだ。既に炎が轟々と燃え盛る一階フロアは更に爆発的に燃え上がり、バリケードも崩壊し始めた。炎はどんどん上へ上へ伸びていく。
「……あの、これ、彼らは逃げられるのですか?」
「この程度の危機を乗り越えられない雑魚にわたしのダーリンの相手は務まらないわ!」
「拙者、もして鬼退治に魔王を連れて来てしまったのでござろうか……」
「失礼ね! こんなに可愛い魔王がいるわけないでしょ!」
「……いや、最近は魔王がヒロインのアニメや漫画も結構増えてきたでござるよ」
そんな風に会話しながら火炎瓶を追加していくと、高い所の窓から人が落ちて来た。
「え、なに?」
上を見ると、次から次へと悲鳴を上げながら人が落ちて来る。
そして、落ちて来た人間は次々にゾンビへ変化していく。
「な、なんで次々に落ちて来るの!?」
まだ火は高層階まで届いていない筈だ。
「違ぇ、落とされてんだ!」
「なっ!?」
「よもや、生け捕りにされた人々か!」
「ど、どういう事!?」
「人狩りの際、連中は生き残りを連れ帰るのでござるよ。あの串刺しは彼らの成れの果てと考えていたでござるが、どうやらそれは一部だけだった様子。恐らく、それ以外の用途に使われていた人々を突き落とし、ゾンビ化させて拙者達を包囲させる腹積もりなのでしょう!」
「なんて卑劣なの!? 人の心が無いとしか思えないわ!」
「ん、んんー! 拙者、これほど見事なブーメラン発言は聞いた事がないでござる!」
兎にも角にも、ここに居るのは不味い。ゾンビが増えれば身動きが取りづらくなるし、上に注意を払ってもいられなくなる。そうなると、突き落とされた人間と激突する危険性がある。
「一旦離れるわよ!」
「ああ? 尻尾巻いて逃げろってのかぁ?」
「違うわよ! この建物の構造上、裏側には火が届いていない筈だから、そろそろ避難する為に連中がそっちから飛び出して来る筈よ」
中野サンプラザは高いだけではなく、横にも広い。正面からいくら火炎瓶を投げ込んでも、奥まで燃え広がるにはかなりの時間が必要になる。中の連中もその事は分かっている筈だ。
「お、おお、皆殺しにする気かとハラハラしていたでござるが、ちゃんと逃げ道の事を考えていたのでござるな」
「出来れば皆殺しにしておきたかったけど、構造上ね……」
「み、皆殺しにする気だったのでござるか……」
「だって、下手に生かして逆恨みでもされて付け狙われたりしたら困るでしょ?」
「……は、はは、そ、そうでござるな」
そうこう話している内に裏側に辿り着いた。
ビンゴ。裏側の駐車場の方から男達が飛び出して来た。
「先手必勝!」
わたしは拳銃を取り出した。けれど、大輝の手が引き金を引こうとするわたしの手を押さえた。
「そろそろ、俺に暴れさせろ」
「……はーい」
わたしは大人しく拳銃を仕舞い込んだ。
「頑張ってね、ダーリン!」
「ッヘ!」
首を鳴らしながら、大輝は男達の下へ向かって行く。
「テ、テメェ、何者だ! あの放火魔の仲間か!?」
「ッハ! 三下は退いてろ! ボスはどいつだ?」
「だ、誰が三下だぁ!」
無謀にも大輝に突っ込んだ三下はあっさりと蹴り飛ばされて、近くの茂みで伸びてしまった。
「杉本!」
「このガキャァ!」
「巫山戯やがって!」
他の男達もイキり出した。そんな彼らの後ろから、一人の男が前に出る。
長いポールに包丁を巻き付けた手製の槍を持っている。
「テメェがボスか?」
「ああん?」
眉間に皺を刻みながら、男は槍の先を大輝に向けた。
「俺様の城を燃やしやがって! このドグサレがぁ! テメェ、ナニモンだ!」
「聞きてぇなら教えてやるぜ、俺の名を! 孤高の狼王! 竜河大輝だ、夜露死苦!」
「俺様は冴羽研二だ。テメェも串刺しにして城のオブジェにしてやんよ!」