第五話『あれはサンプラザ四天王の一人、スラッガー田辺!』
「オラァ! ハッハー! どんどん掛かって来いやぁ!」
大輝がゾンビ相手に無双している。だけど、そろそろ不味い。
ぶっ飛ばされたゾンビは肉塊状態になって動きが鈍くなるけど、消滅するわけではない。このままだと肉塊の壁に閉じ込められてしまう。
「ねぇ! ここ、アンタの城なんでしょ!? 突破口はないの!?」
「あ、あるにはあるでござるが、少し問題が……」
「なによ、問題って!」
「このゾンビの数は異常過ぎる。いくら入り口を開け放していたとしても、この状態は些かおかしい! 恐らく、これはサンプラザの攻撃でござる。あやつらめ、いよいよ我が城を攻め落とす気なのでござろう。そうなると、外に出るのはむしろ悪手かもしれぬ」
「な、なんなのよ、サンプラザって! 中野サンプラザの事!?」
「然様! 中野サンプラザを居城としている悪の軍団でござる。奴らは人を人と思わぬ。嘗ては同じ中野を愛しするオタク同士、意気投合した事もあったでござるが……」
しくじった。この豚は組織立って動いている連中と敵対しているわけだ。
このままでは巻き込まれてしまう。
「わ、わたし達は関係ないでしょ! アンタが囮になってよ。その間にわたし達は逃げるから」
「そうしたいのは山々でござるが、連中は見境がない。申し訳ないが、既にお主等は拙者とサンプラザの抗争に巻き込まれているでござる。外には包囲網が築かれている可能性が高い。突破するには作戦が必要でござる。無論! 拙者は囮役となるでござる。ただ、無策では逃げられぬ状況である事は御理解頂きたく候」
「なんで、そんなヤバい状況になってるの!? アンタはなにをしたのよ!?」
「連中への恭順を拒んだのでござる。現状、唯一の空白地帯となっている関東を制圧する為、サンプラザの首魁は配下を増やす為に躍起になっている。恭順を拒む者の存在はその覇道の障害になると考えているようなのでござるよ」
「い、意味が分からないんだけど……。関東を制圧? 覇道? そもそも、どうしてアンタは恭順を拒んだのよ」
「彼らの思想を受け入れる事が出来なかったのでござる。なにを悠長な事をと思われるかもしれませぬが、この遠野進ノ介! 死が蔓延りし、この新世界においても、最後の時まで人らしく生きたいのでござる……」
「どういう意味よ……? 人らしくって……」
「サンプラザの首魁は邪悪の権化! 自らの意に沿わぬ者はこうして追い立て、人間狩りの標的にする。恐らく、お主等は中野サンプラザをまだ見ていないのでしょうな。そこには狩られた人々の亡骸が磔にされ、晒し者にされているのでござる」
「に、人間狩り!?」
思った以上にヤバそうだ。
「でも、いつまでも閉じ籠もっているわけにはいかないでしょ! このままだとゾンビの肉体に押し潰されて身動きが取れなくなるわよ!?」
「そ、それはそうでござるが……」
「ドラァ! おい、進ノ介って言ったな!」
「だ、大輝殿!?」
大輝はゾンビを蹴り飛ばしながら進ノ介を見た。
「随分と面白そうな話じゃねぇか! テメェと、そのサンプラザって連中の喧嘩、俺も混ぜろ!」
「し、しかし、連中は恐ろしく悪辣にして、惨忍なる無頼の徒! お主等を拙者の戦いに巻き込むわけには!」
「さっき、もう巻き込まれたって言ってたじゃねぇか! だったら、トコトン楽しませろ! そのサンプラザの首魁ってのは、強ぇのか?」
「……え、ええ、とてつもなく」
「気に入ったぜ。出口に案内しろ、進ノ介! 俺が道を開いてやる!」
「だ、大輝殿……!」
なんか、どんどん話が進んでしまっている。
逃げるどころか、このままだとサンプラザに攻め込む事になりそうだ。
「ダ、ダーリン! あの……」
「さあ、喧嘩祭りの始まりだぜ! 遅れんなよ、幸音。特等席でド派手な花火を見せてやらぁ!」
ああ、ダメだ。大輝の瞳がギンギラギンに輝いている。
止めようものなら置いていかれる気配がビンビンだ。
「も、もちろんよ! ダーリン、かっこいい所をわたしに見せてちょうだい!」
「おうよ!」
こうなったら自棄だ。
「では、参りましょう! あの角を曲がった先に地下駐車場への出入り口がある。そこから外へ出るでござるよ!」
「了解だ、ドラァ!」
大輝は手近なゾンビの頭を掴み、辺りのゾンビ共をなぎ倒した。
「行くぞ!」
「ハッ!」
「う、うん!」
先頭の大輝が次々にゾンビをぶっ飛ばしていき、サイドから迫って来るゾンビは進ノ介が斬り捨てていく。どうやら、進ノ介は動けるデブらしい。わたしはゾンビ相手に出来る事がない。二人の立ち回りの邪魔にならない位置で身を守る事に専念した。
◆
地下駐車場から早稲田通りに飛び出すと、そこにもゾンビの群れがいた。
「危ない!」
いきなり、進ノ介がわたしの手を引いた。直後、わたしが立っていた場所に石が落ちて来た。
「石!?」
わたしは上を見た。そこに人影が見える。どうやら、石を投げてきたのは奴らしい。
「あれはサンプラザ四天王の一人、スラッガー田辺!」
「サンプラザ四天王!?」
巫山戯てんのかとキレたくなる。
「おうおう、遠野! 相変わらず、キメェ野郎だな! そいつらはテメェのお仲間か? ったく、何匹殺してやっても次から次に湧いてきやがる。ゴキブリかぁ? テメェ等!」
まるで、絵に描いたような三下の悪者がいる。
「……な、なに、あれ?」
「スラッガー田辺。サンプラザ四天王が一人でござる」
「真面目に聞いてるんだけど?」
「ま、真面目に答えているでござるよ! サンプラザ四天王とは人間狩りで高スコアを取った上位四名に与えられる称号なのでござる。奴は高校野球の投手。その強肩が繰り出す豪速球は回避が難しく、多くの仲間が……」
どうやら、冗談ではないらしい。進ノ介はメガネの奥で涙を滲ませている。
人間狩り。どうやら、本当の事らしい。
「……仕方ない」
スラッガー田辺。彼は遠距離タイプの敵だ。大輝と進ノ介が近距離タイプ。しかも、頭上を取られている。地の利は向こうにある状態。しかも、周囲には無数のゾンビがいる。奴が攻撃を始めたら、成す術無く狩られてしまう。
だから、わたしは虎の子を使う事にした。
「さあ、遠野! 今日こそはテメェの脳髄をぶち撒けさせてやるぜぇ!」
そう言って、身を乗り出しながら石を振り被るスラッガー田辺に向けて、わたしは引き金を引いた。
「え?」
それが彼の最後のセリフになった。
ゾンビには通用しないけれど、人間相手には一撃必殺。それが拳銃だ。
「…‥お、お主」
「テメェ……」
わたしは拳銃を仕舞い込んだ。
「前にお巡りさんから貰ったの。なに? あのまま一方的に石を投げられて死にたかったわけ?」
「……いえ、助かりました」
「ったく、楽しみが一つ減っちまったじゃねぇか」
拳銃の弾には限りがある。警察署に行けば補充が出来るかもしれないけれど、極力温存しておきたい。
「だったら、後は任せるわよ、大輝!」
「おう!」
そして、わたし達は風雲中野城を後にして、中野サンプラザへ向かった。