第四話『拙者、遠野進ノ介と申す者!』
中野ブロードウェイの中はかなり荒れていた。まるで、大きな争いでもあったかのようだ。
「……もしかして、内部でゾンビが発生したとか?」
だとすると、単独行動はまずい。はやく、大輝に追いつかないといけない。
「もう! どこに行ったのよ!?」
あんな豊満な我儘ボディの癖に、オタクくんは驚くほど俊敏だった。そのせいで追いつくどころか見失ってしまった。
ブロードウェイの内部は思ったよりも入り組んでいる。闇雲に探し回っていても埒が明かない。
かと言って、ゾンビが潜んでいるかもしれない空間で大声を出すのは悪手だ。
「……だったら」
むしろ、黙ろう。立ち止まって、何も音を発しない。ただ、耳を澄ませる。
瞼も閉じて、意識を聴覚に集中させた。
すると、遠くで声が聞こえた。
「こっち!」
声は下から聞こえて来た。近くのエスカレーターを駆け下りて、地下一階に向かう。
商店の商品だとか、段ボールだとかが散乱していて歩き難いけれど、なんとか声のする方向に向かって行くと、大きな通路に出た。
「大輝!」
通路のど真ん中にあの特攻服の背中が見えた。銀の毛皮の狼を見て、ホッとするわたしを尻目に彼はオタクくんと対峙している。
「お、おのれ! お主ら、サンプラザの斥候でござるな!?」
「ああ? なんの話をしてやがる! 俺達はただ休む為に寄っただけだ!」
「じゃ、じゃあ、どうして追い掛けてくるでござるか!?」
「テメェが逃げるからだ! なんか、怪しい気がして追い掛けちまったじゃねぇか!」
「こ、ここは拙者の城であるからして! 侵入者を警戒するのは当然の事でござろう!」
「ああ? 誰の城だってぇ?」
「拙者の城でござる! 拙者に無断で入り込む不埒者は成敗して……って、なぁぁぁぁぁぁ!?」
「ホアッ!? なんだ、急にテメェ、いきなりデケェ声を出すんじゃねぇぜ!」
「そ、それどころではござらん! そ、そこのオナゴもなーにをボケーっとしてるでござるか! うしろ! うしろを見るでござるよー!」
「え? オナゴって、わたし? うしろ……?」
いきなり話を振られて、わたしは戸惑いながら振り返った。
そこにはゾンビがいた。
「……は、はぁぁぁぁぁぁ!?」
「なにぃぃぃぃ!?」
既に目と鼻の先までゾンビが来ていた。わたしは慌てて二人の下へ駆け出し、大輝もわたしを守る為に地面を蹴った。
「お、お主ら、まさか、扉を閉めなかったでござるか!?」
「そ、そう言えば!」
「バカァァァァァァァァ!」
悔しい。だけど、その通り過ぎて反論出来ない。
「言ってる場合かぁ! ドラァ!」
間一髪、わたしに掴み掛かろうとしていたゾンビを大輝が殴り飛ばしてくれた。
「な、なんとぉ!? ゾンビがぶっ飛んだでござる!?」
「ハァ……、ハァ……、フン! あんなの、わたしのダーリンの敵じゃないわよ!」
「ダーリン!? リ、リアルで聞いたの初めてでござる……。え? 海外のお人?」
「違うわよ! とにかく、わたしを守りなさいよ! 男でしょ!」
「すごく、守る気を失わせるセリフ……! とは言え、拙者とて侍よ! オナゴは守るでござる!」
意味は分からないけど、都合がいい。この豚を肉壁にして身を守ろう。そして、隙あらば大輝に殺させよう。
「って、抜けて来たぁ!?」
一体のゾンビが大輝の下を離れて、わたし達の方に向かって来た。わたしは慌てて逃げ出そうとしたけれど、なんと反対側からもゾンビが来た。
「ま、まずい……!」
ここは地下だ。後ろから来たという事は他の階段やエスカレーターから降りて来たという事。
それはつまり、逃げ道を封鎖されているという事だ。
いくら大輝が強くても、このままではジリ貧になってしまう。
「オナゴ!」
「な、なによ!?」
「離れるでないぞ! 拙者、近接特化でござるが故に!」
そう言って、オタクくんは背中の巨大なリュックから刀を取り出した。
「に、日本刀!?」
「銘は『佐渡』! 骨董買取専門店で入手した、拙者の武器でござるよ!」
「そ、そんなのでゾンビを倒せるの!? 銃弾も効かないし、炎で焼いても動けるのよ!?」
「然り! ゾンビは不死身なり! しかし、映画やゲームなどの創作上のソレと比較して、奴らの再生能力は非常に低い! それが意味する事、即ち!」
オタクくんは腰を落とし、一気に迫りくるゾンビへ肉薄した。そして、その両足を両断してみせた。
「すごっ!?」
「凄くはござらん」
折角褒めてあげたのに、オタクくんは謙遜した事を言う。
「……わたしじゃ無理だもん」
「そ、それはオナゴ故やむなしでござる。しかし、本当に凄くはないのでござるよ。なにしろ、連中の肉はほぼほぼ腐っている。骨もかなり脆くなっている。名刀という程ではないが、この佐渡ならば両断するは容易い! 加え、見るでござる!」
「あっ!?」
オタクくんが指差した先、ゾンビは両足を再生させようと藻掻いていて、こっちに意識を向けていない。
「銃弾で蜂の巣にしたり、炎で燃やすだけでは動きを封じる事さえ敵わぬが、部位欠損ダメージを与えれば、ご覧の有り様でござるよ。それにしても…‥」
オタクくんはずれてしまった四角いメガネを掛け直して、大輝を見た。
「あの御仁、凄まじいでござる……、なっ!」
危ない。ついつい、オタクくんの予想だにしない活躍振りに意識を持っていかれていた。真後ろにゾンビが来ていたようだ。オタクくんはわたしの手を引くと、そのゾンビの肩を切り落とした。そして、そのまま滅多斬りにすると、両足を両断した。
「と、とにかく、ここではあの御仁から離れ過ぎている。合流しましょうぞ!」
「う、うん」
このオタク、豚の癖に頼りになる。これは殺さずに生かして利用した方がいいのかもしれない。いろいろと情報も持っているようだし、一旦、大輝の殺人童貞卒業の為の生贄にするのは保留にしよう。
「ねえ、あなたの名前は?」
「拙者、遠野進ノ介と申す者! して、あの御仁の名は!?」
「わたしは舞城……って、あっち!? りゅ、竜河大輝だけど……」
「おお、大輝殿! なんと、凄まじき益荒男か!」
「……あの、わたしの名前はいいの?」
「え? あっ、じゃあ、一応……」
一応と言った。この豚野郎、こんなに可愛いわたしを一応扱いしやがった。
「舞城幸音よ! 覚えておきなさい!」
「しょ、承知したでござる!」