第二十話『護國神社』
肩透かしなくらい、わたし達はアッサリと秋道茜の下へ通された。
彼女は青葉山の山頂にある護國神社の奥にいた。
「……お疲れ様です、進ノ介くん」
「遅くなり、誠に申し訳ございません」
秋道茜は着物を着ていた。恐らく、演出の為なのだろう。
彼女は政治家や軍人ではない。だから、統治者として、特別感をアピールする必要があったのだろう。護國神社に拠点を置き、着物を身に纏う事で手に入れた神秘性を彼女は統治に利用している。
ただ、護國神社を拠点にしている理由は神秘性を得る為だけではないと、ここまでの道中で華雅が話していた。
今は護國神社と呼ばれているけれど、以前は招魂社の一つに過ぎなかったらしい。招魂社は明治維新に端を発し、国の為に死んだ英霊達を慰める為に建てられた社だ。そこを一時は国が軍事拠点にしていた時代もあり、その頃に名を護國神社と改められたらしい。そういう背景もあり、ここは拠点として最適な立地だった。
「こちらの方が?」
「左様でございます! 名を、竜河大輝殿。中部を支配下に置く阿覇煉暴の総長、石田松陽を見事に打ち倒した御仁で御座います」
進ノ介の言動も相まって、まるで時代劇の舞台に迷い込んでしまったかのようだ。
「そちらの女の子は?」
「彼女は舞城幸音殿。奸計と策謀に長け、阿覇煉暴の構成員を手玉に取った女傑に御座います」
その紹介は如何なものかと問い詰めたくなるけど、ジロリと睨みつけるだけにしておく。
思ったよりも話がスムーズに進んでいるからだ。てっきり、一悶着くらいあるものだと考えていた。
どうやら、思っていた以上に進ノ介は東北で重要な地位に居たらしい。
こんなブタみたいな見てくれのオタクが大物女優や財閥の総裁と懇意になった経緯が気になる。
「実に頼もしいわ。二人共、遥々遠くまで来てくれて、ありがとう」
ニッコリと微笑む秋道はさすがは大女優だと思わせるだけの気品と美しさを放っている。
これが限界まで擦り切れている人間の有り様とは思えない。
「……部屋を用意するわ。今日はゆっくりと休んでちょうだいね」
怪しい。
進ノ介がわたし達に語り聞かせた話の内容と現状が噛み合っていない。
それなのに、話の流れがスムーズに進み過ぎている。
罠の可能性が頭を過ぎるけれど、わたし達に罠を張る理由が思い当たらない。
ここに来たのは天下統一の足掛かりとして、東北を手に入れる為だ。だけど、そもそもわたしと大輝は天下統一を目指していない。目指しているのはあくまでも進ノ介だ。その道の果てがわたしの夢にも繋がっていると感じたから付き合っているだけに過ぎない。
だけど、違和感は確かに存在している。とてもモヤモヤする。この新世界において、こういうモヤモヤは放置しておくと碌な事にならない。
「茜さん。それでは彼らの疑心を煽ってしまいますよ」
「え?」
華雅の進言に、茜はキョトンとした表情を浮かべた。
「彼らは権謀術数が渦巻く新世界を生き抜いてきたのです。優しさだとか、心遣いだとか、そういうものをも武器とする。それが世界の新常識なのです」
不可解なやり取りだ。仮にも一大勢力のトップがその程度の事を認識出来ていない筈がない。
「……なんで、いきなり茶番を?」
「茶番ではござらんよ、幸音殿」
わたしが首を傾げると、進ノ介が言った。
「たしかに奇妙に映るかもしれませぬが……」
「……わたし、あんた達に大分不信感を抱いているわ。あんまり勿体ぶられると、敵と認識しちゃうわよ?」
「関東とは状況が違うのでござるよ!」
進ノ介は声を張り上げた。その声量に、茜と華雅も凍りついている。
「幸音殿。関東とそれ以外では状況が全く異なるのでござるよ。なにしろ、関東には隕石が落ちていないでござるからな」
「……で?」
「つまり、関東の人間には余裕があったのでござる。それ故に危機的状況であるという認識が甘く、ゾンビという人類共通の脅威を目の当たりにしながらも団結が出来なかった。何故、関東が空白地帯になっているのか? 一番の理由は関東の人間に団結の意思が無かったからでござるよ!」
「他の地方は違ったわけ?」
「少なくとも、東北にそんな余裕は無かったでござる。団結しなければ絶滅だと、誰もが理解させられていた。けれど……いや、だからこそ、象徴となる存在が重要となり、茜殿は皆をまとめ上げる事に専念せざるを得ず、東北から動く事も出来なかったのでござる」
「……阿覇煉暴と睨み合っていたって話は?」
「直接睨み合っていたのは外交官同士でござるよ。しかし、外交官同士のにらみ合いは国同士のにらみ合い、引いてはリーダー同士のにらみ合いでござる。そういう意味での言でござるよ」
「要するに箱入り娘って事ね」
そう考えると、茜のズレた対応や華雅との茶番染みたやり取りにも納得がいく。
「けど、聞いてると大分民衆から依存されてるみたいじゃないの。リーダーの交代なんて、誰も納得しないんじゃない?」
「納得させるのでござる」
「どうやって?」
「戦争でござるよ」
「……は?」
博愛主義の進ノ介の言葉とは思えない物騒なワードが飛び出してきた。
「阿覇煉暴は間を置かずに東北へ攻め込んでくる筈でござる」
「なんでよ? 大輝がリーダーを潰したばっかりじゃない」
「だからこそでござるよ」
進ノ介は悪そうな顔で言った。
「中部地方は阿覇煉暴が支配しているでござるが、その支配に至るまでの過程は血と暴力に塗れていたでござる。茜殿がカリスマ性と優しさで治めた東北とは違う。阿覇煉暴は力を有しているからこそ、中部の支配権を得られている。その力が失われたと知れば、民衆は彼らに反旗を翻すでござろう。だからこそ、力が健在である事を示す必要に駆られ、彼らは疲弊した状況であろうと、東北に攻め込むしか選択肢がないのでござる」
「別に東北に来る必要なくない? 中部なら近畿の方が違いでしょ」
「近畿地方は龍泉会が治めているのでござる」
「なにそれ?」
「西日本の裏社会を支配していた広域指定暴力団。要するに極道でござるよ」
「阿覇煉暴のお仲間って事?」
「まったく違うでござる。阿覇煉暴はあくまでも半グレの集団。極道とは純黒。危険度で言えば、龍泉会の方が遥かに上なのでござる」
「つまり、極道が怖いからこっちに来るって事?」
「端的に言えばそうなるでござる」
なんとも情けない話だ。
「隣り合ってるんだし、阿覇煉暴が東北に攻め込んでいる間に龍泉会が中部を支配しちゃうんじゃないの?」
「いずれはそうするつもりなのでしょうが、龍泉会にとって、阿覇煉暴は取るに足らない存在。言ってみれば、いつでも手に入る土地なのでござる。だからこそ、彼らは四国や中国に手を伸ばしているのでござる。阿覇煉暴が向かっていかない限り、後回しにするでしょう」
「……なるほどね。とりあえず、状況は分かったわ」
わたしは進ノ介を睨んだ。
「その為にわたし達を六本木に誘導したわけね、豚野郎」
「……それについては、ごめん」
ござる口調で謝って来たら一発殴ってやる所だった。