第十八話『かの英雄、伊達政宗縁の地。そこに秋道殿の拠点があるでござる』
半日走り続けて、ようやく仙台市に辿り着いた。
「検問みたいなものは無いのね」
「検問を張るとなれば、24時間見張らなければならない上に少人数で行動する事になるでござるからな。交代制にするとしても、夜の警備はあまりにも危険過ぎる。よほど統率の取れた集団でなければ取れない策でござるよ」
「でも、仙台よ? 東北を支配してるんでしょ? なのに、山形も素通り出来ちゃったし……」
「統率が取れていないのでござるよ」
「え?」
「仙台市は秋道茜の生まれ故郷。そして、隕石の落下地点の一つでもあるでござる」
そう言えば、そうだった。正確に言えば、仙台北部の街に隕石の一つが落下してきた。
「当時、この辺りは大混乱でござった。そんな時、芸能人であった秋道殿が声を上げたのでござるよ。『落ち着いて避難しましょう!』、『みんなで耐えましょう』、『力を合わせましょう』と」
大女優のカリスマ性は伊達じゃなかったようだ。大混乱の中でも、著名人である彼女の言葉には耳を傾けようとする人間が多かったという。とは言え、災害時の指示出しなどした事が無かったのだろう。誤った指示を出してしまう事もあり、それを糾弾される場面も多々あったらしい。
「それでも、秋道殿は声を張り続けておられた。代わりがいなかったからでござる」
「政治家とかは何をしていたの?」
「ほとんどの者が家族と共に避難してしまったでござるよ。隕石の落下という未曾有の大災害に加えて、前代未聞のパンデミック。政治家とて人の子でござるからな。そのような状況下で職務を優先出来ずとも、責める事は出来ませぬ」
政治家が逃げ出した街。恐らくは阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた事だろう。
その状況を鎮めたのが大女優の秋道茜だったわけだ。
「……なるほど、砂上の楼閣だったわけね」
「端的に言えば……。いつ破裂してもおかしくない水風船を秋道殿が必死に守ろうとしているのが現状。しかし、大女優としてのカリスマ性だけでは保たせられなくなって来ているのでござるよ」
「その状況で石田とやり合ってたのか?」
大輝が口を開いた。石田と言えば、彼が六本木で戦った愚連隊の総長だ。
「然様。と言っても、秋道殿は専守防衛の構えでござった」
「検問も張れない状態で、よく守れたわね」
「関東が緩衝地帯としての役割を果たしていたのでござるよ。中部に拠点を持つ阿覇煉暴が東北を攻める為には関東を超えねばならない。単純に距離が離れている上、関東は唯一の空白地帯を支配しようと企む魑魅魍魎が跳梁跋扈している現代の伏魔殿。故に、送り込めても少数が精々のもの。そして、少数ならば秋道殿直轄の配下を結集する事で退ける事が出来ていたのでござるよ」
「だから、石田は関東を掌握しようとしていたって事か」
「恐らくは」
「関東という緩衝地帯が無くなれば、いよいよ阿覇煉暴は東北に殴り込みを掛けていた筈でござる」
「……だから、わたし達を六本木に向かうよう誘導したわけね」
車内に沈黙が広がった。それまで饒舌だった進ノ介が押し黙ったからだ。
「別に責めてないわよ? ただ、合点がいっただけ」
わたし達が六本木に辿り着いたタイミングで、丁度阿覇煉暴も六本木に来ていた。
偶然の可能性も考えたけれど、進ノ介が敢えて誘導したと考える方が納得がいく。
東北の現状に精通し過ぎている点も踏まえると、彼のルーツが徐々に見えて来た。
「アンタ、東北出身ね。秋道って奴の配下なんでしょ?」
「……うん」
進ノ介は観念したように頷いた。
「工作員って奴?」
「そこまで上等なものではござらんよ」
彼はため息を零して言った。
「拙者達は探していたでござるよ。秋道殿の代わりになれる御仁を……」
この男の事だから、裏切りだとか、切り捨てだとかでは無いだろう。
「……秋道殿はもう限界なのでござるよ。彼女は軍人でも無ければ、政治家でもない。それなのに、その双肩には万を超える人間の命がのしかかっている。そもそも、最初から覚悟をもって皆をまとめ上げたわけでは無いのでござるよ。ただ、混乱を鎮める為に彼女は声を上げてくれただけでござった。されど、東北の民にとって、彼女は唯一の拠り所になってしまった」
「放りだして逃げるわけにはいかないの?」
「そう提言する者もいたでござる。かく言う拙者も……」
弱り切った表情で彼は呟いた。
「けれど、彼女は逃げない。『わたしが逃げたら、みんなが死んじゃう』と……」
事実だろう。一人の人間に頼り切っている集団は、その一人を失った瞬間に瓦解する。
「……見上げた根性だけど、壊れちゃったら結果は同じじゃない」
「然様。だからこそ、大輝殿は拙者にとっての希望なのでござる」
瞳を輝かせながら、実に勝手な事を言っている。
「全部、大輝に押し付ける気?」
「……事態が収拾するまでは」
自覚はしているようだ。
「どの道、今のままでは全人類が遠からず滅びてしまうでござるよ。食料の生産が完全にストップしているわけでござるからな。飲料だって、底を尽きる。秋道殿を救う為でもあるでござるが、なによりも人類の未来を得る為に、天下統一は急務でござる」
「……実際、残された時間って、どのくらいだと思ってるの?」
「もって、数ヶ月でござるな。それも希望的観測でござる。発電所が機能停止状態にある現場、常温保存の物以外はすでに全滅しているでござるし、缶詰のような保存食以外も徐々に腐り始めている。これより先、食料の奪い合いも激化していく事は想像に難くない。餓死者も遠からず溢れ返るでござろう」
「天下統一なんて、数ヶ月以内に出来ると思ってるの……?」
「出来るかどうかは問題ではござらんよ。やらなければ日本が滅ぶ」
今まで、目の前の事に対処する事でいっぱいいっぱいになっていたから、そこまで状況が切羽詰まっている事に気付いていなかった。
「……それで、女帝は仙台市のどこにいるの?」
「青葉城跡地でござる。かの英雄、伊達政宗縁の地。そこに秋道殿の拠点があるでござる」
「了解」
わたしは青葉城跡地に向けてハンドルを切った。