第十七話『……全人類が感染済みね』
都心を抜けてから、ようやく高速道路に乗る事が出来た。所々に事故車が転がっているけれど、合間を縫えばすいすい進む事が出来る。時々、完全に塞がっている所もあったけれど、そういう時は車を乗り換えた。
「幸音殿はマニュアル車も運転出来るのでござるな」
「まあね」
そもそも、旧時代に乗り回していたのもマニュアルタイプだ。
「……思ったんだがよぉ」
急に大輝が口を開いた。喧嘩以外だと必要な事以外、彼は滅多に喋らない。だから、わたしと進ノ介は飛び上がりそうになった。
「ど、どうしたの?」
「何事でござるか!?」
「リアクションでけぇな……」
大輝はフーっと息を吐くと、おもむろに言った。
「幸音。テメェの家、農家か?」
わたしはうっかりハンドル操作を誤った。
「ノォォォォ!? 車が大回転!? バナナを踏んだカートみたいに!?」
同時にサイドブレーキも踏んでしまったせいで車がグルングルン回転してしまった。
四車線で道幅が広く、事故車も少ないエリアでなければわたし達の冒険はここで終わっていた。
「の、の、農家!? な、な、何の事かしら!? わたし、生まれも育ちも都会のバキバキのパリピガールなんですけどぉ!?」
「……せ、拙者、ここまで見事に図星を突かれて焦る人間は初めて見たでござる」
「図星って何よ!? 突かれてませんけどぉ!? 意味分からないんですけどぉ!?」
「焦り過ぎだろ……。別に、だからどうだって話じゃねぇ」
「……わたし、都会っ子だもん」
「べ、別に農家出身でも良いではござらんか。あっ、そっか! 御実家で乗り回していたから運転が達者なのでござるな! トラクターとか!」
「トラクター言うなぁぁぁぁ!」
歌を歌ってる暇があるなら農作業を手伝えとか言われた過去などない。
畑仕事のせいで腹筋が割れかけた事などない。
ホッカムリ姿をクラスの男子に笑われた事などない。
わたしは都会生まれの都会育ち。みんなにチヤホヤされながら育った、生まれながらのアイドルなんだ。
「な、何か御実家であったのでござるか?」
「……別に」
この道の先にはわたしの過去がある。だけど、立ち寄る気なんてない。
どうせ、今頃はゾンビになって、自分達の畑を荒らし回っている事だろう。
いい気味だ。わたしの夢を嘲笑った連中には似合いの末路だ。
「そんな事より、今後の事よ! 進ノ介、仙台についたら具体的にどうする気なの?」
「……まずは天下統一の足掛かりを得るでござるよ。東北の女帝・秋道茜から東北の支配権を奪い取るでござる」
「平和主義者のアンタの発言とは思えないくらい過激な意見ね」
「平和の為でござるよ」
「ふーん」
秋道茜。その名前を聞いた事がない日本人はそうそう居ない筈だ。
旧世界において、彼女はいくつものドラマや映画に出演していた大女優だった。
わたしも幼少期から彼女が出演しているドラマをいくつも見てきた。
そんな彼女が今では東北の女帝と呼ばれている。そして、わたし達は彼女を帝王の座から引きずり下ろそうと目論んでいるわけだ。
人生、何があるか分からないものだ。
「なんでもいいけどよぉ。俺の喧嘩相手はいるんだろうなぁ?」
「それはもう、わんさかと」
「なら、いい」
大輝は満足そうに微笑んだ。
◆
郡山を通り過ぎ、いよいよ仙台が近づいて来ている。
途中で幾度かゾンビと遭遇したけれど、車でぶっ飛ばした。
ゾンビは人を襲う。だから、人気のない高速道路には留まらず、大抵は住宅街へ降りて行っている。それでも居残っているゾンビが少数いたのは少し不思議だ。
「ゾンビにも個人差って、あるのかな?」
「あるいは、拙者達の認識が誤っている可能性もあるでござるよ。拙者達が知っているゾンビの生態はテレビが生きていた頃に知らされたものばかり。最初から間違っていた。もしくは、変化や進化を遂げている可能性もあるでござる。生憎と調査出来るような余裕は無かったでござるが、東北を傘下に治めた暁には、ゾンビ化現象の真相も探り始めねばなりませんな」
「調査って言っても、隕石に纏わりついていた謎のウイルスが原因なんでしょ? 死体に取り付いて動かすってさ」
「テレビではそう言っていたでござるが、あまりにも不可解な点が多過ぎるのでござるよ」
「不可解な点?」
「ゾンビ化自体はそれなりに納得もいくでござる。元々、自然界には宿主をゾンビ化させる寄生虫が存在していたでござるからな。死体を動かすというよりも、脳を操るという形なので、正確には少々差異があるでござるが……」
「え? そんなのいるの!?」
「有名どころで言うと、ハリガネムシなどもそうした傾向を持ち合わせているでござるよ」
「ハリガネムシって、カマキリのお腹を水に浸けてると出て来るやつ?」
「おお、さすがは農家出身! その通りでござるよ!」
「農家出身じゃないもん!」
都会の子だって、カマキリを見つけたらお腹を水に浸す筈だ。
「で? 妙な点ってのは何なんだ?」
脱線しかけている事を見越してか、大輝が口を挟んで来た。
「端的に言えば、死体になるまで待っている点でござるよ」
「……どういう意味?」
「中野サンプラザでの戦いの時もでござるが、人間をゾンビ化させてぶつける戦法が成り立つ程、生者が死者になってからゾンビ化するまでのタイムラグが短いのでござる。つまり、死体が生まれてからウイルスがやって来て感染するのではなく、全人類がすでにゾンビ化ウイルスに感染していると考える方が自然でござろう。しかし、それならば死体になるまで潜伏している理由が分から ないんだ。死体の状態の方が都合が良いのなら、宿主が死ぬような毒素を出すなり、人体になんらかの影響を齎す筈なんだけど、かなり劣悪な環境にいた筈なのに、僕は風邪も引いてない。むしろ、隕石落下前よりも健康体になっている気さえするんだ……」
「……全人類が感染済みね」
サラッと怖い事を言う進ノ介を横目で睨みつつ、わたしは彼の話を噛み砕いてみた。
そして、思った事を口にした。
「生かしたいんじゃないの?」
「え?」
「死体の状態の方が都合が良いんじゃなくて、逆なんだと思うわよ? ゾンビ化はむしろ、死体を生かそうとした結果なんじゃない?」
「……初めはそう思ったんだけど」
わたしの名推理に対して、進ノ介の反応は鈍かった。
もっと、さすが幸音殿! と褒めちぎられると思っていたのに肩透かしだ。
「違うって事?」
「……ええ、その」
歯切れが悪い。すごく、イライラする態度だ。
「気になるじゃないの! 言いたい事があるなら言いなさいよ!」
「……えっとね。人間同士の衝突がいくらなんでも多過ぎると思うんだ」
「は? また、アンタの持論の話?」
「そうじゃないよ。事実としてさ。まだ隕石が落下してから半年程度だよ? なのに、いくらなんでも人を殺す事に躊躇がない人間が多過ぎない? ここ、日本だよ!? それに、この危機的状況下で手を取り合うどころか、戦争を仕掛ける陣営がいくつもある。あまりにも攻撃的な人が多過ぎる!」
「……そういう人間しか生き残ってないだけでしょ」
「僕は……、拙者はそうは思わぬ!」
「だったら、なんだってのよ?」
「ウイルスでござるよ」
「ウイルスが人間を攻撃的にしてるって事?」
「然様! むしろ、宿主をゾンビ化させる他のウイルスや細菌、虫などの生態を考えれば、生体の思考を誘導して操る方がらしいと言えるでござるよ。しかし、そうなるとやはり、ウイルスは宿主を殺そうとしているとしか思えないでござる。だが、それにしては迂遠過ぎる。操るにしても、自害する方向に誘導する方が都合がいい筈でござるよ。思考を誘導出来るならば、そうする事も可能である筈」
「なんかチグハグって事?」
「そうでござる」
「って言っても、隕石由来なんだし、ウイルスにしても、人間に取り憑くのは初めてな筈でしょ? いきなり最適な行動は取れないってだけじゃない?」
「そこでござる!」
「声デカ過ぎ!」
「す、すまないでござる……。えっとでござるな。ゾンビ化ウイルスは地球外のもの。その全貌を解き明かさねば、死なずとも人外の化け物に変えられてしまう可能性もあるでござる。単純に『死体をゾンビ化させるウイルス』と捉えて思考停止していては、この乱世を治められたとしても先がない。拙者は人でいたい。その為にゾンビ化現象の……、ウイルスの研究は必須でござる」
進ノ介の熱弁を聞きながら、わたしは彼に対する評価を改めた。
思った以上に先々の事を見据えている。天下統一とか、夢見がちな事を言っていると内心ではバカにしていたのだけど、それが目標ではなく、手段となると話が変わってくる。
彼は夢を語っているのではない。現実を語っている。
「……研究って言ってるけど、具体的にどうする気?」
「まずは科学者の保護でござるな。ウイルス研究が堪能な方がすべてゾンビ化してしまってはまずいでござる。この状況下で一から勉強して研究するなど、あまり現実的ではござらんからな。次いで研究が出来る施設の確保。これについても、あまりグズグズはしていられないでござる。すでに半年が経過している以上、建物の老朽化以前に薬品類や機材がまずい。メンテナンスが出来るエンジニアも確保しておきたい所でござる。その為にも、一刻も早く陣を構えなければ!」
「なら、まずは東北の女帝を倒して東北をゲット。それから東北在住の研究者をかき集めて、同時並行で研究施設の確保。それから他の陣営に手を伸ばしていくって形?」
「然様! まあ、拙者が思いつく程度の事ならば、他にも思いつき、実行している有力者がいる筈でござるから、希望はあるでござるよ」
「だといいけどね」