第十六話『拙者が幸音殿のプロデューサーになり、アイドルになれるようプロデュースするでござるよ!』
「さて、どこに行くでござるか?」
助手席で地図を広げながら進ノ介が言った。
「どこって言われてもねぇ……」
装備と物資は潤沢にある。当面の間は一人でも生きていけそうだ。そこそこ戦闘をこなせる進ノ介と最強無敵の大輝がいる以上、何処であろうと安心安全な生活を送れそうだ。
「ちょっと都心から離れる?」
ゾンビが対して脅威になっていなくとも、居ないことに越した事はない。
人口密集地帯である都心を離れれば、より安全を確保する事が出来る。
「その後はどうするでござるか?」
「その後?」
「装備と物資を使い潰して、その後の展望はあるでござるか?」
「……なによ、刺々しい言い方して! 感じ悪いわよ!?」
車から叩き落としてやろうかと幸恵が考えていると、進ノ介は深々とため息を零した。
「なによ?」
幸音がギロリと睨みつけると、進ノ介は言った。
「アイドルになるんじゃなかったの?」
「なるわよ!」
「なら、どうやってなるかは考えてるの?」
「それは……、ど、どっかで野良ライブしたりして、ファンを集めて……」
「何処で野良ライブなんてする気なんだよ……。ゾンビが集まって来て、ファンになってくれる人も逃げ出しちゃうよ!」
「わ、わたしの歌で引き止めるわよ!」
「引き止めたらゾンビに殺されるよ!」
わたしは頬を膨らませた。さっきから何なんだ。正論の刃で滅多刺しにして来て、すごく感じ悪い。
「……幸音殿。拙者、幸音殿の夢は素晴らしいものだと思っているでござるよ」
「な、何なのよ、さっきから……?」
「なればこそ、真剣に考えるべきでござるよ。どうやって、アイドルになるのかを」
「だ、だから、考えてはいるんだってば!」
「甘過ぎる!」
また正論の刃を振り翳す気だ。このモラハラ豚!
「アイドルになりたいならライブの開催は必須! そのライブを開催するには大声で歌っても大丈夫なな場所を確保して、たくさんのゾンビになっていない人を集めて、歌を聞いてもらえるだけの信頼を築く事が必要なのでござる!」
思った以上に具体的な事を言い出した。
「幸音殿。アイドルにはプロデューサーが必要でござる」
「プ、プロデューサー……?」
「然様! 拙者が幸音殿のプロデューサーになり、アイドルになれるようプロデュースするでござるよ!」
「な、なんで、アンタにプロデュースされなくちゃいけないのよ!」
「自己プロデュースで本気でアイドルになれると思っているのでござるか!? 今のままじゃ、殺人鬼や拷問官、戦争屋にはなれても、アイドルには絶対になれんでござるよ!?」
「そ、そんな事……、な、ないもん……」
なんて酷い事を言うんだろう。人の心が無いとしか思えない。わたしの瞳には涙が滲んだ。
「大輝殿もそう思うでござろう!?」
「あ?」
「幸音殿が今のままでアイドルになれると思うでござるか!?」
「……あーっと」
大輝は幸音をチラリと見た。涙目になっている。
ついつい優しい言葉を選びたくなるが、嘘を付くのは性分に反する。大輝は瞼を閉じて言った。
「難しいだろうな」
「そ、そんな!?」
「俺もアイドルに詳しいわけじゃねぇけどよ。アイドルってのは歌って踊るのが仕事だろ。俺はお前が歌って踊ってる姿をほとんど見てねぇ」
「……だって、そんな余裕無かったじゃん」
「そうでござる! それが問題なのでござるよ!」
進ノ介が言った。
「幸音殿が歌って踊れる余裕や場所を作る! それが拙者のプロデュースでござる!」
「なんで、アンタがそんな事をするのよ……」
「幸音ちゃんをアイドルにしたいからだよ」
真剣な表情で彼は言った。
「下心が無いとは言わないよ。こんな世の中なんだ。人間同士が争っている場合じゃない! なのに、人間同士で殺し合って、ただでさえ減ってる人口が更に減ってしまっている。止めなきゃいけないんだ! だけど、僕に出来る事は限られてる。だから、せめて、目の前の殺人は止めたいんだ! 君に人を殺して欲しくないんだよ! それがやりたくない事なら尚更だ! アイドルになりたいんだろ!? だったら、そっちを優先するべきだ! 生き残るだけなら、僕と大輝殿で全力で守るから!」
人を殺して欲しくない。
進ノ介はいつもそう言っていた。
倫理観が失われた新世界で、尚も倫理観を持って生きようとしている。
それは早死する人間の思考だと思っていた。この男の戯言に耳を貸していたら、こっちまで巻き込まれて死んでしまうと考えていた。
だけど、彼の言葉にも一理あるかもしれないと思ってしまった。
アイドルになりたい。だけど、なる為の道程を全く考えられていなかった。
「……わたしがやりたい事は」
生きる事はアイドルになる為の手段だ。だけど、いつの間にか生きる事が目的になっていた。
その事に今の今まで気づく事が出来なかったのは、それだけ余裕が無かったからだろう。
だけど、気づく事が出来た。気づかせてもらえた。
「進ノ介」
わたしは車のスピードを緩めながら進ノ介に顔を向けた。
「アイドルにしてくれるの? わたしを」
「するでござる。きっと、それが天下泰平にも繋がると思うでござるが故に」
「て、天下泰平……?」
また妙な事を言い出した。
「それが拙者のやりたい事なのでござるよ。そして、幸音殿をアイドルにする事は拙者のやりたい事に繋がるものでござる。その為に、大輝殿!」
「……なんだ?」
「天下を取って頂きたい!」
「……俺はケンカがしてぇだけだ」
「それで結構でござるよ。大輝殿が喧嘩相手に困らぬように、そして、気持ちよく喧嘩が出来るように、拙者が大輝殿もプロデュースするでござる!」
「ケンカ相手に困らねぇか……、悪くねぇな」
「かたじけない! ならば、行く先も決まったでござる!」
「どこよ?」
「東北の女帝が住まう地、宮城県の仙台市でござる!」
「……めっちゃくちゃ遠いじゃないのよ」
運転出来ないくせに簡単に言ってくれる。
わたしはやれやれと肩を竦めながら車を走らせた。