第十三話『必ずや大輝殿を天下人とし、世界を元に戻して見せるでござる!』
起爆した瞬間に爆薬を仕掛けていた車が爆散した。
「……ッチ」
石田は即座にビルの屋上から裏手に待機させておいた車へロープを伝って降りた。
起爆装置を起動してから爆弾が起爆するまでにはタイムラグが発生する。そのラグが無かった。
爆弾に気付かれ、先に銃で爆破されたという事だ。
「来たか」
横道から敵が飛び出して来た。女だ。銃を構えている。
石田は体を伏せながらアクセルを踏み込んだ。このまま轢き殺す為だ。けれど、衝撃音は正面ではなく、頭上から聞こえて来た。
「囮か!?」
あの女は石田を伏せさせ、視界を失わせる為の囮。本命は建物の二階からタイミングを見計らって落ちて来た。
急いで振り落とさなければいけない。石田はハンドルを左右に切りながら手探りで銃を取り出した。けれど、天井に向けて発砲するわけにはいかない。銃撃に対処する為、石田は防弾性能を備えた車を愛用していた。その天井はとても硬く、下手に撃てば跳弾の危険性もある。
かくなる上はと石田は速度を最高速まで上げ、直後に急ブレーキを掛けた。すると、上から重い物体が弾き飛ばされた。
「なに!?」
それは人間ではなかった。大きい瓦礫の塊だ。
「しまっ!?」
上から来た衝撃。それもまたブラフだったわけだ。
その事に石田が気付いた時、銃声が鳴り響いた。
「いかん!」
石田は慌てて車の外に飛び出した。
連中はヒルズで自衛隊の装備を手に入れている可能性がある。そうなると、車ごと爆殺されかねない。
飛び出すと同時に銃を後方に構える。けれど、誰もいない。
しくじった。これはデザインされた戦術だ。
「だが、ここは俺のテリトリーだ」
元々、逃走経路として用意していたルート。周囲の建造物には手下を忍ばせてある。
瓦礫を振り落とす為にスピードを出したおかげで発進地点からは大分離れている。徒歩で隠れ潜みながら移動して来るならば逃走は容易い。慌てて追ってくるならば建物内から手下が蜂の巣にする。
いずれにしても、捕捉出来た時点で勝利は揺るがない。
石田は笑みを浮かべ、改めて逃走ルートを走り始めた。すると、後方からエンジン音が聞こえて来た。
「なにっ!?」
バイクだ。一人の男がバイクに乗って迫って来る。あのバイクは手下に使わせていたものだ。
鍵は必ず抜くように命じていた。
「奪ったのか!」
恐らく、敵は手下を忍ばせていた事にも気付き、その手下が移動に使用した手段を目当てに襲い掛かったのだろう。
「……見事だ」
ここまで読み切られたのでは褒めるしかない。手下共が男を銃で狙うが、高速で移動するものを撃ち抜く技術など持っていない。ことごとく的を外している。
「だが、俺は外さんぞ」
両手で銃を握り、足は肩幅まで広げる。銃弾の速度は音速を超える以上、しっかりと狙えば当たる。
その瞬間、銃弾が石田の足元を弾いた。
「なっ!?」
狙いが定まったタイミングを見計らっての射撃。咄嗟に射手の居所を探ってしまった。
それこそが狙いなのだと分かっていながらの失態に石田は表情を歪めた。
認めるしかない。策士として、向こう側には己を超える存在がいると。
そして、男は石田の前でバイクを止めた。
「……貴様は」
石田はその男を知っていた。
嘗て、敬愛する蘭堂を倒し、阿覇煉暴を壊滅一歩手前にまで追いやった伝説の不良がそこにいた。
「なるほど、貴様も天下を取りに来たか」
「……とりあえず、喧嘩しようや」
あの時と同じセリフだ。
蘭堂と共に対面した時の言葉を奴はそのまま口にした。
◆
大輝が敵のトップと接敵した。
まさか、阿覇煉暴の総長が直々に仕掛けてくるとは思っていなかったからビックリだ。
「よし、後はゾンビになって仲間を襲って来なさい」
「や、やめ……、冗談だろ!?」
わたしは聞きたい事をしっかり教えてくれた不良少年の眼球をナイフで突き潰して、窓から地面に突き落とした。後はこれを繰り返してパニック状態を引き起こさせるだけだ。
彼らは世界再編前から苦楽を共にして来た仲間同士。ゾンビになったからと言って、すぐに切り替える事が出来る人ばかりじゃない。
進ノ介にも目立つように動いてもらっている。敵の目が彼と大輝に向いている間に出来る限りの敵をゾンビに変えていく。
彼らは不良と言えども人を殺す経験が少ない。加えて、本来は襲う側にあるという認識がわたしの不意打ちに対する反応を遅らせている。おかげで次々にゾンビを量産する事が出来た。
連中から色々と欲しかった装備も手に入り、収穫は上々だ。
「進ノ介は死んでも良いし、ダーリンは大丈夫な筈」
そろそろわたしの存在にも気付かれている頃だ。包囲網を築かれる前に一度身を隠そう。
◆
「恐らく、幸音殿は拙者が死んでもいいと思っているでござるな……」
進ノ介は敵に追われながらため息を零した。
意図して殺そうとしているわけではない点だけが救いだ。
「……けど、まだ死ねない」
死んでいった仲間達と誓い合った。
いつか、またみんなで自由気ままに遊べる世界を取り戻そうと。
懐に入れてあるカードゲームのデッキに手を当て、誓いを新たにする。
道は開かれている。天下人になり得る存在と巡り会えた。危ういという言葉では片付けられないものの、稀代の策謀家もいる。
「拙者に何が出来るかは分かりませぬが、必ずや大輝殿を天下人とし、世界を元に戻して見せるでござる!」