第十二話『爆破はさせない! わたしが先に爆破する!』
元関東最大の愚連隊・阿覇煉暴の総長、石田松陽は拘束した自衛隊の首を斬り落としていた。
敵は一人残らず殲滅する。それが彼のモットーだ。
ゾンビになった後も身動きが取れないように首と四肢を切り落とし、彼は血と脂に塗れた愛刀を死者の服で拭った。
「総長! ヒルズで待機していた連中とも連絡が取れなくなりました!」
「そうか」
敵が現れた。
報告によれば、SUVに十数人が轢き殺され、ゾンビ化して仲間を襲い始めたらしい。
ヒルズ内では人質が数人射殺され、ゾンビとなって暴れ始めたという。
「ヒルズに仕掛けておいた爆弾を起爆しろ」
「え? で、ですが、総長! まだ、ヒルズには仲間が!」
「敵の仲間を殺してゾンビに変え、同士討ちをさせる。最初に俺達が自衛隊を襲撃した時にやった事とまったく同じ手法だ。にも関わらず、まんまとしてやられるような連中はいらん。さっさと起爆しろ」
「ですが!」
尚も口答えしようとした手下を石田は斬殺した。
「余計な手間を掛けさせるな」
舌を打ち、彼は無線で手下に命令を下した。
「命令だ。ヒルズを今直ぐに爆破しろ」
直後、地面が大きく揺れ動いた。本来は自衛隊がヒルズを取り戻しに特攻を仕掛けて来た時の為の仕掛けだ。一階と二階に仕掛けた爆弾はヒルズの主たる柱に亀裂を走らせ、三階から上のフロアが自重で落ちてくるようにしてある。
爆心地に居たならその場で爆殺出来るし、運良く爆死から逃れたとしても爆破の音と衝撃で混乱している内に上階が落ちて来て圧殺出来る。ヒルズに人質を纏めておいたのも、その為だ。
けれど、惜しくはない。
「俺と同じ策を考案し、実行に移せる者を生かしておくわけにはいかない」
常人では思いつかず、思いついても普通はやらない。そういう策こそが最も効果的だ。
だからこそ、石田はやる。そして、やるからこそ、やられた時の厄介さを理解している。
「……総員に告ぐ」
石田は再び無線機を口元に近付けた。
「総員、ヒルズから逃げ延びた者は発見次第、殺害せよ! 自衛隊の装備を着ている者以外も例外なく、すべてを!」
慢心はしない。ヒルズの爆破すらも読まれている可能性を視野に入れ、確実に消し去る。
「天下を取るのは阿覇煉暴だ。誰にも邪魔はさせんぞ」
石田は自らもヒルズへ向けて駆け出した。
ヒルズを爆破した際に逃走経路となり得るルートをいくつか想定してある。だが、手下の数にも限りがあり、すべてのルートを封鎖する事は出来なかった。だが、だからこそ、逃げ延びたのならばそのルートを使う筈だ。
果たして、石田の読みは的中した。想定通り、敵が現れた。ヒルズの爆破から逃げ延びて、最適な逃走ルートを選び抜いた。
実に優秀だ。だからこそ、彼らはキルゾーンへ足を踏み入れてしまった。
「さあ、死ぬがいい」
石田は敷き詰めておいた爆弾を起爆した。
◆
自衛隊の装備を保管していた場所に向かう道すがら、わたしはいくつかの柱に奇妙な物体が取り付けられている事に気が付いた。
「二人共、脱出するわよ」
「撤退でござるか!?」
「うん。多分、この建物は爆破されると思うから」
「爆破!?」
「……あれは爆弾って事か」
中身を確かめるまでもない。わたしならそうする。大方、人質を一階に詰め込んでいたのは救出の為に突入して来た自衛隊を諸共に圧殺する為だろう。
敵の殲滅手段としては理に適っている。
ただ、そうなると保管庫や食料庫に残されている物資はたかが知れている。おそらく、既に殆どが外部へ持ち出されている筈だ。
「行くわよ!」
ここまでの道すがら、フロアマップをチラ見して、大方の構造は把握してある。急いで出入り口に向かい、最短最速でここから離れる。
「SUVは捨てていくのでござるか!?」
「ゾンビに囲まれてるだろうし、新しい車を調達するわ!」
捨てるには惜しいくらい良い車だったけど、その為に命は張れない。
外に飛び出ると、すぐに火の手が上がっている場所を確認して、逃走ルートを選び抜いた。
「二人共、警戒して! 相手はかなり卑劣よ。恐らく、逃走ルートを想定して、そこに罠を張っていると思う」
「な、なんで、そんな事が分かるでござるか!?」
「わたしならやるから」
「なるほど……、凄まじい説得力でござる」
進ノ介の言葉を聞き流しながら、わたしは手鏡を取り出した。
「鏡?」
「敵は多分、上からわたし達を見てる。爆弾は恐らく遠隔操作で爆破するタイプ。地上に居たら爆破に巻き込まれるから」
そうこう話していると、背後から爆音がなり響いた。
「なっ……」
「止まらないで! 走って!」
背後で六本木ヒルズが崩れていく。地面は鳴動し、超重量の物体の落下による衝撃波が襲い掛かってくる。
「建物の影に!」
わたし達は近くの頑丈そうな建物の影に隠れた。
直後、土埃と瓦礫が突風と共に駆け抜けていった。
「ゆ、幸音殿が言った通りになったでござるな……」
「二人共、口元を覆って! 土埃が晴れる前にもっと離れるわよ!」
この状況ならわたし達を視認する事は出来ない。闇雲にトラップを発動させる事もしないだろう。
爆弾や他のトラップに使う資材だって、無限にあるわけじゃない。
無駄遣いはしない筈だ。
「し、しかし、幸音殿! 逃走ルートを読まれていて、そこにトラップが仕掛けられているとしたら、別の道を使った方がいいのでは!?」
「それを敵も想定してる。だから、ルートは変えない! 変えた先にこそ、えげつないトラップが用意されていると思うから」
「ゆ、幸音殿ならそうするでござるか?」
「する」
それにモタモタしていられない。ヒルズの爆破によって、付近にいた人間は軒並みゾンビに転じた筈だ。まさに状況は前門の虎、後門の狼状態。ゾンビに追いつかれてしまったらトラップを警戒するどころではなくなってしまう。そこまで計算しての爆破だ。
「……っと、来たわね」
「え? 敵でござるか!?」
「そうよ。恐らく、確殺出来るように爆弾が仕掛けられている筈」
「ど、どうするでござる!?」
「コンクリートの下にはさすがに仕込めないわ」
仕掛けられているとしたら側溝か自動車のエンジン部。効果範囲に入った瞬間、一斉に起爆する筈だ。爆発の衝撃波は音速を超えるから、起爆してからの回避は不可能。
鏡を見る。少し離れた所の建物の屋上に人影がある。その人影がゴソゴソと何かしようとしている。遂にキルゾーンの手前まで来たという事だ。
わたしは銃を取り出した。
「爆破はさせない! わたしが先に爆破する!」
前にある自動車。あれがトラップだ。わたしはその車に向かって引き金を引いた。