第十一話『わたしはアイドルになりたいの』
六本木ヒルズはかなり広い。所々で阿覇煉暴を見かけるけれど、あまり多くない。
彼らは拳銃の扱いにも慣れていなくて、大抵がセーフティを解除する前に大輝に黙らされている。
「……このざまでよく占拠出来たわね。自衛隊がいた筈でしょ?」
わたしは大輝が殴り飛ばした阿覇煉暴の一人を個室に連れ込んで叩き起こした。
あまりにも広過ぎて、闇雲に走り回っていたら日が暮れてしまいそうだからだ。
「そ、その……、ひ、人質を取って、脅して……、そ、それで……」
「まあ、そこはどうでもいいんだけどね。それより、あんた達のトップの場所を教えてよ。あと、自衛隊の装備の保管所と食料庫も」
「そ、それは……、あの……」
「それはとか、あのとか要らない」
わたしは彼の親指を切り落とした。
耳障りな悲鳴が響き渡る。
「黙らないと指を全部失う事になるわよ?」
彼は泣きながら何度も頷いた。
「あんた達のトップはどこ?」
「そ、総長の居場所は分かりません! 本当です! 嘘じゃありません!」
「他の奴にも同じ質問をする予定よ? 嘘だと分かったら、眼球をそこのスプーンで抉り出すからね?」
「あっ……、えあ……、ほ、ほんとです……。うそじゃ……、ウソじゃないんです」
彼はおしっこを漏らしてしまった。臭い。
「じゃあ、自衛隊の装備の保管庫はどこ?」
「に、にひゃいです! そこにも、もともと自衛隊が武器を保管していました!」
「食料庫は?」
「保管庫の隣です!」
「そう、ありがとう」
わたしは彼を放置して隣の部屋に向かった。そこにも腕と足の腱を切って放置しておいた男がいた。
同じ質問をすると、しっかり同じ答えを返してくれた。おかげで余計な手間が省けた。
「よし、保管庫に行くわよ!」
「……か、彼らはどうするのでござるか?」
「あっ、トドメ刺しておいた方がいい? たしかに、口が軽かったし、わたし達の情報を誰かに喋られたら面倒ね」
「い、いえ! 放置しましょう! なにも殺す事は……」
「余計なリスクは負いたくないんだけどなぁ」
「し、しかしでござるな! 幸音殿は些か殺し過ぎでござるよ。それでは要らぬ恨みを買う事に……」
「だから、なるべく殺してるのよ」
「え?」
「恨みってのは目撃者を残すから生まれるものなのよ。誰を殺したって、その事実を誰も知らなければ、恨みが生まれないわ。ねえ、進ノ介」
わたしは思い遣りの心で彼に告げた。
「放置して、もしも彼らの仲間が彼らを見つけなかったらどうなると思う?」
「え?」
「彼らは動けないわ。このままなら餓死するか、ゾンビに食い殺される。だったら、無駄に苦しめるよりもいっそ今すぐに殺してあげる方が彼らの為になると思わない?」
「……何故、そのような結論に至れるのでござるか?」
進ノ介は四角い眼鏡の向こう側に涙を浮かべながら言った。
「幸音殿! 貴殿に何があったのでござるか!? いくらなんでも、貴殿は人の道を外れ過ぎている!」
「外道とは言ってくれるわね。前にも言ったけど、別に殺したくて殺してるわけじゃないのよ?」
「だったら、何故!?」
「その方が効率的だからよ」
そう言うと、進ノ介が表情を歪めた。
「アンタはずっと自分の城に閉じ籠もっていたから知らないのかもしれないけど、世界の常識は塗り替わったの。即断即決。それがこの世界の鉄則よ。その為には絶対に揺るがないものを一つ心に持っておきなさい。すべての行動はその為だけにある。そうじゃないと、アンタは生き残れないわ」
「……幸音殿のそれはなんでござるか?」
「夢よ」
「夢?」
「わたしはアイドルになりたいの」
「……え?」
進ノ介は振り向いて大輝を見た。大輝はジッとわたしを見つめている。
彼はこういう時でもあまり口を開かないけど、心の内では進ノ介に賛同しているのかもしれない。
「小さい頃からの夢なの。その為に何でもして来た。あと一歩で夢が叶う所まで来ていた。でも、全部壊れちゃった」
「幸音殿……」
「だけど、わたしの夢は終わってない。いつか世界が元に戻るかもしれない。そうじゃなくても、生きていれば可能性は残る。だから、わたしは生きる。夢を叶える時まで、何がなんでも生き延びる。そう心に決めているのよ。生きる事は夢へ至る道! その道を阻むなら、誰だろうと殺す! 誰を犠牲にしてでも生き延びて、絶対にアイドルになってやる!」
進ノ介は俯いてしまった。表情が見えない。
「……歌えんのか?」
「え?」
「アイドルってのは、歌うんだろ?」
「もちろん! わたし、歌にはかなり自信があるわ! 可愛いだけじゃないんだから!」
「なら、石田の野郎をぶっ飛ばしたら勝利祝いに聞かせろよ。テメェの歌を」
「……ダーリン。うん!」
大輝は本当に不思議な人だ。
わたしが心の内を曝け出すと、誰もが嗤った。誰もが怒った。誰もが呆れた。
―――― 人殺しがアイドルになんてなれるわけないだろ!
それでもわたしはアイドルになりたい。その夢を彼は嗤いもせず、怒りもせず、呆れもしない。
まるで、わたしの夢を認めてくれているようだ。
「ありがとう」