第十話『今までありがとね、SAKURA M360J』
元関東最大の愚連隊、阿覇煉暴。それが六本木を火の海に変えた犯人だった。
「んじゃ、行ってくるぜ」
首や肩をポキポキ鳴らしながら大輝は車の外に出ようとする。
「え? もうちょっと乗っててよ」
「あ?」
わたしはアクセルを踏み込んだ。時速200キロ以上にまで加速可能なSUVでヒルズ正面に屯している阿覇煉暴に突撃した。彼らは泡を食って逃げ出すけれど、雑魚は無視だ。SUVはタイヤが大きく、階段も問題なく登っていく。途中で何人か轢き殺しておいたから、ゾンビ化して仲間を殺しに行ってくれている筈だ。
「ゾンビが仲間を襲って、更にゾンビを増やしていく。これで後ろの連中はわたし達を追う余裕がなくなるわ」
「……借刀殺人でござるな。人の心、無いでござるか?」
「しゃくなんちゃらって何よ?」
「第三者が敵を攻撃するよう仕向ける兵法の一つでござるよ」
「ふーん」
とりあえず、六本木ヒルズの入り口に到達出来た。そのままガラス扉をぶち破り、待ち構えていた連中を適度に轢き殺してからUターンした。
「進ノ介、火炎瓶!」
「……はい」
進ノ介から受け取った火炎瓶を去り際に放り投げておく。燃え広がる事は無いだろうけれど、これでまた何人かゾンビに出来た筈だ。
「よし! これで表側にいた連中は動けなくなったわ。裏から入りましょう」
「……幸音殿は何処かで傭兵でもしてたのでござるか?」
「はぁ? そんなわけないでしょ。普通の女子高生だったわよ」
「……普通とは一体」
ぐちぐち言ってる進ノ介を無視して、わたしはSUVを六本木ヒルズの裏側で止めた。もちろん、警備の為に立っていた人間はあらかた轢き殺してある。生き残った連中はゾンビに襲われて逃げて行った。
「さあ、行くわよ!」
「ぎょ、御意!」
「おう」
中に入ると、すぐの所に数人の阿覇煉暴がいたけれど、大輝が速攻で黙らせた。
やっぱり、わたしのダーリンは頼りになる。
「あっ、トドメは差さなくていいわ。足と腕の腱だけ切っておきましょう。ゾンビ化されると出る時に面倒だから」
「……あの、元シリアルキラーだったりするでござるか?」
「はぁ? だから、普通の女子高生だって言ってんでしょ? 殺されたいの?」
わたしはさっさと倒れた連中の足と腕の腱を切っていった。これで二度と立っては歩けまい。
「血も涙もないでござるな……」
「わたしの障害になる方が悪いのよ」
「多分、障害になる気なんてこれっぽっちも無かったと思うでござるが……」
「なっちゃったんだから仕方ないでしょ」
「……で、ござるな」
そのまま十数人程度を行動不能にした後、わたし達は広いフロアに出た。そこには予想以上の数の人間がいた。どうやら、六本木ヒルズに避難しに来た人々らしい。人質にでもしているのか、阿覇煉暴達が銃器を手に持ちながら取り囲んでいる。
「あれ、自衛隊?」
人質達の中には軍服らしきものを着た人もいた。
「そのようでござるな。しかし、少々厄介でござるな。連中は銃器で武装しているでござる」
ござるござる煩いな。
「さすがに数が多過ぎるわね」
「どうするでござるか?」
「こうするでござる」
わたしは拳銃を取り出して、人質に向かって発泡した。
「なにしてんの!?」
見て分からないのかな?
「人質をゾンビに変えたわ。それより、一旦移動するわよ。完全にパニックになるのを待つの!」
「ほんとに人の心が無いんでござるか!?」
「いいから行くわよ! モタモタしてると――――」
案の定、一部の阿覇煉暴がわたし達の下へやって来た。
「テ、テメェら! 何者だ!? なんで撃った!?」
「ダーリン! 進ノ介!」
「やっと出番か!」
「拙者、お主等を全力で倒すでござる! お主等の為に!」
ダーリンはともかく、進ノ介まで銃器を恐れず立ち向かって、あっという間に鎮圧してしまった。
「やるじゃん、進ノ介」
「……拙者、敵とは言えども命が惜しいでござる」
「とりあえず、腱切っときましょうね。あと、銃ね。うんうん! さすが自衛隊の装備だわ。警察の銃とはものが違うわ」
今まで使って来たのは『SAKURA M360J』。|S&W《スミス アンド ウェッソン》社が日本警察向けに特別に制作した拳銃だ。ベースとしたのは『M340』。シリンダーはステンレス製で、銃身はアルミ合金とステンレスが使われている。かなり使いやすい銃だったけれど、装弾数が五発な上にリボルバーだから連射に向いていなかった。
新たに手に入ったのは|H&K《ヘッケラー アンド コッホ》の『USP』。念願のマガジン式である事に加えて、銃自体にサプレッサーと光学照準器が搭載されている。加えて、この銃はコック&ロック機能を有している。通常の銃とは違い、撃鉄を引き起こした状態でセーフティを掛ける事が出来るから、携帯状態から即座に撃つ事が出来る。
「ダーリンは使わないわよね。進ノ介はどうする? USPだから、かなり使いやすいわよ」
「銃にも詳しいんでござるな……」
「女子高生の嗜みよ。使った事ないなら教えてあげるわよ?」
「……いえ、後ほど御教授願うかもしれませぬが、付け焼き刃で使えば撃つべきではないものを撃ってしまうかもしれませぬ。それは幸音殿がお使いくだされ」
「分かったわ。とりあえず、二丁はわたしが持っておくから、残りはリュックに入れておいて」
「しょ、承知したでござる」
進ノ介のリュックの重量は凄い事になっていそうだけど、よろけたりしていない。
見た目は豚なのに、結構力持ちだ。今後は牛と呼ぼう。
「幸音」
「なに? ダーリン」
「それは自衛に使っとけ。後は俺がやる。そろそろ、フラストレーションが溜まってきやがった」
「……分かったわ。じゃあ、上に向かいましょうか! 銃撃には気を付けてね、ダーリン」
「おうよ」
わたしは近くのゴミ箱に警察の銃を捨てた。
「今までありがとね、SAKURA M360J」
「なにかの暗号でござるか?」
「さっきの銃の名前よ」
「なるほど」