プロローグ『ゾンビアイランド』
その日、世界中に隕石が落ちて来た。
世界の終わりのような光景。だけど、とても美しい光景だった。わたしはその光景にずっと見惚れていた。
隕石は日本だけで七つも落ちて来た。その落下地点の半径100キロ圏内にある都市は消し飛んだ。幸いと言うべきか、国立天文台や宇宙航空研究開発機構が事前に情報を掴んでいたおかげで被害は比較的抑えられた。少なくとも、そこに住んでいた人々が全滅する自体だけは避けられた。けれど、死者の数は万を超え、嘆きの声が国中で上がった。
もしかしたら、それが切っ掛けなのかもしれない。奇跡が起きた。なんと、死者が蘇ったのだ。けれど、それを喜ぶ者はいなかった。なにしろ、蘇った死者は言葉を発しない。あーあーと唸り声を上げながら、彼らはあてもなく徘徊し始めた。そして、彼らの調査の為に隕石の落下地点へ向かった研究者達を襲った。その光景はネットで生中継されていた。研究者達の命乞いの声に聞く耳を持たず、掴み掛かり、噛みつき、殴りつけ、殺していった。そして、死んだ研究者達は彼らのようにあーあーと言いながら徘徊を始めた。
ゾンビだ。わたし達の誰もが、彼らをそう呼んだ。
ただ、人々が真っ先に恐れた可能性はすぐに否定された。ゾンビに噛みつかれながら、なんとか逃げ延びた研究者はいつまで経ってもゾンビにならなかったからだ。絶対にゾンビ菌に感染して、ゾンビになる筈だとガラス張りの部屋に隔離された彼の姿はネットで生中継された。けれど、いつまで経ってもゾンビにならない。どうやら、ゾンビに噛まれても既存の感染症に掛かるだけで済むようだ。
人々は安堵した。そして、その翌日にパニックが起こった。病院にゾンビが現れたのだ。他にも、富士の樹海や山間部からもゾンビが現れた。
隕石の落下地点に現れたゾンビ達は自衛隊が設けた柵によって完全に隔離されている筈なのに、どうして?
その疑問の答えは病院の医師達によって明かされた。
『死者がゾンビになるのです! 死因は関係なく、死亡すると共にゾンビ化が始まり、人を襲い始めるのです!』
その事実は副音になる筈だった。対策方法はいくらでもあったからだ。
けれど、それを阻む人々がいた。
『死亡直前に隔離するなんて、あまりにも非道過ぎる! 死の間際は家族との最後の別れの時間です! それを奪うなんて、許されません!』
死んだらゾンビになって襲いかかってくると言われているのに、彼らは頑として譲らなかった。
それどころか、全ては政府の陰謀だと主張し始めて、抗議のデモまで始めた。
彼らは正しい事をしていると確信しながら、善意で国会議事堂を取り囲んだ。そして、そこで死者が出た。
誰かが何かをしたわけではなく、病気だったのだ。目前に迫る死に怯える中、死の直前に隔離され、ゾンビになる前に処置を施される事を聞かされて、彼女は死に体の状態でデモに参加してしまったのだ。
そして、彼女はゾンビになり、周囲の人間に噛みついた。必死に抵抗しても、人の腕力ではゾンビに敵わない。ゾンビは生前とは比較にならない力を持ち、殴っても蹴っても怯まない。ゾンビによって、一人二人三人と殺されていき、その度にゾンビが増えていく。それはデモに参加していた人々にパニックを起こさせた。
そして、死が連鎖していき、ゾンビは機動隊にも襲いかかった。そして、そのまま国会議事堂の中へ雪崩込み、逃げ惑う議員達を次々にゾンビへ変えていった。
日本は法治国家であり、その中心には国会議事堂がある。その機能が完全に失われ、警察や自衛隊が独自に動き始めるも、万全を期する事は出来なかった。
気が付けば、日本はゾンビ塗れのゾンビアイランドに変わっていた。
「……ダメだこりゃ」
わたしは燃え盛る新宿を眺めながら肩を竦めた。