2-05 虚界本紀 機神サカトケ
21世紀半ば。
北部ユーラシア大陸を初め地球各所で起きていた紛争は、突如現れた光の柱により消滅した。その光の柱は、地球全土を蹂躙し、人類は全滅の危機に瀕していた。
まだあどけない少年の洸太は謎のロボット『機神サカトケ』のパイロットとなり、光の柱を生み出す『異虚』と戦いに身を投じる。
サカトケの巫女、タマデとともにパイロットとしてサカトケを駆使する洸太は、人類を救えるのか。そして『発見』された機神たちは、本当に人類の味方なのか。
天から一筋の光がまっすぐ降りてきたと思えば、膨れあがり、そびえ立つ大きな柱のように天地を繋げながら、その場をごうっと焼き尽くした。川面に映る光は神々しささえある。その川沿いは住宅やマンションが立ち並んでおり、鉄骨がポッキーのように折れ、屋根瓦が紙吹雪のように舞った。
北部は山側で、研究機関が並んでいる。南部の川岸に公営団地や住宅街が広がっている。山と川にかこまれた、この小さな地方都市の特徴であった。
何かあれば、山に行け
洸太は父や教師の言葉を思い出しながら、必死に坂を駆け上っていた。ガードレールの向こうに森が広がっている。アスファルトの道のくせに自然歩道という看板が立っていた。
急すぎる坂の横に、古ぼけた階段が見えた。それは木々の茂れる山へ向かっているようだった。前に広がる塗装された道を行くのか、わきにそれた階段を登るのか、洸太は悩んだ。
いまだ十二才の少年である。アスファルトの急坂も、山の階段も彼には恐ろしかった。思わず後ろを向く。半ズボンから見える腿をつたって汗がひとすじ流れ落ちた。
――父さんまだかな
光の柱が町中を蹂躙した時、父は洸太を突き飛ばした。転がる洸太の視界に、瓦礫に潰されようとする父があった。
「逃げろ、あとから行く! 山へ、やしろへ!」
ドオンとめくれ上がるように爆発し燃える街の轟音の中で、父の声は確かに聞こえた。洸太は言われるがままに山へ走った。父はきっと抜け出ている、すぐに追いかけてくれると必死に言いきかせながら、走り続けた。
坂道か階段か。父はまだ来ない。
「父さんはヤシロって言ってた」
洸太は息を吐いて古くさい階段を足早に登り始めた。子供には一段一段が高い。息が切れて、苦しい。木々や草がせり出しており、どんどん暗い洞に向かっているようだった。
「やま、やまに」
洸太は、それだけを呟いた。
ゴッという衝撃と共に、天から光の柱が降り注いだ。川岸から山すそにまで来たその衝撃は、洸太の体を吹き飛ばすに充分であった。ラグビーボールのように歪な回転をしながら、洸太は空高く舞った。
「あ、あああ!」
無力な少年は死を思った。ごめんなさいおとうさん、とも思った。このまま地に叩きつけられれば、即死であろう。
洸太が落下した先は、小さな神社の敷地であった。ぷつ、と勢いがそげ、ぺしゃりと参道に転げた。頬と膝を少しすりむく程度であった。
「お前、だれ」
少々の痛みをこらえながら起き上がった洸太を、少女が見下ろしていた。年の頃は洸太と同じくらいか。額を出した長髪と巫女姿は妙に大人びた雰囲気を醸し出す。
「……まゆげ無いの?」
洸太は、まぬけな顔で言った。少女は眉を剃った殿上眉、つまり麻呂眉である。少女は静かに頷き、
「お前、だれ」
ともう一度言った。温度も湿度もない声音であった。
「えっと、洸太。あ、僕は、渡、洸太、です」
自己紹介はきちんとしましょう。教師の言葉を思い出し、洸太は慌てて立ち上がると、『きちんと』言った。
「……ああ。ワタリの言ってた子。ワタリはいなくなったのね」
少女の言う『ワタリ』が父なのだと気づいた洸太は
「あとで来るって言ってた」
と少し必死に言った。少女はどうでもよさそうに頷くと、洸太の頭を撫で、冷たい掌を頬に添わせた。至近距離で覗かれ、洸太は状況も忘れて頬を染めた。あの、街を壊し人を鏖殺する天の光は近づいている。オトコの自分はこの少女を守って逃げないといけない。そして父と再会する。そう思ってはいるが、この得体の知れぬ少女はきれいであったし、どこかなまめかしい。紅葉のような手で顔をなぞられれば、胸がときめくというものだった。
「洸。湧きいできらきら光る。渡ってくるとして悪くない。タマデはお前を主とし贄としよう――タマデヨリマツリキタル」
深い場所から響くようなその声に、洸太は目を泳がせ、違和感に気づく。少女は足が一本しかなかった。すらりと伸びた左足に、あるべきはずの右足が無い。彼女は補助具無しに、立っていた。
洸太が身をよじったが、少女の手は強く離れない、美しい少女――タマデの顔に、ぴしりとひびが入る。洸太が恐怖に叫ぶひまもなく、頭そのものが口になったタマデに体半分挟まれ、食いちぎられ、飲み込まれた。
哀れな少年を全て食い終わると、タマデは顔を戻して口を開いた。
「確かにもらいうけた。――起動サカトケ」
タマデの体が膨れあがり、皮膚をぶつんぶつんと破りながらその姿を変容させていく。肉ではなく、金属の光沢あるその体は、人型のロボットというべき形であった。
立ち上がったその姿は双角を備えた頭とスマートな体を持っていた。二十メートルの体高で神社を睥睨している。顔の部分にあるは単眼であり、その視線が迫る光の柱どもを見た。
ギュゥーンギュゥーン、ギュゥーンギュゥーン。透明感さえもあるエンジン駆動音と共に、キイイイイキイイイイと悲鳴のような音が響き渡る。
サカトケと言われるロボット――機神は、参道を静かに歩き、社の境界を越えると、ぐっと地を踏みしめ走り出す。山がえぐれ、木々が散っていった。泥が跳ねるような動きをして、土砂が周囲へとまき散らされ、ざん、と降り注ぐ。山の斜面に経っていた農家は屋根ごと土に押しつぶされた。
単眼をぎょろりと動かすと、降り注ぐ光の柱を避けて空へ跳ね上がる。凄まじい跳躍力と対空能力であった。
腕を振りかぶると、輝く羽を殴り吹っ飛ばした。光の柱を生み出そうとしていたそれは、己の内圧と殴打により星芒と火花をまき散らしながら爆発し、消滅した。
機神はすばやく地に着地する。そのまま流れるような仕草でブーメラン型の小刀を出し、空へ投げる。光の群体を掻き切りながら、機神の手へ戻ってきた。
仲間を倒されたことに怒ったのか、それとも淡々と敵を排除しようとするのか。光の群体が現れ、山や町を破壊しながら迫っていた。
「なんだこれ」
少女の顔が壊れたとたん、赤黒い穴と恐ろしい牙を見た。洸太の記憶はそこで途切れている。今は、知らぬ場で座っていた。ロボットアニメで見たコクピットを思わせる場であった。球状の部屋は全面外部が見えている。全天周囲モニターと、洸太は思った。毎週見ているロボットアニメの主人公と同じ視点であった。
洸太の手は椅子の先にある『穴』の中で固定されている。手や指を認証する機械に似ていた。
洸太のとなりに、すうっとタマデが現れる。巫女姿、殿上眉の目立つ美しい顔。一瞬、顔が化け物のようになったのは目の錯覚だったのか。
「お前はタマデの主になった」
「タマデって?」
「コレ」
タマデが己を指さし言う。少女の名がタマデだと洸太はなんとか理解した。ではサカトケとは何か。
「……タマデはお前を貰い受け主にした。お前の言葉でいう。サカトケはロボット、タマデはユニット、お前はサカトケのパイロット。」
少女が洸太の腕に体を押しつけた。
「あ、あ!」
脳髄に走るような痺れと共に己とロボットが繋がっていると、わからされる。洸太の。あまりの膨大な情報は、タマデが肩代わりしているとも。
「ワタリはあれらを滅ぼしたいとお前をタマデに差し出した」
「僕が! 倒すの!?」
十二才の少年は、恐怖よりも昂揚で胸を躍らせた。己が選ばれるということに躊躇するほど、彼は成熟していない。手を握り少し動かせば、サカトケは空に跳ね、敵を一体殴り飛ばした。
空には、人の目には見えなかった鳥のようなものがいくつも飛んでいた。一体一体ではきりが無い。
「飛べないの!?」
「サカトケにその権能はない」
にべもなく応じるタマデに、洸太は口を尖らせた。サカトケの手にブーメランのようなナイフが現れる。軽く投げるだけで風圧が木をなぎ倒し敵を蹴散らす。光の鳥どもが群体を作り、うねるように動いた。
「龍だ!」
洸太は思わず叫んだ。群体が風を切って空をうねるさまは、たしかに龍に似ていた。
「ドラゴンスレイヤーを使うんだ!」
ゲームで見た剣の名前である。
「なあに? それ」
タマデが首をかしげた後、咀嚼するように首を振って頷いた。わかった、というと、手を広げる。ずっしりと重量のある西洋剣が、サカトケの手に現れた。洸太は、それを握る。彼に剣技の素養などない。アニメや特撮の見よう見まねでかまえたそれを、タマデが即座に計算し、起動を修正する。
ぐっと握った手から、熱い奔流があふれ出す。剣先にまで命そのものが満ちていくような感覚があった。大剣を下からすくいあげるように振り切ると、風圧と共に刀身から衝撃波が飛んだ。空中で大きな光の柱を産もうとしていた『龍』は引きちぎられ、ミキサーにかけられたかのように粉砕され、最後には爆発した。幾つもの星が生まれたような、爆発の中で光の柱は消えていった。
「サカトケが起動しました。これでまともに動けるのは十三柱」
「他は全て壊滅か」
地上を眺め嘆息する男に、少女が頷く。
ユーラシアの戦乱区域に現れた光の柱は、力技で紛争を収めてしまった。その光は天の助けでなく罰だったらしい。地球各地を蹂躙し人類は滅亡の際に立っている
「テイコウの呼びかけにタマデが答えません。迎えに行きます」
そして、と少女テイコウが言葉を続ける。
「異虚どもを殲滅します。我が贄、主が戦いを統べてください」
機神艦コントンが重厚な機体で雲かきわけながら、進路を変える。向かう先は極東列島の研究都市。