2-04 双子のルール〜ヤンキーとギャルが怪異に巻き込まれるが全然怖くない話。〜
この世界にはルールがある。
ルールは守らないといけないけれど、ルールから外れているものは面白い。
そんな思想を持つ双子の片割れ、ハルはある時、連続して奇妙なものを目にする。
繁華街にある、遊びと帰宅ラッシュで普段なら賑わう筈なのに、今日は誰も入っていかない地下鉄の入り口。
そこに入って行った着物の少女とコート姿の男。
「ルール外や。おもろそうなモン見つけたで」
「面白いなら行きますぅ〜♪」
怖いもの知らずの双子が、頭と観察眼と勘と度胸だけで怪異を見物して生還する、全然怖くない話。
世の中には『規律』がある。
「ありがとうねぇ」
「おー、暗なるから気ぃつけて帰りや〜」
「バイバーイですよぅ♪」
駅の階段で荷物を持ち上げるのに苦労していた老齢のおねーさんを、ハルはナツと一緒に手を振って見送った。
きちんと礼が言えるおねーさんは、ちゃんとルールを理解している気持ちの良い人だった。
ハルとナツは、双子である。
ハルは金髪で顔面の左側と首筋にタトゥを入れており、左耳と唇がチェーンで繋がったカフスピアスに赤のカラコンを入れている。
双子の弟ナツは、鼻ピと臍ピにバッチバチの化粧、頭の右側に蝶のバリアートを入れたセミロングに灰色と赤を組み合わせた狐カラーである。
どちらも中学生に間違われるくらい小柄で童顔、垂れ目の容姿をしているが。
ハル自身は白いペイズリーのフード付きカジュアルジャケットに、インナーからデニムからシューズに至るまで真っ白。
逆にナツは、銀アクセが腕から指から腰から服までジャラジャラで、黒革ジャケットにチューブトップとショートパンツのヘソ出しスタイルである。
それを、周りにいる連中が妙に見てくるのを特に気にせず、歩き出す。
何せ、いつものことだからだ。
見てるだけで人助けもまともにしない、外見だけで人を判断する、そんな『ルールを分かってない』有象無象の視線など気にするだけ無駄、というのが、双子の共通見解だった。
そのまま、駅前にある喫煙可能な喫茶ビルに入ると、窓際に陣取る。
ハルは、窓の外を見ながらセブンスターを取り出して咥えた。
「禁煙はどうしたんですかぁ?」
「二時間したで」
「それ禁煙って言わないんですよぉ」
自分は手鏡で化粧のチェックをしながらナツが言うのに、鼻を鳴らす。
「どうでもええやろ」
ハルとナツは成人している。
法律で禁止されていないものを、禁止されていない場所で吸ったところで文句を言われる筋合いはないのだ。
たとえ背が低くて、見た目が高校生どころか中学生に見えるとしても問題なのは実年齢の方である。
そうして窓の外を眺めていると、ふと目を引く女がいた。
赤地に黒い彼岸花の着物。
烏の濡れ羽色の髪に、黒目がちの瞳、真っ白い肌。
年齢は、見た目で判断するなら高校生くらいの無表情な美人だ。
姿勢良く、道を挟んでガードレールの向こうを歩いていた彼女は、目の前で転けた幼稚園児くらいの女の子の側に裾を押さえながら座り、手を差し出して引き起こした。
後ろから来た母親が礼を言うのに、笑みも浮かべないまま小さく会釈して、また歩き出す。
「おいナツ。めっちゃ良い女がおるで」
「え〜? 別に興味ないですけどぉ〜」
「俺はあんねん」
言いながら目で追っていると、その着物女の姿がふっと消えた。
「……あ?」
ちょうど、先ほどハルらが上がってきた、地下鉄に繋がる階段の手前。
一段目を降りる時に、確実に消えたのだ。
煙を吐きながらジッと見ていると、また誰かが階段に向かって歩いていく。
黒の帽子に黒の薄いコートを着た、サングラスに無精ヒゲで背の高い中年だ。
スタイルが良く、気怠そうな色気がある。
そいつも地下に向かう階段に、迷いのない足取りで歩いて行き……着物女と同じようにフッと消えた。
「……おい、ナツ」
「今度は何ですかぁ?」
面倒臭そうなナツに、ハルはニィ、と嗤った。
「なんか、法則外の面白そうなモン見つけたで」
グシャグシャと灰皿で煙草を押し潰して、立ち上がる。
「行くで」
「面白いなら行きますぅ〜♪」
注文もしないで立ち上がると、20代前半くらいの女従業員が慌てて近づいてくる。
「あの、お客様……?」
なんとなく引き攣った顔で話し掛けてくる彼女に、店の奥にあるカウンターから、この店の雇われ店主であるパンツスーツの女性、アキが声を掛ける。
「そいつらは放っといて良いわよ。このビルのオーナーだから」
「お……? オーナー?」
「そう」
ハルは信じられなさそうな顔をしている従業員を見上げて、鼻を鳴らした。
「お前今、人を外見で判断したやろ」
「あ、え、あ……」
「目ェ曇ってんなぁ。もうちょいマトモに頭使った方がええで」
トントン、と自分のこめかみを叩いて、ハルは舌を出す。
「世の中はな、ルールを知らんヤツから喰われるんや。お前みたいな目も頭もなくて、真面目以外取り柄なさそーな鈍いヤツなんて格好の餌食や。気ぃつけた方がええで」
「アハハ、正論ですねぇ」
絶句する彼女の横を抜けて、ハルは道の反対側にある地下階段に向かって歩き出す。
勿論信号は守り、横断歩道を渡って、だ。
「ところで、何が面白いんですかぁ?」
「気づかんか?」
ハルは近づいてきた階段に向かって顎をしゃくる。
「夕方のこの時間やのに、さっきから誰もあの階段の方に向かってへんねや。おかしないか?」
そう。
もう時間的には、帰宅ラッシュに差し掛かろうとしている。
この辺りは繁華街……人が増えていっているにも拘らず、誰も地下鉄から出ても来ないし、入ろうとしていないのだ。
「言われてみれば、そうですねぇ。で?」
「さっき、あそこに二人向かってって、階段の前で消えた。着物の美人と、無精ヒゲのおっさんや。めっちゃ気になるやろ」
「……え? もしかして幽霊とかそういう話ですか?」
ナツが疑わしそうに言うのに、ハルはガシッと肩を抱いて、階段に足を踏み出す。
「ちょっとハル! 危ないじゃないですかぁ!」
「ええから来いや」
と、足を踏み入れると、普通に一段下の階段が踏めた……が、ナツの目の色が変わる。
「……へぇ、なるほど。ハルが面白いって言った意味が分かりましたよぅ」
「せやろ? で、何がいつもとちゃうんや?」
「階段が十三段になってますねぇ。ここの階段は十二段だった筈ですよぅ」
双子の弟であるナツは、記憶力と目や耳といった部分の感覚がとんでもなく良い。
芸術や、些細な違和感といったものに敏感で、その点はハルでは絶対に敵わない部分だった。
「つまり、やっぱ何か妙なことが起こっとんねんな?」
「ですねぇ。ハルはどうなんです? 何か勘が働いたんでしょう?」
ナツの問いかけにも、確信的な信頼が滲んでいた。
ハルは芸術や記憶力はさっぱりだが、運と勘が生まれつきめちゃくちゃ良い。
その勘を外す、ということがなく、ナツはその点を聞いているのだ。
「言うたやろ。面白そうやってん」
「聞きましたよぅ。で、もう一つの理由は何ですか?」
「それも言うたやろ。めちゃくちゃええ女見つけたんや。口説いて彼女にするわ」
するとナツは階段を降りながら、ちょっと難しそうな顔で片眉を上げる。
「それ、本当に勘ですかぁ?」
「おう」
なんとなく、あの女が良い、と勘が告げたのである。
「ぶっちゃけ、惚れた。しかも色々面白くなりそうなオマケ付きや。最高やろ」
「ん〜、まぁ、面白くなるならオッケーですねぇ。ハルが外す訳ないですし、嘘ついてる訳でもなさそうですしぃ」
と、二人で階段を降りて十三段目を踏むと……そこで、空気が変わった。
「うぇ。血腥いですねぇ。それに何か生温いですし」
見た目には、いつもの地下道である。
少し先で左に曲がっており、その手前はただ真っ直ぐ、黄色の点字タイルと天井の蛍光灯、監視カメラ、地下鉄の出口表示があるだけだ。
が、ハルはそこに漂う空気が何となく赤い気がした。
それに、とその場で煙草を取り出して火をつける。
「禁煙ですよぅ」
「吸うんちゃう。ルールの確認や。普通やったらすぐ消すわ」
と、火をつけた煙草を指先で吸い口を摘んで立てると、煙が真っ直ぐ立ち上る。
「……おかしいですねぇ」
「せやな。空調も止まっとるし、何なら空気も動いてへんな」
今いる場所は、『地下鉄に繋がる階段を降りたところ』なのである。
普通は地下から地上に向かって、狭い通路を抜けて吹き抜ける風で煙が揺れる筈なのに、それが全くない。
それどころか……真っ直ぐ上に向かっていた煙が途中で奇妙に歪み、地下道の奥へ向かって行く。
空気に溶けて散らず、赴く先を示す一本の糸のように。
明らかに不自然だった。
この世界の法則から外れている。
「さぁ、この先に何があるんやろな?」
「引き返すという選択は?」
そんなつもりが微塵もなさそうなナツに問いかけられて、ハルは階段を振り向いてから、肩を竦める。
「無理ちゃう?」
「あー、っぽいですねぇ」
本来そんなに長い階段ではないのに、見上げた階段はどう見ても百段以上あり、その先は闇に消えている。
明らかに非日常的な状況であるのは間違いなく……ハルはワクワクしていた。
ナツも、同じように目を輝かせている。
「じゃ、行っちゃいますかぁ?」
「せやな。とりあえず、あの二人を探すで」
その前に一応時間を確認しておこうとして、ハルとナツはもう一つ奇妙な現象を見つけた。
スマホの時計の表示が、通常の16:44:44ではなく、4:44:44になって止まっているのを。