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2-15 仙女の愛し子は嗤う

 仙女伝説が語り継がれている仙迦王国。その辺境の村に、〈仙女の愛し子〉と呼ばれる救国の乙女が現れた。名は玉蘭。災いを未然に防ぐ彼女の噂はあっという間に国中で評判となり、国王が彼女を娶るという話もすぐに民に受け入れられた。

 しかし玉蘭が村を出たあと、そこでは大虐殺が起きていた。火が放たれ、家屋は破壊され、村人たちは一人残らず殺されていく。一方、故郷で起きた惨劇も知らずに後宮入りした玉蘭の周りでも、なぜか良くないことが次々と起こりはじめ……。


 果たして仙女の愛し子とは、本当に救国の乙女なのか。それとも仙女によりもたらされた災厄なのか。

 すべての答えの鍵は、奇しくもかの大虐殺の際に村人たちが全滅してでも守りきった二人――李鴦と琉鴛が握っていた。

『救国に繋がる先見の明。災いを防ぐ優れた助言。それこそが〈仙女の愛し子〉の証である』


 そんな伝承が今も残る仙迦(センカ)王国。その辺境の小さな村に、王都からの使者が朝から大勢訪れていた。その脇では、村長の孫娘である玉蘭(ギョクラン)が出立を前に家族との別れを惜しんでいる。



「達者でな、玉蘭。末永く幸せになるんじゃぞ」

「お爺様こそ、どうかいつまでもお元気で。お父様、お母様、必ず手紙を書きますね」

「ああ、玉蘭……!」

「お前の幸せをいつも願っているぞ」


 どうやら彼女は〈仙女の愛し子〉と呼ばれる救国の乙女だったらしい。伝承によると『仙女の愛し子の守り手こそが王たり得る』らしいので、王の庇護下に入るためにも後宮入りが必要なのだという。

 しかし見送りに駆り出された村人たちの顔は、なぜか完全に白けきっていた。今この時、村長一家以外の皆の心はひとつだった。


 なにをいけしゃあしゃあと……お前は偽者だろうが。


 村の人々は知っていた。国中で原因不明の病が蔓延した時も、他国からの救援が必要なほど甚大な飢饉に見舞われた時も、いつだってこの村を救ってくれたのは玉蘭ではなく別の少女だったということを。その少女による助言と対策のおかげで、国内でもこの村だけは奇跡的なほど被害が少なかったのだから。

 それなのに、仙女の愛し子は王の妃になるという話を勅使から聞いた途端、あろうことか村長一家はそれをすべて玉蘭の手柄にしてしまったのだ。事の詳細はあらかじめ詳しく聞いていたうえ、玉蘭はもともと華やいだ雰囲気の少女であった。勅使が信じてしまったのも無理はない。


 ちなみに本物の愛し子の名は、(メイ)李鴦(リオウ)

 彼女は村長一家の虚言を聞いても「ふーん」で終わらせ、本来ならば自身が得られるはずだった特権にもまるきり興味を示さなかった。ついでにこの見送りの列の端に何食わぬ顔で加わっていたりもするので、むしろ周りのほうがバレやしないかとハラハラしている始末だ。本人の意思を汲んで村ぐるみで沈黙を貫いているものの、なんとも生きた心地がしない時間である。


 軒車に乗り込む間際、玉蘭が振り返って李鴦を見た。勝ち誇った表情の玉蘭に対して、李鴦はただ訝しげに見返すだけだ。それが気に食わなかったのか、玉蘭は顔を歪めてさっさと軒車へと乗り込んでいく。そんな様子を見ていた(ソウ)琉鴛(リュウエン)が、李鴦に頭を寄せて訊いてきた。


「大丈夫か?」

「え? ああ、うん。大丈夫」


 妙に目敏い彼に対して李鴦はこくりと頷いた。昔からそうだが、彼は随分と心配性だ。

 家族ぐるみで仲がよく、どちらも早くに母親を亡くしている李鴦と琉鴛。幼い頃からいつも一緒で、今でも二人は兄妹のごとく距離が近い。おかげで琉鴛に想いを寄せていた玉蘭からはよく目の敵にされていたものである。


 だが、あっさりと後宮入りを選ぶあたり彼女の恋心も所詮はその程度だったらしい。まあ元から琉鴛には全然相手にされていなかったので、諦めが肝心という意味では上手く切り替えたのではなかろうか。それに李鴦に降りかかるはずだった面倒ごとを、玉蘭がすべて引き受けてくれたことも事実である。走り去る軒車を見送りながら、李鴦はちょっとしんみりした。後宮生活は大変だろうが、どうか強く生きてくれ。

 そんなことを念じていたら、急に隣にいた琉鴛が李鴦を隠すように前に出た。


「……琉鴛?」

「しっ、少し静かに」


 どこか切迫した琉鴛の声。疑問に思って彼の背後から少しだけ顔を出した李鴦は、見えてしまった光景に瞠目した。

 軒車が去ったあともその場に留まり続けていた大勢の武官たちが、なぜか次々と剣を抜き始めたのだ。


「さて。〈仙女の愛し子〉はその名の通り仙女様の御子であられる。ゆえに人間の肉親など存在しない。存在していてはいけない」


 その言葉の意味を理解する前に、真っ先に村長の、次いで玉蘭の両親の首が飛んだ。三人とも驚いた顔のまま。

 あまりにも突然の出来事で、その場は一瞬静まり返った。しかし地面にてんてんと落ちた三つの首を見て、我に返った誰かの悲鳴が上がる。

 こうして突如として村狩りが始まった。琉鴛は咄嗟の判断で李鴦を背後へと突き飛ばす。


「逃げろ李鴦ッ! 早く!!」

「え、あ、りゅ、琉鴛は!?」

「僕のことはいいから早く行け! すぐ追いつく!」


 鬼気迫る琉鴛の気迫に押され、李鴦は言われた通り村の奥へ向かって駆け出した。もとより村の入り口は武官たちによって塞がれている。逃げるとしたら奥に行くしかない。たとえそれが愚策でしかないとしてもだ。


「李鴦ちゃん、こっち!」

「男連中が食い止めてる間に早く!」


 同じく難を逃れていたご婦人たちが、李鴦を安全な物陰へと誘導してくれる。だが村の男たちが抵抗していると聞いて血の気が引けた。武官たちを相手に戦うだなんて、いくらなんでも無謀すぎる。


「ど、どうしてそんな」

「どうしてって、あたしらみんな李鴦ちゃんのおかげで今日まで生きてこられたんじゃないか!」

「今度はあたしらがあんたを生かす番だよ! ほら、ちゃんと隠れなさい!」


 思わぬ返答に絶句した。……そんなことのために。


「それにあんたを死なせたらあたしらが琉鴛に殺されちまうしね!」

「考えただけで怖いねえ……あの綺麗な顔で凄まれたら一発で息の根が止まるよ」


 こんな時までご婦人たちはにぎやかだ。だがその時、後方で黒煙が上がるのが見えた。


「まずいっ! あいつら村ごと燃やすつもりだよ!」

「なんだって!? ったく、王都の連中は血も涙もないって本当だね!」


 ここは危険だとさらに移動しようとした時、ちょうど角を曲がってきた誰かと真正面から鉢合わせてしまった。反射的に青ざめた李鴦だったが、幸いにも鉢合わせた相手は武官たちではなかった。


「李鴦ッ!」

「無事か、李鴦ちゃん!」


 その顔と声に、李鴦は思わず泣きそうになった。


「父さん! 棗おじさん! 琉鴛!」


 李鴦の父と、琉鴛の父と、先ほど別れた琉鴛がそこにいた。三人ともボロボロの満身創痍で、武官たちから奪ったと思われる剣を手にしている。合流するなり李鴦の父は娘を守ってくれていたご婦人たちに深く頭を下げた。


「娘のためにここまでしてくださり……どう感謝すればいいか」

「いやだね茗さん、顔を上げてちょうだいな」

「そうよ。あたしらは当然のことをしたまでさ」


 頼もしすぎるご婦人たちに、李鴦の父は苦笑しながら顔を上げる。

 しかし、のんびり話している暇はない。村のあちこちで火の手が上がり、武官たちの怒号や人々の悲鳴がはっきりと聞こえてきていた。見つかるのも時間の問題だろう。

 父二人は黙って剣を握り直した。かつての朋輩を散々斬り殺して、すでに剣よりも体のほうが軋んできている自覚がある。それでも、あと少しだけ。


「すまん、琉鴛。李鴦のこと、頼んでもいいか」

「もちろん。茗おじさんこそ親父が足手纏いになるかもしれないけど、できれば見捨てないでやって」

「おいコラ琉鴛、誰が足手纏いだと?」


 この期に及んで喧嘩をする棗親子。ちなみにこの時点でご婦人たちは全員姿を消しており、その的確な判断力と行動力には脱帽するしかない。


 一方、李鴦はきつく口元を引き結んでいた。苦々しさが喉元までせり上がってきて、怒りと悲しみで目が眩みそうだ。

 誰がなんと言おうと、自分のせいでこの惨劇が起きたことは明らかだった。もっとうまく立ち回っていればと悔やむ反面、この最悪な現実を予期できなかった自分の無能さに吐き気がする。

 だがそんな泣き言を口にすれば、あろうことか男たち三人は揃って呆れた顔をしたのだ。


「なにを言い出すかと思えば。馬鹿だなあ、さすがは俺の娘」

「この村の誰も李鴦ちゃんを責めるわけねえだろ」

「李鴦は悪くない。悪いのはこんな馬鹿な命令を下した王様だよ」


 仙女の愛し子の肉親は、存在していてはいけない。だがこの小さな集落においては、誰かしら血が繋がっているということも珍しくはなかった。そのため村ごと殲滅せよという勅命が下ったのだと、武官たちが話していた内容を盗み聞きして知った三人である。


「だから李鴦。生きろ」

「父さん……」

「大丈夫だ、お前は一人じゃない。琉鴛がいる」


 合流してからというもの、琉鴛は李鴦を落ち着かせるようにずっとその肩を抱いていた。まるで兄妹のごとき距離感であるが、恐らく周囲が思っている以上に二人の間の絆は強い。だから。

 その時、背後から武官たちの怒声が響いた。


「おい、まだ生き残りがいたぞ!」

「殺せ! この村の人間は全員殺すようにとの勅命だ!」


 琉鴛が李鴦を連れて駆け出したのと、父たちがあえて目立つ場所へと躍り出たのとは、ほぼ同時だった。別れの言葉を交わすことすら叶わず、親子はついに離れ離れになる。

 押し寄せる武官たちに向けて剣を構えながら、ふと琉鴛の父が「そういえば」と呟いた。


「うちの家内もさ、あの二人のことをすげえ心配してたんだよな。やっぱ例の伝承のせいかね」

「ああ、あれか。まあ奥方は王妹だったわけだし、そりゃ心配にもなるだろうさ」


 ――仙女の愛し子の守り手こそが、王たり得る。


 紛れもない王家の血筋で、かつ李鴦をずっと守ってきた琉鴛。そんな彼の存在が明るみになったら、玉座を脅かしかねないと危険視されて消される可能性があった。心配するなというほうが無理だろう。


 それでも、たとえ茨の道であったとしても。どうか生きて幸せになれ。

 背中合わせで剣を振るい続けた父たちは、そう願って最期まで晴れやかに笑っていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 仙女の愛し子とは、どこまでの力を持つのでしょうか。 この惨劇を回避することはできなかったところから、特に不思議な力を持っているわけでもなさそうで、知恵を持つ者のことを指しているのでしょ…
[一言] 【タイトル】内容の予想はつかないが、あまり愉快な話ではなさそうだ。 【あらすじ】玉蘭が主役で、謎の鍵を握る李鴦と琉鴛(読めない)を追う話、なのか。 【本文】あらすじの情報が絞られていたため、…
[気になる点] 中華風なストーリーですけど、人の苗字と名前はちょっと変かな?小さい村ならまず難しい漢字を名前を付かないかも?そして、李鴦、琉鴛……本当の中国人は多分こんな名前を付けないと思います。まあ…
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