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2-13 島流しされた濡れ衣令嬢、絶海の孤島で赤竜と出会う。

 公爵家の貴族令嬢アミュレット・ノーズは代々魔法に長けている家系に生まれ、その生涯を王太子に嫁ぐため捧げてきた。しかし王家の秘術書の盗難未遂事件が起き、魔法に貪欲な家柄の出なのもあって王太子に近かったアミュレットは真っ先に疑われてしまう。

 それでも王太子を心の底から敬愛していたアミュレットは楯突くこともなく、王太子の誤った選択を受け入れ、その短い人生に幕を下ろすことにした……。


(この先は、公爵家の貴族令嬢ではなく、ただ一人のアミュレットとして過ごしてみよう)


 流刑地にて、野垂れ死ぬまでのわずかな猶予を与えられたアミュレットはこれまでの人生を思い返し、生まれて初めて自分らしく生きてみることを選ぶ。

 しかし舞台は手付かずの大地に危険な魔物がいる、絶海の孤島。

 そこでアミュレットは偶然にも赤竜と出会い、図らずも彼に気に入れられ、予想だにしていなかった『生活』を送ることになる。

 ユリウス王太子殿下のもとに嫁ぐため捧げてきた十六年間の人生が、このような追放処分で幕閉じになるとは。

 舞踏会の場で婚約破棄を言い渡されてから、ここに至るまでの記憶がない。

 華やかなドレスを着ていたところから一転、いつの間にかぼろきれのような衣服に手枷を付けた姿の私は、転移魔法陣の上に乗せられていた。


「アミュレット。君の愛は本物だと信じていた。なのに君の見ていたものは、僕ではなく王家に伝わる秘術書だったとはね」

「……私の愛は本物でございます。殿下」

「いいや、信じられない」


 王太子殿下が背をお向けになる。すると、私の周囲を取り囲む魔導師が転移魔法陣を起動させる。

 突如として、フッ――、と足元が抜ける感覚。

 宙に放り出された私は、砂浜に落下した。


 数日ぶりの日光により、眩む視界と波の音。潮の匂い。暖かな砂の感触を確かめたあと、ようやく外の明るさに慣れた私は目の前に広がる青空とどこまでも続く水平線を認める。

 ああ、私の人生はこれで終わりなのだ。


 流刑地は絶海の孤島であった。



 ……――この先は、公爵家の貴族令嬢アミュレット・ノーズではなく、ただ一人のアミュレットとして過ごしてみよう。

 しばらくして気持ちを切り替えた私は、そんなことを思いながら立ち上がった。

 どうも後ろ向きな考えはこの海を眺めているうちに消え去ったみたいだ。不思議と湧いて出た活力をもとに、私はまず海岸沿いを回ってみることにする。


 しかし、ほどなくして荒々しい岩石が立ち塞がるので、行き場のなくなった私は進行方向を切り替えて森のなかへ無造作に入り込むことにした。

 獣道を通る。人の手が加わっていない森だ。蔓が視界を遮り、虫の気配を至るところで感じ、鳥とも魔物とも区別の付かない妙な鳴き声がよく反響する。


 小川のせせらぎに誘われて、発見した川水を口にした。綺麗な水だった。

 島の全体を見てみたい――。そんな漠然とした思いから、小川を辿るようにして緩やかな傾斜を登ることに決める。

 もはや死を待つだけの私は、目先の好奇心に素直に従った。


「……………」

 それが、どうも悪手だったらしい。


 小川沿いはやや開けているので私の明るい髪色は特に目立ちやすいのかもしれない。気付くと妙に静まり返った森のなか、なにかに見られているような気がする。

 足を止め、じっと目を凝らす。

 嫌な予感は的中した。

 そこにはマンティコアの近縁種がいた。


「――っ!」


 マンティコアは雑食性の魔物で、その土地の生態系を一纏めにしたような複雑で醜悪な姿形をする。マンティコアを見ればその土地の主な生物が分かるとされるほどだ。この島では人が生態系に組み込まれていないので、大陸で見るような人面の四足獣姿をしてはいないが、爬虫類のような頭部に牛のような角、退化した短い前足に発達した後ろ足、尾には蛇を携える、馬と同じ大きさをしたマンティコアが私を獲物に見定めていた。

 これは、まずい。平時であれば魔法で撃退できるが、いまは手枷のせいで呪文を編むことができない。


 ――死ぬにしても――。


 まだ痛い思いをしたくなかった私は、確認と同時に一目散に逃げ出した。

 クルルルルッ、という鳥に似た鳴き声を挙げて、マンティコアは私を追いかけてくる。


 獣道を外れた。どこに行けばいいか分からない。無我夢中で走る。必死になって逃げ続けて、その果てに私は、足を踏み外すと高い位置から転落してしまった。

 傾斜をごろごろと転がって木の根に引っかかり命拾いをする。崖の上では諦めの悪いマンティコアが二の足を踏んでいるところで、もたもたしていてはじきに飛び掛かってくるだろう。

 このままでは捕食されてしまう。すぐに起き上がって走り出した私は勢いのまま坂を下り、やがて導かれるように森を抜けた。


 ――草木を掻き分けて躍り出た瞬間、眼前に巨大な赤竜の頭部が出現し、生温かい寝息に煽られて、怯んだ私は尻餅をついてしまった。

 腰が抜けて、立てなくなった。


 後方から追いかけてきたマンティコアが、すんでのところで目の前の竜に気付き狼狽える。それもそうだ、竜の頭はマンティコアを丸々呑み込めてしまうほどの大きさをしていて、到底敵う相手ではない。

 目の前で腰の抜けた獲物とその奥にいる絶対的な強者を見比べ、怖気付いたマンティコアは撤退を選んだようだった。

 私はなんとか命拾いをした。


「……っ」


 しかし、安心はできない。目の前の赤竜はいまでこそ寝ているものの、気付かれたら、どうなるか分からない。ここまで竜に接近したことはない。

 刺激しないよう、そうっとした動作で体を起こし、一度どこかへ身を隠そうと考える……。


〝動くな〟


 心臓を掌握されたような錯覚を起こす重低音が私の鼓膜を超えた内側に響き、とたんに身動きが取れなくなった。目を向けると、赤竜が瞼を開けていたことに気付き、私は青ざめる。

 赤竜は首を持ち上げる。


〝どうやってこの地へ来た〟


 私は息を入れ直し、努めて冷静に答えた。


「……追放されました」


 嘲笑するような鼻息が私の身を包む。


〝国賊の類いか〟

「いいえ」


 それは不適切だ。

 私にとって王太子殿下への愛は、本物である。誰に仕組まれたか、目まぐるしく変化する状況とあまりのショックに頭が真っ白になっていたが、耳に残る『僕を裏切ったのか』という言葉も『求めたのは王家に伝わる秘術書』という言葉も私には身に覚えがない。


〝ならば、何故〟

「それが私の天命だからです」


 しかし、王太子殿下がそう信じられるのなら仕方ない。

 そう疑われてしまったのなら私が悪い。


 これは信用を勝ち取れなかった私の落ち度。私はこの運命を受け入れている。身の潔白を主張することで一度は公の場で私を疑った王太子殿下の顔に泥を塗ってしまうのであれば、私はこのまま身を委ねることを選ぶ。問題はない。王太子殿下であれば必ず真相に辿り着くだろうし、いずれ王太子殿下があの処刑は誤りであったとお気付きになったときに少しでも私のことを思ってくだされば、それで。

 この地に辿り着いた時点で、アミュレット・ノーズの役割は終わったのだ。


〝年はいくつだ〟

「今年で、十六になりました」

〝我の爪先ほども生きておらぬではないか〟


 赤竜は呆れたように顎を地につける。向こうを向いたので鼻息を被らなくなったが、その瞳は私を品定めするようにこちらを向いている。


〝それで天命とは、笑わせる〟

「……すみません」


 目を伏せる。耐え難い緊張感に、呼吸の仕方を忘れてしまいそうだ。竜の機嫌を窺うことは難しい。


〝いま、貴様はなにを思う〟


 問いかけられて、その真意を探るのに時間がかかった。間違っても、いまの率直な気持ちを知りたいわけではないだろう。『いま』とは『ここに来て』という意味だ。

 私は慎重に、いまの思いを形にするための言葉を探る。


「……生きている、心地がします」


 それは初めての経験だったように思う。


 ここに来て、初めて周りに人がいない時間だった。誰も私を見ていない。私がなにをしようと、誰も気にしない。期待の目もなく、羨望の目もなく、怨む目つきもなく。私のしたい選択をできる。私の好きに振る舞える。

『アミュレット・ノーズ』という鳥かごの外にいる気分だった。


 だから、『ただ一人のアミュレット』になろうと思えたのだ。

 この地に飛ばされてきて、わずかに残された私のためのこの数時間。


 赤竜は私の言葉を一笑に付したが、それは先ほどの嘲笑よりも湿り気のない乾風のような息吹だった。


〝全てを受け入れた果てに生の実感を得たとでも言うか。遅い人の子だ〟

「…………はい」

〝であれば、どうする。我が、この場で貴様を喰うと言ったら〟


 肌が粟立つような怖気を全身で感じた。試されているのだ、私は。一度は大層に『天命』と宣った私が、ここで生にもがくのか甘んじて受け入れるのかを、試されている。

 だが、私は一度もブレたつもりはない。

 アミュレット・ノーズとしての役割を終え、この先はただ一人のアミュレットとして行けるところまで行きたい。

 なので、その命乞いに恥はなかった。


 私は赤竜の目を見つめた。


「いずれは、この地で勝手に朽ち果てる身。どうかその一時の間だけ、見逃してはくれませんか」


 返答は、そう易々と返ってはこない。

 しかし、見間違いでなければ、赤竜の口角がやや持ち上がったような気がする。



〝気に入った。なれば、我の目の届く処で生活せよ〟


「……えっ」



 唖然とした。我の、目の、届く処……。

 どういう意味かをいま一度考える。それは、つまり、私はこの身も心も強張ったままの環境で死ぬまでを生きることになる。

 いや、それはちょっと。

 私の予定が。


「それは、あの」

〝名を申せ〟

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………アミュレットです」

〝そうか。小屋はその辺りに作るといい〟


 ……小屋? 小屋とは?


〝作れぬのか〟

「いえ、魔法を学んでおりますので、それは……」

〝であれば、作れ。そして住め。我は、貴様に興味を持った。なにせ三百年ぶりの、見所のある話し相手だ〟


 ああ、まずい。これはいけない。

 竜のなかで、勝手に話が進んでいる。


「えぇっと……」


 まともな言葉が出てこず、淡水魚のように口をぱくぱくとさせる。


〝どうした〟


 赤竜が顔を寄せてくる。

 またも、頭が真っ白になってしまいそうだった。

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[一言] 【タイトル】この手の作品で島流しされる、というのは珍しい。 【あらすじ】出会ってどうなる、という部分をもったいぶる。おそらく「立場に縛られるのをやめる」のが大事な部分だから、そこはまあいいの…
[一言] その土地の生態系が身体に現れているマンティコア。 ゾッとするけれどちょっと便利……。 赤竜と話すうちに自分の本心に目を向けていくアミュレット。 内向的ですごく誠実に言葉を口にするところ、赤竜…
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