卒業
入学して今に至るまで隣の席にはいつも彼女がいた。
楽しいときも、嫌なときも、苦しいときも、寂しいときも、一人になりたいときも。
彼女は友達が少ないというわけではない。むしろ多いほうだ。彼女を見かけるたびに常に誰かといる気がする。あるときは友達と、あるときは先輩と、あるときは先生と、またあるときは俺と……。
俺の隣にはずっといつもあいつがいると思ってた。これからも……ずっとその先も。
そんな当たり前だと思っていた日常は当たり前じゃなくて。
そんな俺も卒業式が間近に迫ってきた。ここを卒業すれば大学に行く。何か目標があるわけでもなくとりあえず大学ぐらいは出た方がいいかと考えてのことだ。俺が卒業するということは当然同じクラスである彼女も卒業するということだ。
そういえば彼女は卒業後の進路はどうするのだろうか?進学だろうか?就職だろうか?
一度知りたいと思えばその欲求はどんどん肥大化していくわけで、思い切って本人に訪ねてみることにした。
「ねぇ……」
隣の席の彼女に声をかけてみようと顔を向ける。しかし、そこに彼女はいなかった。
「あれ?」
辺りを見回しても姿は見つからない。その様子に気づいた同じクラスメイトが声をかけた。
「桜さんならさっき教室出て行ったよ。何だか先生にそう呼ばれたんだって」
「え?」
全然気づかなかった。先程までお昼を食べていたというのに。クラスメイトにお礼を言い彼女の元へ向かう。呼ばれたということは職員室だろうか?到着し先生に尋ねてみた。だが、返答は望ましくないものだった。
「桜さんならさっき所属している部活の後輩たちと一緒にどこか行ったわよ。きっと体育館じゃないかしら?」
それを聞いて体育館へ急ぐもすでに彼女の姿は無く近くにいた女子生徒が「先輩なら教室へ戻った」と聞いて教室へ引き返した。
思えば俺は彼女のことをほとんど知らない。毎日教室で話しかけられて彼女のことを分かった気になっていただけだった。彼女の趣味、好きな食べ物、休みの日の過ごし方、そして卒業後彼女がどこへ行くのか。俺の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。
無我夢中で駆ける。教室の扉を開け中へ。そこに彼女はいた。
「あっ、岩永くん。どうしたの?」
「……い、いや。そ、その……えっと……」
「?」
彼女を目の前に頭が真っ白になる。あれだけ頭で反芻した言葉が消え、軽いパニック状態になった。何か言わなければと焦り始める。焦燥感が言葉を詰まらせる。
「もうすぐ卒業だね」
「えっ?」
先に口を開いたのは意外にも彼女だった。
「岩永くんは大学なんだよね?」
「うん」
沈黙。この数秒が世界で一番長く感じる。彼女は僕の進路を知っている。人脈が広い彼女ならどこかで耳に入ったんだろう。
それに比べ僕は……。なにをしているんだ。聞くなら今じゃないか。もし今を逃せば……。これが彼女と最後の会話になるかもしれない。緊張してのどが渇く。声がうまく出ない。
「私もなんだ」
「えっ?」
沈黙を先に破ったのは彼女だった。
「私も岩永くんと同じ大学に通うの。だから4月からもよろしくね」
そう言って手を差し伸べた。彼女は何も変わらなかった。知り合ったときと同じ優しい声と手。
でも僕は変わらないといけない。
「あのさ……ありがとう」
彼女は不思議に見つめている。僕は言葉を止めなかった。出会ってくれたこと、声をかけてくれたこと、仲良くしてくれたこと、一語一句正直に素直な気持ちで。
「どういたしまして」
彼女は笑顔で胸を張った。
~FIN~