表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

甦る悪魔

(注:前作“シャイザレオン 〈上〉”とはだいぶ雰囲気が変わると思われますので、注意してください。

   ところどころぐろいところが出たりしちゃったりしなかったりします。

 閃く光り、裂ける空――、降り注ぐ雨嵐をその身に受けて飛ぶ戦闘機。

 悪天候という言葉だけでは表しきれないその光景に、今夜こそ相応しい日はないだろうと、ニシナ・エイサンは溜息をついた。

 彼女は反救世団を掲げる武装組織、“リスナー”に所属しているパイロットであり、現在はその使命を全うすべく、この荒れ狂う夜景を彩る部品のひとつとして、空を飛んでいる。

 時折、この暗い空を照らす光りを迷惑そうに睨み、ニシナは通信を開いた。

「こちらニシナ・エイサン。アルーム、ディーク、聞こえましたらどうぞ」

 緊張に凍えるその口調に、アルーム・リゼインは力を抜くよう、彼女に言った。しかしニシナはそれを拒否するように首を横に振る。遊びに来ているわけではないのだぞと――

 アルームはそれに思わず嘆息する。そんなことは言われるまでもないと。ニシナは現在位置を報告し、レーダーに映った影に眉を潜めた。

「きた――、たぶん“救世団”のマシンロボ」

「戦闘機に追いつくようなパワーを持つマシンロボは、救世団しか持ってないだろ」

 息をつくアルーム。ディーク・ファットマンは手はず通りに頼むと短く言葉を発し、ニシナはそれに答える。

 サブモニターに背後の映像を映し、雷光閃くその闇に、白く浮かび上がる影を捉える。鋼の翼を開き、雨にも負けぬ強い炎を噴射するマシンロボ。

 ニシナはそれから逃れるためにスラスターの出力をあげ、地上へ降下する。それを追うマシンロボに、にやりと顔を歪めた。

「そうそう――! しっかりついてこいよ」

 荒れる雪原を駆け抜けて、ニシナは機体を回頭させて闇夜を裂くマシンロボを正面に捉える。

 黒い外観に線の細いその姿――鋼の翼を開き、彼女を目指して赤い光りの灯るセンサーが、この闇に鈍く映る。

 ニシナを追い上げ、今にも襲い掛からんとするその光景たるや。

 身震いした体を抑え付けて、ニシナは猛る感情を抑えて唇を舐め、歯を食いしばる。

「――うおおおおおぉぉっ」

 雄叫びをあげて機銃をその装甲に撃ち込み、同時に減速したマシンロボの脇をすり抜けて急上昇していく。唐突な攻撃に驚いたのか、マシンロボは即座には反応できなかったようだが、その後を追うべくこちらも上昇する。

 これに抗議の声をあげたのはアルームだった。

「止めろ、ニシナ! 交戦は避けろ! 勝てるわけがないだろうが!」

「私は、救世団と戦うためにリスナーに入ったんだ。命令通り、囮になっているんだからそれでいいでしょう!」

「ニシナ!」

 追い上げ、火を噴くマシンロボに喉を鳴らし、見開いた目は瞬きすまいとそれを捉える。各所に設置されたスラスターで方向を切り替え、マシンロボを翻弄する。その動きは彼女の操作技術を褒めるべきなのだろうが、この性能差を埋めるたのはただ単に、マシンロボの操縦者の腕が悪いだけなのかも知れない。

 機銃を乱射しつつ、目的地へ向かう戦闘機に向かってその手に持ったライフルを撃つも当たらず――

「もう十分だ、ニシナ。俺もディークも目的地点到達、早くそいつを撒いてこっちに来い!」

 アルームの言葉に肩を落とし、しようがないと溜息をつく。元より勝てるつもりなどはない。ニシナは笑みを浮かべて操縦席を開く。

 思わず動きを止めたマシンロボに、パイロットスーツを着込んだ彼女はウインクしてみせて、手に持ったボール状の爆弾を投げつける。同時に操縦席に戻り、次いでパワーを最大にまであげて真っ直ぐに駆け抜ける。

 直後にその背後で炸裂した光り――センサーさえ灼くその光りを受ければ、いかなマシンロボと言えど無事ではすまない。完全に動きを止めたそれをレーダーで確認しながら、ニシナは楽しげに声をあげて笑った。



  〜◇■◇■◇〜



 雪原に隠れたその場所――まるで丘のようにその身を雨水の混じった吹雪にさらすドームの中にニシナはいた。機体を灯りのついた基地の入り口に向けてひた走り、覗いた車輪でレールに接地すると同時にブレーキをかける。

 動きを止めたマシンから降りたニシナに向けられた言葉は、罵声だった。顔をしかめたその視線の先に、大柄の男が二人が歩み寄る。アルーム・リゼイン、ディーク・ファットマンの両名だった。

 また説教かとばかりに顔を俯け、これ見よがしに息を吐く。

「お前なあ……溜息をつきたいのはこっちだぞ。ただでさえ、この作戦に代わりはいないんだ、くれぐれも無茶はするな」

 ヘルメットを取り、耳をかくその様に、聞いているのかと声を荒げる。

 実際、その言葉のほとんどは入り口を閉じる機械の作動音により掻き消されており、耳に届いていなかったが、言いたいことならば理解できる。ニシナはアルームを見上げて謝罪した。

「お前の気持ちもわからないでもない。けどな、俺たちしか――、俺たちしかいないんだぞ、この三人しか。こんなんで……、お前も組織(リスナー)に入ったからには、もう少し区別をつけろよ」

 優しく諭すように言われて、ニシナは唇を噛み締めた。わかったよと口だけの言葉を吐く。いつもの対応に、アルームは顔を歪めた。

 そんな様子を見て、笑う男が一人――不機嫌そうに視線を向けて、ニシナはアルームに対してこの人物が誰かと問う。

「ば、馬鹿、お前――この基地の副司令官だぞ!」

 思わずその頭を叩いて、すでに敬礼しているディークに続く。ニシナは馬鹿力で叩くなと憤りながらも、彼らに倣うようにして敬礼を行った。ただ、彼らのように姿勢を正してはいなかったが。

 笑っていた男は、もう少し楽にしてくれていいと言うと、後ろに束ねた髪が自分の肩に乗っているのに気づいてそれを払う。

「君たちがパイロット志願をした三名のパイロットか。調書は読ませてもらった」

 中々に優秀な面子が揃ってくれて、嬉しく思っているよ。

 副司令官――大層な肩書きの割には線も細く、それほど歳もとっていないように見える男にニシナは目を細めた。彼は後ろに回した手を開いて敬礼する。

「勤めご苦労、諸君。志願してくれたこと、作戦の第二段階が無事、終了したこと――ここまでくれば、もうこの作戦も成功したと同じだ。

 このリスナー第一司令基地“グラン・ス・ファーファ”、総手で君たちに感謝の意を表明する」

 これまで払った多大な犠牲も、君たちの勇気によって報われるだろう。

 その言葉がアルームの胸を打ち、感極まったように震えたが、すぐに「ありがとうございます」と深々、頭を垂れた。

 そんなの、どうでもいいけれど――と、ニシナが口を開く。

「彼方の名前、まだ聞いてない」

 基地が総手と言う割には一人であるし――、意地の悪い笑みを浮かべたニシナへ慌てて詰め寄るアルームを制し、喉の奥で押し殺した笑い声をあげる。

 その様を不愉快そうに見つめたニシナに、「これは失敬」と、とくにそうも思っていないであろう言葉をさらりと零し、自分の胸に手を置いた。

「私の名はミシェル・フリーク・デグモーラ。このグラン・ス・ファーファ、そしてリスナーの副司令官としての座を持っているが、堅苦しいのはあまり好きではない。ミシェルと呼んでくれて結構だ」

 柔らかな態度の男、ミシェルに思わず非難の声をあげるアルーム。ニシナは半年ほど前にゲリラ放送された言葉を思い出し、この男がと目を細める。

 とりあえず、とでも言うように彼女も自己紹介を始めようとするが、すでに調書で読んだとして制される。

 ああ、そうですか――、思わず不機嫌な顔でそっぽを向いた彼女に笑みをひとつだけ送り、三人を正面に捕らえてミシェルは真剣な表情を作った。

「さきほどの質問に答えよう。私は副司令官であるが、現状の指揮権の全ては私にあると思ってくれて結構だ。だから、私の意志は基地の総意――、そして彼らは君たちのような志願者とは違う。関わりたくはないのだ……わかってやってくれ」

 ミシェルの言葉に、アルームは心得ているとばかりに胸を張って答えた。

 そう、すでに心に決めたこと――この先に自分の未来があるか、それともそれは真っ黒に塗りつぶされ消えているのか。彼ら三名は、仲間内からも“悪魔の生贄”と呼ばれていた。実際その通りであり、その悪魔と呼ばれる存在に乗ることを志願してから、彼らは同じリスナーという組織の中でも孤立していったのだ。

 もっとも、新参者であるニシナにとってはどうでもいいことであったのだが。

 ミシェルは答える彼らに頷き、収容された三機のマシンを見上げて唸る。

「これが――、か。二十年ほど前に日本で製造された――」

 禍々しき太陽、ディジーフィルの悪魔――、物騒なふたつなばかりをつけられたそれの装甲に手を置いて、ミシェルはその目を閉じた。

 この日、この瞬間のために散っていった多くの同胞よ。不本意ながらも私の決断に従ってくれた英兵たちよ――

「……諸君。私は、君たちに死刑宣告を通達したも同じなのかも知れないな」

「……かも知れません。しかし、私たちは彼方の言う可能性を信じています」

 ディークはミシェルの言葉に答え、静かに笑った。

 彼は振り返らず、しかしその言葉に優しく微笑んだ。だがそれも僅かなことで、この基地の全てに警報が鳴り響く。

 その音量に目を丸くして耳を抑えるニシナ、アルームとディークは苦い顔をしてそれを見る。

「私だ。なにがあった?」

 薄い板状の通信用の端末を取り出して報告を聞く。敵襲であると――慌てふためくその言葉にミシェルは思わず顔を歪めた。

 ここは基地だぞ、敵が来ることなど承知の上。にも関わらずこれほどに混乱するとは――

 視線を三人へ向けて、ミシェルは唇を歪めた。

「警報を止めよ。早速だ、実戦テストといこうじゃないか」

「……は? し、しかし副指令――」

 通信を一方的に切り、ミシェルは彼ら三名へ振り返る。姿勢を正す両名、警報を迷惑そうな顔で見上げるニシナを順に視界に収めて、敵がきたと告げる。

 やはり、ニシナが尾行されていたか――、呻くアルームに自分のせいではないと抗議する。しかし、それは問題ではないのだと告げて、ミシェルは彼らに出撃を言い渡した。

「し、しかし、自分たちが操縦したのは今日が初めてで……」

 アルームは背を向ける副司令官に慌てるが、この半年もの間、腐るほどシミュレーションならば行ったであろうと一蹴する。尚も言い募るアルームに、ミシェルは鋼を思わせる冷たい顔で振り向いた。

「勘違いしているようだが、これは命令だ。君たちに拒否権などはない」

「――あ……」

 口を慎んでくれて結構、アルーム。

 呻いた彼に微笑し、ミシェルはそのまま歩き始めた。

 出撃は十分後、各機の弾薬補充を済ませるまでは我が部隊が牽制する。

 ミシェルのその言葉に力なく頷く。その落ちた肩に手を置いて、ニシナが笑う。

 これまで払った犠牲というものが報われるチャンスだと。

「……お前は俺と怖いものが違うな、まるで」

 彼の言葉にニシナは思わず目を丸くして、にやりと笑う。

 怖いからこそ、楽しまなければ人は生きていけないのだと――そう零して。



「見つけたぞ、小汚い鼠どもの巣穴を」

 警報を鳴らしてその身を揺らすドーム状のそれに、男――ユーゴー・スタイルは意地の悪い笑みを浮かべた。

 いまさら慌てたところで、貴様らにその未来はないのだと鋼の翼を開いて荒れる雪原に舞い降りる。

 その手に携えたライフルの代わりに、肩に背負ったキャノン砲を向けた。

「この世界を狂わした悪魔を復活させるだと――、ハ! リスナーめ、ただただ狐に狩られる兎であればいいものを」

 が、それも終わり――、どれだけ強固のシェルターだろうと、マシンロボの威力には耐えられない。

 ここでその邪な志を半ばに、死した者、一人一人に詫びるがいい――、ユーゴーは怒りを顕に罵った。

「貴様らなどにこの世界を潰させはしない――、救世団は、お前らのような背徳者を許しはしない!」

 滅びろ――握るグリップのトリガーを引こうとしたユーゴーは、光りを灯した基地を見て思わずその指を止める。

 抵抗するのか――ならばそうしろ、苦しみ抜け。

 ライフルを構えて飛び立つ複数の戦闘機、基地よりいずる戦車――どれも旧式ばかりではあるが、まがりなりにも鉄の弾丸を発射するのだ。油断はできない。

 それを身に受け続ければ――の話ではあるが。

 ユーゴーは迫る戦闘機に照準を定め、次々と撃墜していく。内の数機がミサイルを発射したが、それは胸部に搭載されたフレアを放出して無効化する。

 頭上を過ぎた戦闘機を追うべく翼を開き、砲撃を集中する戦車を見下ろし笑う。

「鳥を狙うとは、行き過ぎた蟻どもだ。鳥ですら歯牙にかけないお前らが、それを相手にしてもらおうと躍起になるのは、滑稽でならんよ」

 行け、ガン・スナッパー!

 ユーゴーの言葉とともに、開いた鋼の翼から、羽毛のような子機が無数に射出され、乱れ飛ぶ。一枚の葉のような姿であったそれは開いて小さな飛行機を思わせる姿を取ると、その中心に取り付けられた対物ライフルで戦車を襲う。

 激しい攻撃に次々と破壊されていく戦車、あっさりと追いすがれて撃墜していく戦闘機を見てさも愉しそうに笑う。

「情けない――、どうしたリスナー、これで終わりか? 無用な欲にかられるからこうなるのだ。我ら救世団に従い、忠誠を請え」

 もっとも、もう遅いがな。

 哄笑を上げて蹂躙の限りを尽くす子機、ガン・スナッパーへ命令を伝達し、その翼に収める。

 すでに動く物もなく、こんなものかと嘆息する。すでにその目は基地を捉え――

「全くもって話にならんなぁ、マシンロボの一機すらも配備されていない基地を相手に暴れるというのも、気が引けて来る」

 新たに基地より飛び立つ兵器群に溜息をついた。第二陣――、そんなものが準備している間に貴様らの同士は潰えたぞと、嘆息してみせる。

 お前らも所詮はただの生贄でしかない――愚かな行いの代償を受けろ。

「貴様らを浄化してやるのはこの俺、救世団所属ユーゴー・スタイルと、鋼の翼ランデイルだ。

 行くぞ、変異体(ミュータント)の如き汚らわしき咎人どもめ」



「ヤガル部隊、全滅――!」

「フォー・グレイフ部隊、出ます――ああ、なんてことだ、圧倒的じゃないか!」

「怯むな、当てろ! 当てさえすればマシンロボだって……!」

「部隊単位で行動しろ、隊列乱すな! ――な、なにッ……うわああぁぁ!」

「駄目です、砲撃が当たりません! 管制塔、援護を――!」

「野郎、こんなの、勝てるわけが……」

 通信機から漏れる悲鳴、悲鳴、悲鳴。

 出撃しては次々と掻き消される命の残滓が司令室に響く。ミシェルは判断を仰ぐ通信士、ファスカー・レイセルに対して現状維持と命令を下す。

 現状――、飛び立つごとに消える命をそのままにしろと言うのだ。

「し、しかしミシェル副指令、このままでは我がグラン・ス・ファーファの戦力が全滅してしまいます。せめて管制塔への砲撃許可を」

「許可はしない。ここの全貌を彼らに現段階で見せるわけにはいかん。現状の我が残存兵力を空にしてでも時間を稼げ」

「し、しかしそれでは、無駄死にです」

 あんまりだと、首を横に振るファスカーにミシェルは微笑んだ。

 無駄ではない、必要のための犠牲だと。

「格納庫の状況は?」

「は、弾薬の補充は行われたとのことですが、合体するためのスペースが確保できないと」

 ならば、実際に外でやらせろ。

 ミシェルは言うと、援軍要請を制した。次が最後――、アルームらの乗る三機のマシンを無事に発進させるための囮として同時に出撃せよとの令を下す。

 それは、つまり――

「――ああ。彼らのために死ねと言え」

 思わず口ごもったファスカーに、ミシェルはあっさりと言ってのけた。

 あまりに冷徹な――、しかしファスカーは唇を噛み締めてそれを受け、今だ戦場で戦い続ける同胞と、そして格納庫で死を待つ同胞たちへ命令を伝えた。



 その言葉が落ちたとき、格納庫で作業を進めていた彼らの動きが一斉に止まった。アルームもそれは同様で、思わずディークと顔を見合わせる。ニシナはその意味をよく理解していないようだったが、張り詰めていた空気が更に悪化したことだけは肌で感じていた。

 今まさに死地へ赴こうとしていた彼らの陰鬱な視線が、ニシナの身に突き刺さる。

「どういうことだよ……俺たちに死ねって言ってるのか」

「一緒に出ろだって? この世界を狂わせたあれと一緒にか?」

 その目に色濃く映る不満の色――、冗談じゃないと敵意すら見せる彼らに、ニシナを守るように前に出たディークとアルーム。その身を守られるということに彼女は思わず顔をしかめた。

 なにしてんだよ、お前ら。

 険悪な空気を引き裂いて、パイロットスーツ姿の女が前へ出る。ヘルメットを小脇に抱え、がっしりとした体格、右目に施された笑顔マークのついたアイ・パッチが印象的な女性だった。

 彼女は口にくわえた煙草を揉み消して、周囲の人間を一瞥する。その登場と同時に彼らの口が一様に閉じられたのは、彼女にそれだけの人徳があるということか――、ともかくその女は唇を歪めて舌打ちした。

「どうしたよ……たかが壁になるのがそんなに嫌か? 俺たちはリスナーの兵士だろう、いつでも脳漿ぶちまけて死んでやるって気概がないのかよ?」

「わ、わかってんのかよ、姐さん。こいつらが乗ってるマシンを。あれは――」

「――関係ねえ」

 口を開いた男を睨む。誰がそんなことを聞いたかと――その目に怒気が宿る。

 そもそも、この悪魔としか例えようのない存在に対して、怨恨を持たぬ人間がいるだろうか。そんなものはいないし、有り得ないことだと女は断言した。

「このマシンはなぁ、確かに世界を狂わした。こんなのがなけりゃあ良かったなんて、この目が潰れたときから思ってるし、感じてるよ。けどな、リスナーがこれを必要とした以上、俺たちに拒否権なんてない――死ぬのをいちいち選んでんじゃねえよ!」

 一喝する。自分たちに選ぶ力があるのか、その資格があるのかと怒鳴り声をあげる。そんなもの、あるはずがないのだ。

「例えなにを使われていようが兵器は兵器だ。同じ兵器で命の奪い合いをしている手足なだけの俺らが、同じ兵器にぶつくさ文句を言えたことか。口実をつくって逃げてんじゃねえ、命が惜しかったらとっととこの基地から出て行きな」

 のうのうと生を選ぶだけの人間に構ってられるほど、こっちも安くできてはいない――女の言葉に周囲を取り囲んでいた彼らから毒気が抜ける。

 相変わらず姐さんは口が強いなと――それだけを発し、半ばやけくそな雰囲気で自分たちの乗る戦闘機へと急いだ。ただ死だけに向かう彼らを見ても、絶対に生きて帰れ、などという言葉は生じない。

 事実は事実。ただ外に出れば確実な死が転がっているだけだ。それを受け入れずにしてどうするか。

 各員が自分の戦闘機を点検する中、ニシナは女の下へ向かった。出撃を待つ彼女の傍らには、アイ・パッチのマークと同じロゴが描かれた戦闘機がある。こちらはちょうど人ほどの大きさで、右目を閉じてウインクしている。

「……あ、あの――、さっきはありがとうございました」

「……別に……」

 新しい煙草を取り出す彼女に頭を垂れると、それを煩わしそうに睨んでから火をつける。随分と冷たい態度だが、ニシナがまだ言葉を重ねようとすると苛立ってそれを手で制する。

 自分は命令に従うだけだ、そう言って。

「お前らも命令に従って出るんだろう? ならそうすればいい。俺たちも同じだからな。

 だから、俺たちの死に様をその目に焼き付けてな――、元からここにいる奴らなんて誰も彼もキレイな死に方なんてできない奴らばかりだ。それでも――」

 言葉を止め、彼女たちの操縦するマシンへ視線を送る。

 それでも、誰だって死ぬのは嫌だろうさ。自分たちの歪んだ現実を、全て他人に押し付けても――

「俺は違うけどな。たとえ“それ”がきっかけだったとしても、自分の選んだ道をいちいち悲観なんてしてられないだろ?」

「そう、ですね……」

 それだけ答えて黙り込んだ。女は溜息をついて自分の機体へ乗り込もうとする。

 それを慌ててニシナが遮ると荒い口調で、次はなんだと振り返った。その様に臆することもなく、ニシナは女の名前を聞いた。女は呆けたように口を開いて、それから馬鹿にしたように笑う。

「わかってるのか、お前。それって……結構、残酷だぞ」

 今から死ぬ者に――、しかしニシナは首を横に振った。死なせない、全員とは言えないが、救ってみせると。さきほどは言えなかった言葉。

 女はその顔を一瞬だけ怒りに歪めて――、ニシナの視線に力を抜き、表情を和らげる。

「変な期待を持たせるなよ……気休めにもなりやしない」

 お前は面白い奴だ。甘いけれども気に入った。

 女は言ってニシナに背を向けると、彼女の制止を聞き流し、振り返ることもなく手を振った。

「――ニシナ、そろそろ時間だ」

 張り上げたディークの言葉に、ニシナも声を大きく張り上げて返し、自らのマシンへと急ぐ。

 戦闘が始まる。ただ殺されるだけの者と、戦う者とに別れた戦闘が。



 もしも、この世界に神がいるのならば。もしくは、死して行く世界が存在し、そこに神が佇むのならば、こう伝えて欲しい。

「俺が逝ったら真っ先に、その尻を八つ裂きにしてやるってなあ!」

 振り上げた鋼の腕が戦闘機を捉え、砕く。あっさりと弾けて吹き飛ぶ金属片を鼻で笑い、翼を開いて地上に展開する戦車へ降下する。着地と同時に踏み潰し、足を振り回してそれらを蹴散らす。まるで暴れん坊の子供が玩具に対してするようなことを、ユーゴーは実行した。

 狂ったように哄笑を上げ、増援がなくなったことに気づいて笑みを深める。

 ようやく主食へありつけるのかとドーム状の雪に包まれた基地へと視線を向けたとき、今までほどではないが戦闘機が群れを成して一斉に飛び立つ。

 まだあるのかと、多少うんざりしてライフルの照準を合わせて戦闘機を撃墜していく。

 笑みを浮かべるその目に、二機の戦闘機が群れから離れて空を行く。気づけば地上を戦車とは違う巨大な装甲車が駆け抜けていた。内の一機は彼に閃光弾を投げつけた者の乗っていたものだと気づいたとき、こちらが本命かと顔を歪める。

 主力を温存させていた――、それともここから奇襲でも?

「――が、それもいい。叩き潰させてもらう」

 こちらを飛び過ぎる戦闘機を余裕の目で見上げて、それらが縦に並んだのを見て目を細める。上昇し、急降下――雷鳴に照らされたその姿。

 変形している――!

「……ば、馬鹿な、まさか!」

 驚く彼の前で、立ち上がった装甲車に二機の戦闘機が連結し、マシンロボとしての姿を見せる。

 雷光を返し、照り輝く白きその装甲――、彼のマシンロボ、ランデイルに装備されたライトが照射されて、その姿を表す。がっしりとした体格で、彼の物よりも巨大なそれは最初期のマシンロボの構造を思わせる。

 見ているか、我らが同士よ――、奴らは悪魔を復活させた。

「……く、はっは……はっはははははは! 俺は、俺は運がいい! 例え悪名高きそれも、この世界の憎らしき敵も、所詮は過去の遺産――現存するマシンロボの敵ではないことを教えてやる」

 そうして、俺はこの悪魔を討った者として名を轟かせるのだ。

 ユーゴーは背部のスラスターを展開し、純白の輝きを放つ巨兵(マシンロボ)、シャイザレオンへ飛び掛かった。



 どういうことだ――アルームが呻く。

「パワーが上がらない! 各マシンのパワーも三割、いや二割以下――、なんだこりゃあ!」

 悲鳴をあげるそれに構うはずがなく、敵機が接近する。

 操縦していたディークはシャイザレオンを後退させてその突撃をかわそうとするが、あっさりと捉えられて弾き飛ばされる。

 その鋼の体を軋ませて崩れた巨体に、ライフルによる弾丸が容赦なく装甲を撃ち抜いていく。

「な、なにこれ――こんな、カタログスペックの三分の一も性能がない!」

 思わず叫びながらも、ニシナは射撃を行う。胸についた機銃が敵機に向かって火を噴き、空から余裕をもってこちらを見下ろしていたそれは慌てたように回避に移った。

 敵マシンロボとのパワー差はともかく、この機銃の威力ならば撃退も可能だろう――ニシナは喉を鳴らし、アルームに攻撃を、ディークには回避を徹底するように命令した。

 彼らはそれに素直に従い、迫り来るマシンロボを見上げる。

「――照準、ミサイル発射!」

 アルームの言葉と同時にシャイザレオンの脹脛部分の装甲が展開し、白煙が昇る。それに対してフレアをばら撒き、高速移動でミサイルを撹乱し、鋼の翼をまるで威嚇するかのように開く敵機。

 同時に、無数の光りがその羽から生まれる。

「――、ATAW確認!」

 ATAW、自律型攻撃兵器のことである。ニシナはディークの言葉に目を一杯に開き、銃型のコントローラーを握って構える。

「了解、撃ち落す!」

 意気込むが、照準が合わない――ただでさえ高速で移動する小型機は、左右に揺れながらその火線を逃れる。

 ニシナは思わず歯噛みして連射するが、それが当たることもなく――

「……まずい、ディーク、回避を――」

 アルームの言葉と同時に、シャイザレオンがその衝撃に身を震わせた。

 子機へと注意がそれている間に、マシンロボから放たれた砲弾がシャイザレオンの胴体に直撃したのだ。鋼の装甲を貫くそれに戦慄し――直後に爆炎をあげ、彼らは悲鳴をあげた。

 沈む巨体に目を見開いたのは彼らだけではない、その戦場にいる者の全てが同じ気持ちで見つめていた。

 馬鹿な――、これが、これがあのシャイザレオンかと。

 変異体との戦闘に置いて勝る兵器はなく、その眼前に立ち塞がる全ての異常生命体を消し去り、世界中にディジーフィルを撒き散らしたあの悪魔、そんな代物だとは到底、思えない。

 なにをしている。

 全身を震わせて、再び立ち上がるシャイザレオンを叱咤する声がニシナの耳に届いた。さきほどの女だった。

「守るんだろうが――そう言っただろう、お前! 別に期待なんてしちゃいなかったが、これじゃあ、あんまりだ」

 例え俺たちが潰されても、お前まで潰されたらそれこそ意味がないじゃないか。

 言いながらマシンロボに向けてミサイルを撃つ。放たれた弾頭はあっさりと子機に撃墜されるが、それに続くようにして消極的な攻撃を繰り返してばかりだった別の戦闘機も、生き残りの兵士たちが敵マシンロボに向けて雄叫びをあげ、突撃していった。

 まだ負けたわけじゃないと立ち上がるシャイザレオンはまるで眼中にないように、彼らは敵機に迫り、攻撃を加えた。ディークの制止を無視してマシンロボへ立ち向かった彼らは、その腕の一振りによって次々と撃墜されていく。

「……よせ、止めろ――止めろ、止めろ! ディィーック!」

 アルームの言葉を受けたようにディークは雄叫びをあげて敵機へ掴みかかるが、その体は重く、スラスターの出力と目一杯にまで上げてもその鋼の翼を携えるマシンロボを捕まえることは叶わなかった。

 敵機は空を舞い、次々と襲い来る戦闘機を撃ち落としていく。

 面倒な――、まるでそんな台詞が聞こえるほど、単調に。しかしやがてその翼を開き、子機を全方向へ放出して風を切る兵器群を撃墜する。

 そんな撃墜されいく味方の機体を影に――笑顔のマークがついた戦闘機がマシンロボへ接近した。

「――ディジーフィルってのは、確か気持ちに応えてくれるんだろ?」

 女の言葉がニシナの胸を衝く。事実シャイザレオンは、その性質により、機体スペックを上回る活躍を示した。しかし――しかし、彼らがなにを思おうと、必死になってもシャイザレオンの出力は、ディジーフィルは高まろうとしない。

 女は、鼻で笑い、自らの名前を告げた。そうして、関わりを持った者を失うことは辛いかと、ニシナに嘯く。

 当たり前だ、そんなことは――なにをする気なのか気づいた彼女の制止を振り切って敵機へ向かって突き進む。迫り来る弾丸をかわし、避けきれずに被弾して煙を吹き。

「覚えてろよ、シャイザレオンに突破口を見つけてやった女の名だ――、絶対に忘れるな!」

 敵のマシンロボへ体当たりを――しかし、その想いは届くことなく、振り下ろされた鉄拳がその機体を砕いた。

 ばらばらに吹き飛び、火を噴くそれを見て、ニシナは思わず目に涙を浮かべた。

 守れなかった――結局、結局、ただの一人すらも。見上げた空に佇む影を睨みつける。

(ここに散らばった残骸は、みんな生きていたんだ。それを当たり前のように蹴散らして――)

 これが、戦いか。命を賭した戦場か。

 ――そんなキレイなものではない。ただの遊び場だ、子供の。なにも抵抗する手立てがない――このシャイザレオンを手に入れるために多くの人々が陽動に使われ、壁となり、圧倒的な戦力差を、マシンロボを保有する救世団との戦いを経て、このマシンロボを手に入れたというのに。

「――これじゃあ、これじゃあ、本当にあんまりだ……!」

 掠れた声で呻く。同時に零れ落ちた涙がひとつ――

 シャイザレオンは、それに合わせるようにして鳴動した。



 打ち止めか。

 増援を送らない基地に対して、ユーゴーは鼻で笑い、こちらに狙いを定めるマシンロボ、シャイザレオンを蔑む目で見下ろした。

 まるで話にならなかった。マシン同士のパワーも、その装甲も初期のマシンロボにしては装甲の薄さが目立つ。

 これがシャイザレオン――? 笑わせるな。

「お前は……圧倒的でなくてはならんのだ。生態系を破壊した化け物が、我らが人類の頭上に暗雲を打ち上げた悪魔が、なぜこうも簡単に退くか。なぜこうも簡単に倒れるか。

 こんなものを破壊したことろで悦びなどはない。ただ、虚しいだけだ」

 過去の汚物め――、このランデイルで破壊してやる。

 キャノン砲を構えたそれに、シャイザレオンが光りを見せた。空中へと飛翔したそれに舌打ちして照準を合わせ――、体当たりを受けて悲鳴をあげる。

 速度が上がっている。さきほどとはまるで違う。背部のスラスターから迸る炎にユーゴーは総毛立つ。だが――、それでもこのランデイルには及ばないと、唇を歪めて。

 すぐに体勢を整え、追撃とばかりに圧し掛かってくるその巨体をかわし、ランデイルはライフルを撃つ。それを真っ向から弾き返す白の装甲――、これにはユーゴーも目を剥いた。

「な、なんだこいつは……これはっ……?」

 キャノン砲を構えるが、さきほどとは打って変わったその機動力に照準が追いつかない。

 舌打ちひとつして降下、シャイザレオンから距離を取る。そこへ迫るミサイルの白煙に鉛弾の群れ――、すでにフレアを撃ちつくしていたユーゴーは子機を囮にしつつ、その射撃をもってミサイルを叩き落す。

 火線から逃れるように地上を滑り――、その身に受けた衝撃に呻いた。

 見上げれば、そこに灯る青い一点の光り。

「……シャイザレオン……!」

 全身を駆け抜ける悪寒に、ユーゴーは呆然としてその名を呼んだ。



 敵機捕縛――、ファスカーの言葉に、ミシェルは唇を歪めた。司令室のモニターに映るそれはシャイザレオンの視点であり、捕まったマシンロボは恐怖にでも駆られているのか動きすらしない。

 まるで親に叱られる子供だなと、思わず呟いた彼にファスカーは訝しむ声をあげた。

「シャイザレオンに通信。そのまま奴を抑えるように伝えろ」

 そして管制塔へ砲撃準備を。

 ミシェルの言葉に、ファスカーは眉を潜めた。ここの全貌を知られるのが嫌だったのではないかと彼に問いかけるが、ミシャルは相変わらず唇を歪めたまま、「今から消し炭になれば、全貌を把握はできんよ」と哂う。

 管制塔から準備が整いましたと通達が入る。ミシェルは真に結構と微笑み、各砲座を開くように指示した。メインモニターの映像がシャイザレオンと、暴れ始めた敵マシンロボを中心としたものへ変わり、その周りの地面が複数、盛り上がり始める。

 露出した砲身と、銃身の群れ。それに気づいたニシナが慌てて連絡を入れる。

「ミシェルさ――副指令! どういうつもりですか!?」

「どうもこうもない。シャイザレオンに敵マシンロボを破壊する力がないのならば、こちらで撃破するまでだ。合図を送るまで、そのマシンロボを抑えていてくれたまえ」

 柔らかな口調に悲嘆するニシナをディークが嗜める。そうして――

「各砲座、照準よし!」

「認証確認終了。目標、救世団所属マシンロボ、“鋼の翼ランデイル”、搭乗者、ユーゴー・スタイル!」

 ほう――偵察屋の一番機か。景気づけには丁度いい。

 ミシェルは薄く笑みを浮かべて、我が戦力を削った敵だ、存分にやり給えと砲手へ告げる。

「――、目標マシンロボ、鋼の翼ランデイル。

 シャイザレオンを気にする必要はない――撃てッツ」

 ミシェルの号令よりも一瞬早く、シャイザレオンは分離してその火線から逃れる。周囲の異変に気づいていたのはユーゴーも同じで、慌てて宙を舞う――だが、遅い。

 重い音を轟かせて、次々と撃ち込まれた弾丸は夜空を裂き、雪を散らし雨を抜き、ランデイルに降り注ぐ。マシンロボ標準装備のライフルすら上回る大口径の弾丸である。最早、砲弾と呼ぶに相応しいそれに曝されて、ランデイルはその翼を、体を引き千切られる。

 それでもなお、それをかわすべく空中を縫い、基地正面から抜けたその姿をカメラが追う。

「――敵、“自艦”中央上空!」

 兵器という概念において、マシンロボのそれを最強と思っているのならば間違いだ、ユーゴー。

 ミシェルは心中で呟き、「副砲、七番八番を開け」と命じる。それに従い、持ち上がった雪から覗く長大な砲身――その周りを巡り、取り囲むように取り付けられた機関砲の群れ。

 もしも、この世界に神がいるのならば。もしくは、死して行く世界が存在し、そこに神が佇むのならば、こう伝えて欲しい。

「照準――、撃てェー!」

 力なく漂うそれを撃墜して、ミシェルは溜息とともに十字を切った。



  〜◇■◇■◇〜



 体を揺する度に聞こえる軋んだ鉄の音に、ニシナはこれ見よがしに溜息をついた。

 現在、彼女は個室に軟禁されている。なぜかと問われれば理由は簡単で、「あれだけの犠牲を払っても敵を倒せないシャイザレオン・パイロット」の烙印を押されたからだ。後は味方に吊るし上げられるのも時間の問題として、ミシェルによりこの状態が続いている。と言っても――ニシナはちらりと、さきほど運ばれた食器を見た。

 暖かな湯気のあがるそれは汚物に塗れて、悪臭を立ち上らせる。元々は捕虜などのための牢獄用に使われている場所だけあって換気も悪く、更には食事を差し入れる場所すらも外側から鍵がかけられており、この悪臭の元を絶つ方法が、食事係が皿を受け取りにくるまではないだろう。

 まあ、こないだろうけどね。

 ひっそりと溜息をつく。嫌がらせでこんなことをしているのだ、そんな親切な者などいようはずがないし――ニシナ自身、これを甘んじて受け入れていた。

 ズボンのポケットから、笑顔つきの焼け爛れた布きれを取り出す。焼けて硬くなり、その笑顔も三割ほどが消し炭になっていた。

「……守れなかった、結局、ただの一人も。……それどころか、助け――られ、て……」

 喉からこみ上げる感情に、ニシナは顔を拭った。

 なぜ、あそこでシャイザレオンは力を出した。全く持って全力には程遠い状態だったが、それでもまだ、もう少し早ければ、あれだけの犠牲を払う必要もなかったのかも知れないのに――

 呻くニシナ。そのとき、個室の戸が叩かれた。気だるげに目を向けると、開いた扉の先には微笑みを浮かべたミシェルと、その背後につくように護衛と思われる男が二人。

「やあ、ニシナ。ご機嫌はどうかな?」

 臭わないわけがないだろうに。

 それでも微笑むミシェルに軽い殺意を覚えながらも、彼女は体を起こして軽く手を額につける。その態度に護衛の男が怒鳴り声を上げたが、ミシェルはそれを手で制して、彼女について来るように言った。

 案内された――とでも言うべきか、彼女に示されたのは彼女が閉じ込められていた個室からひとつ空いた、隣にある個室だった。おそらくはディークかアルームでもいるのだろうという彼女の予想に反して、護衛により開かれた扉の先には、パイプ椅子に座った男の後姿。後ろに回された手は親指同士を針金かなにかで結ばれて拘束されている。

「……ミシェル――?」

 疑問を投げる彼女に意味ありげに笑うと、護衛についていた男たちに、拘束された男をこちらに向けるように言う。戸惑いながらも、その言葉に従う彼ら。

 振り向かされたその男は、猫背気味に背を曲げて、荒んだ目をこちらに向けていた。アジア系の顔立ちは見ようによっては幼いが、その鋭い目と唇に浮かんだ薄い笑みが際立っていた。

 紹介しよう。

 ミシェルは男に近づき、その肩に手を置いてニシナへ顔を向ける。

「シャイザレオンに関する講師、スペシャルアドバイザーのヒカル・イナバくんだ」

 ヒカル・イナバ――

 ミシェルの、ごく当たり前のように言った単語に反応する。その言葉を反芻し、自らの中にある記憶と結びつける。

 ヒカル・イナバ。

 シャイザレオン第一期パイロット。

 ディジーフィルを、この世界に撒き散らした――

「――……!」

 そこまで思い浮べて、ニシナは目を見開いて男へ殴りかかった。

「――やれやれ、君もか」

 なす術もなく殴り倒されたヒカルになおも掴みかかるニシナに、ミシェルは肩をすくめた。



 口の中に甘酸っぱい飴玉を転がして、クルス・キャサディは欠伸をした。目の前のモニターにはそれを咎める相棒、リカルト・ファンスの姿がある。

 そうは言っても、眠いものは眠いのだと、少女特有の甘い声で反論する。クルスはふと、自分のマシンロボの運ぶコンテナを見下ろして、愉しそうに笑った。

「なんだ、楽しそうだな」

「うん、そりゃあ、楽しいよ。だってさ、今から“共食い”が始まるんでしょう?」

 もう始まってるかも知れないけれど、とコンテナを指す。リカルトは気持ち悪そうに顔を歪めて、「お偉方の考えることはわからん」と吐いた。

 報告してやると意地の悪い笑みを浮かべたクルスを叱咤する。

「俺はなぁ、いくらマシンロボを破壊するほど強力な設備の基地があるって言っても、こういう作戦()は嫌なんだよ」

 あらら、優等生発言。

 笑う少女に、それはずれてるぞとリカルトは指摘した。

 彼らは救世団所属のマシンロボ操縦者であり、現在この地の変異体排除を命じられている。しかし、基地の存在すら知れなかったこの場所において、リスナーの不審な動きについて調査していた部隊が壊滅、同伴していたマシンロボ・ランデイルも撃墜されたとあって、彼らにお呼びがかかったのだ。

 しかし相手はマシンロボすら破壊する脅威の火力を持つ基地だ――、そこで受けた指令にリカルトは難色を示しているのだった。それに大して愉快そうに笑うクルスは、それを宥めながら時折、音をたてるコンテナを見て満足そうに頷いていた。

甦った悪魔はひとつでなく。

予想外のスピード登場に筆者もびっくりの彼。いつも変更路線の原因はこいつな気がしてならない。

読んでくださったあなたへ、できましたらばこれからもシャイザレオンをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ