借金一千万のエリート!?
僕は生き返った・・・?
けれど、ここは駄目な方が何故か褒められる?
い。~価値観反転で、駄目な奴が褒められる【い。】の世界について~
「人は生きてるだけで立派なんだよ」といくら切り抜き動画から聞かされても、本当に死にたくなった人間には効果がないんだ。
そういう状況になったら「名言集」とか「人生相談系の動画」とかを見るんじゃなく、ましてやハートフルな小説を読むのでもなく、心療内科で安定剤を処方してもらった方がいいよ。
僕は平凡人。
いや、名前だ。たいらぼんじん、というんだ。親は「平凡な幸せを手に入れてくれれば」と思って名付けてくれたらしい。
ところが、僕は全能力が平均をかなり下回る感じで生まれついたらしい。
僕の人生のミスは二つ。
割と仲のいい先輩が、「就活に困ってるなら、ウチに来いよ、凡人。お前はいい奴だしな」と地方雑誌社の面接を勧めててくれた。
「内定が決まってる面接だからな、ナイショだぞ」
と笑ってくれた。
そして、そこで先輩方は「学生のみなさん、このままでは、経済の空白の十年間はとんでもないことになる。そして、政治とカネ・・・これは途方もない闇を抱えているんだ。さらに原発ムラとその利権・・・このままでは日本は壊滅します!」と説明会場で言った。
集まった学生たちは、「どうしようか?」と心配そうだ。
さあ、面接だ。
「どうだ、凡人・・・この令和、もはや経済の空白の十年間は、いよいよ二十年になろうとしてるんだぞ? みんなでよく考えていかなければな。さあ、なんでも質問しろ」
先輩はそう宣言した。
僕は以前から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「あのう、その『空白の十年間』というのはどういう意味なんですか・・・? 何をもって『空白』と言ってるんですか? そして、お金のことをなんで『カネ』とカタカナで書くんですか?」
すると、先輩は今までの自分の文章を全て否定されたような顔になって、
「そんなことは考えなくていいんだよ! 馬鹿が考えるんじゃない!」
と怒鳴って追い出した。
けど、先輩じゃなくて僕が悪かったのかもしれない。
そして、仲がいいのではなく、能力が低い僕なら逆らわないと思っていただけなのかもしれない。
ともかく、僕はどうにかこうにか商社からの内定を勝ち取った。
けれど、そこは『ブラック』などと言うワードでは表現できない程の暗黒の会社だったのだ。
これが二つ目のミスだ。
僕は十年間を時給120円で働いて、そして最後の最後になんとかして辞表を提出した時、上司から「初めて役に立ったな、これで来月分の14万円が浮く」と言われてしまい、会社のビルから飛び降りたのだ。
しかし、僕は現世と同じ名前、同じ能力でまた日本と同じような国に生まれ変わっていた。
けれど、どこかが微妙に違う。
東京の街・・・しかし、何故かピサの斜塔顔負けのとんでもない傾度の塔がある。
それに、町人たちは、中世の斧を持っていたり、剣を下げている。
「あなた。二度と自殺なんてこと考えちゃ駄目よ!」
神官のククレアさんが言う。
ここは、都内のビルなはずだが、ククレアはドラクエだとかFFだとかの世界の神官のような恰好だ。
高さ六十階建ての僕が働いていたはずの、そして屋上から飛び降りたはずの会社、その最上階。
けれど、部屋の中は杖や宝玉、そして大きな葉っぱには“せかいじゆうの葉”と書かれている。
「せかいじゆうの葉に残りがあって良かったです! この葉は、私たちの【い。】の世界でなんでも自由に叶うという葉・・・一度は死んでいたあなたを蘇らせたのですよ」
どうも、ウソを言ってるワケじゃなさそうだ。
僕は本当に生き返った?
この中世ファンタジーと東京の融合したような世界で?
「僕は平凡人です。どうも、すいませんでした・・・! 僕なんかのために、貴重な葉を」
「いいんですよ、ボンさん! これを使うたびに、借金が百万円も増えるんですから!」
ククレアはにこりと笑うけど、かなりの出費だったのに、僕に気を使わせまいとしてくれているんだろう。
とんでもなく端正な顔立ちで、しかも優しい。
当然、僕はすでにククレアが好きになっていたんだ。
「ボンさん。私は神官のククレア・エクレア・・・この“調和の塔”の六十階を任されているしが無い身ですが・・・あなたは、投身自殺を図ったんですよ! 何故、そんなことを・・・?」
僕のことはボン、と省略されているらしい。
「すいません・・・あまりにお金に困って・・・」
「お金なんて! どれだけの貯金でもどうにかなるわ!」
うん?
「どれだけの貯金だったの? 私で良ければ相談に乗るわよ。町からの『補助借金』もあるんだから」
何やら、現世とは言葉遣いが違うようだ。
「ハイ・・・なんせ、ブラック企業のしがないサラリーマン・・・一日二十時間労働で」
「ええ!?」
ククレアは青い瞳を閃かせる。
「ど、どういうことなの?」
「はい・・・なんせ、Fラン大学の後でブラック社畜・・・体の病気は十を超えて胃潰瘍で三回入院しました・・・」
「ウソでしょ!? ど、どういうことなの!? そんな・・・まさか・・・」
「それで、借金がなんと・・・一千万・・・!」
「!!」
「それで・・・こんなダメ男じゃ、一生彼女もできやしない。もはや生きていても無意味だと・・・会社の屋上から身を投げて・・・」
ククレアはしばしポカンとして、
「フフっ、アッハハハ! そんな冗談が言えるくらいには元気なんですね!」
と言った。
「はい・・・?」
僕は首を傾げる。
「借金が一千万もあれば、どんな可愛い子でもよりどりみどりでしょ? この教会も、この頃かなりの黒字続き・・・なんせ、一億円もの貯金があるのよ! なんとかして赤字にして、少しでも借金をこしらえたい所に、ボンさんが変な冗談を言うものですから」
「はあ・・・?」
ククレアは大まじめのようだ。
「さて、そういう冗談が言えるくらい、また借金を作るために頑張りましょうよ!」
ククレアはそう言う。
「さあ、街で散歩しませんか? このダメジャン街は何もない町ですが、みんな優しくて温かいんですよ」
“ダメジャン街”と名付けられたその町。
(なんだか、いい人が多そうな町だな・・・)
ボンはそう考えていた。
ブラック社畜としてコキ使われ、契約の取れない月は、『牛小屋』と名付けられた狭い部屋で住まされる・・・そんな生活からすると、この異世界はおどかで陽気な人たちが多い。
村人たちが豪華な衣装や鎧を着て、
「ガハハ、おいら今月も百万円も貰っちまって、黒字で死にそうだぜ」
と冗談を言っているようだ。
村の鍛冶屋はガンガンと槌を振り下ろし、豪華な剣を砕いていた。
僕は声をかける。
「随分と、豪華な剣ですね」
「なんだい、兄ちゃん。奇妙な服を着て、まるで貴族にでも成り下がっちまったみたいだなあ、ワッハハハ!」
さあ、みんなでどんどん駄目になっていきましょう!
駄目だと思った人は★★★で評価でさらに駄目に!