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君に今日も声をかける

作者: 黛ちまた

K様に。

 いちごを手にして振り返る。


「アオ、アオの好きないちごだよ」


 いるはずの猫が、そこにいない。

 いつもならいちごのパックの音がしただけで駆け寄って来るのに。

 いないのだ、どこにも。


 胸がぐっと鷲掴みされたような息苦しさと、涙があふれてくる。

 涙がこぼれないように目を閉じる。


 なぁん、ともう一匹の猫 ヒスイが足元で鳴いた。

 手に持っているいちごを寄越せと、私の足をカリカリとかく。


「ヒスイはいちご好きじゃないでしょ」


 窘めるように言っても足をかくものだから、かがんで、ヒスイの前にいちごを差し出す。すると驚いたことに食べた。

 喜んでいるようには見えないけれど、食べた。


 ヒスイも感じているのだろうな。

 ずっと一緒に暮らしていた猫 アオがもういない寂しさを。


 リビングのソファでぼんやりと宙を見る。

 アオがよく登っていたキャットタワーの、一番上。

 ドームになったその中からこちらを見下ろしていたっけ。

 ソファに座る私と目が合うと、のっそりと出てきて、私の膝にのったアオ。

 ふわふわの毛が気持ち良くて、つい撫ですぎて嫌がられたなぁ。


 アオが私たちの元を旅立って、虹の橋に行ってから半年が経つ。

 それなのに私はいまだに、アオに向かって話しかけてしまう。そうして、アオがいないことを思い出して、苦しくなる。


 分かっているのだ。

 もうアオはいない。

 患っていた病気が原因で、天寿を全うした。

 病院の先生は褒めてくれた。

 頑張りましたね、と。


 私たちのために頑張ってくれたのだろう。

 その病気の割には長く生きた。

 ありがとうと言いたいのに、涙があふれて、胸が苦しくて、口から出るのは、会いたいという言葉だけで。


 私も、夫も、ヒスイも、アオがいなくなった喪失感を受け入れられてはいない。

 ずっと一緒にいた。

 怒ったり、笑ったり、泣いたり。

 人と猫。

 言葉は違っていても、きっと伝わっていた。

 私たちがどれだけ君が好きだったか。


 今はまだ辛い。

 この胸の痛みが和らぐ日が来るのかは分からない。

 でも、それは仕方ない。

 だって本当に大切な存在だった。


 アオはどちらかというと私に懐いていて、

 ヒスイはどちらかというと夫に懐いていた。


 如何ともしがたい気持ちを落ち着けようと思っていると、ヒスイが私の隣で丸まった。

 以前なら絶対にしなかった。

 するとしてもそれは私にではなく、夫にだった。

 撫でたら怒られたけれど、背中が私の太ももにくっついていて、伝わる体温にほっとする。


「ヒスイは、アオの倍は生きてね」


 顔を上げて私を見ると、なぅ、と短くないてそっぽを向いてしまった。

 たぶん、慰めてくれたんだろう。


「ありがとう、ヒスイ」


 アオに声をかけてしまうことはまだしばらく続くだろう。けれど同じように、ううん、もっとヒスイに声をかけよう。


 明日も、明後日も。

 君に声をかけるよ。

 反応がなくても。

 冷たくされても。

 大好きだって言うよ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 猫下僕には涙腺崩壊ものです。 うちの子達、まだまだ元気だけどいつかこんな日が来るかもと思うだけで涙が出てしまいます。 わかりすぎるほど切ない作品でした。 今から仕事なのに(ノД`)・゜・。 …
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