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ロゼッタは廊下をトボトボと歩いていた。まさかワインをかけられるとは……新しい。これまでに無かった。ドレスを見ると色は変わっていない。
赤ではなく白で良かった……いや、良くはないのだが、良かった。
流石にこの状態であの場に留まる事は出来ず、ロゼッタは広間の外へと出てきた。行く宛もないが、取り敢えず夜会が終わるまで何処かに避難しなくては。
濡れた状態で廊下を歩いていると、中庭が見えた。仕方がない、取り敢えず中庭で時間を潰して……。
「……」
最悪だ。先客がいた。そして全ての元凶がここにいる。
「フェルナンド様、好きです。私を、フェルナンド様の妻にして下さい」
「ありがとう、嬉しいよ。でも、残念な事に僕には既に妻がいるから……ごめんね」
「そんな、そんなっ……」
女性は涙を流しながら、フェルナンドの胸元に顔を埋めた。彼は優しく彼女を抱き締める。
何だろうこの鳥肌が立つ寒い芝居の様な光景は……そもそも、相手の女性はフェルナンドが結婚していると絶対知っている上で「妻にして下さい」とほざいている。……いい性格をしていらっしゃる事で。
フェルナンドもフェルナンドだ。何が残念な事に、だ!そんなに残念ならば今直ぐ離縁でもしたらいいじゃない……苛つく。
そんな事を考えながら暫し呆然と立ち尽くすロゼッタ。そしてパチリと目が合ってしまった……フェルナンドと。
「⁉︎」
瞬間彼は視線はそのままに口角を上げると、女性の髪を一束掴み口付けをする。
これはもしかして……見せつけられているのか……。
フェルナンドが誰とイチャつこうと興味もないし、関係ないが……更に苛々は増す。
こっちは、この男のせいで平手打ちをくらったり、先程なんてワインをかけられたのにも関わらず……何愉しんでいる訳⁉︎
「どうしたの、ロゼッタ。僕に何か用?」
「⁉︎」
まさかこの状況で話し掛けてくるとは、流石神経が図太い。フェルナンドの言葉に女性は驚き彼から身を離すと、振り返った。
ロゼッタを見て慌てて立ち去るかと思ったが、女性は何故か勝ち誇った顔をして再びフェルナンドに抱き付いた。
「フェルナンド様、もしかしてこのお嬢さんが奥様ですか?」
くすりと笑いながら話す。
「まだ、子供じゃない」
お嬢さん、子供……そんな風に言われて、自分でも気にしている事を指摘されて、怒りよりも恥ずかしくなってしまった。
確かにロゼッタは容姿も含め幼さが残る。胸だってそんなに大きい方ではないし、全体的に小柄だ。対して、目の前にいる女性や先程広間にて対峙した女性達は色気もあり、胸だって大きい。魅力的な体型と言える。所謂大人の女性だ。
何か言わなくちゃ……そう思うが声が出なかった。先程ワインをかけられた場所が、急に冷たく感じた。
余裕がない自分が、情けない……。
何となくフェルナンドを見遣ると、彼はしれっとした顔をして特に何か口を挟むつもりはなさそうだった。
ロゼッタが、居た堪れなくなり俯いた時だった。背中が急に温かくなった。
「子供で結構ですよ。不貞を働いて喜ぶのが大人なら、こちらから願い下げです。……ロゼッタ、君の旦那と不貞相手は、随分と恥知らずらしいね」
彼はそう言ってロゼッタに、自身の上着を掛けてくれた。