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あの夜から数日経った。あれからフェルナンドとは一度も顔を合わせていない。同じ屋敷で暮らしているのに、彼の気配すら感じない。変な感じだ。
だが、正直安堵する自分がいる。今彼と顔を合わせても、どんな顔をすれば良いのか分からない。
「ロゼッタ様、おはようございます。旦那様から伝言がございます。今夜ラングハイン伯爵様のお屋敷にて夜会が開かれるとの事です。それに伴い準備なさるようにと。夕刻にはロゼッタ様を迎えに、屋敷に一度お戻りになるそうです」
ロゼッタはため息を吐く。こういう時だけ、夫婦だという事をひしひしと実感する。夜会などへの出席は、余程の事情がない限り必ず夫婦で参加せざるを得ない。
また、女性達から妬み嫉みを向けられる……。
そんなに欲しいなら貰って欲しいくらいだ。箱に詰めて、なんなら綺麗に包装までしてあげてもいい。
いっその事催し事の景品として……。
きっと大人気間違いなし!だろう。
考えていたら愉しくなってきた。だが現実はそんな事は出来ない。ロゼッタは直ぐに現実に引き戻される。
諦めて準備しよう……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ようやく挨拶も回りきり、ひと息を吐く。広間を見渡すと、いつもの様に女性達からの視線を痛いくらい浴びている。
今フェルナンドはいない。一通り挨拶が終わるや否や、姿を消した……いつもの事だ。
別に一緒にいたい訳ではないが、この状況で一人にさせられるのは正直辛い。
遠巻きにこちらを見ている者達はいいが、我の強い者になると直接ロゼッタを攻撃してくる……この前の平手打ちの様に……あれは地味に痛かった……。
「あら、ロゼッタ様。お一人ですか」
あー……出た。また、この女性だ。例の平手打ち女だ。
「はい、まあ……」
見れば分かりますよね?寧ろ一人の時を狙って話しかけてますよね?と思うが口を噤む。
「どうかしら?フェルナンド様と別れる気には、なりまして?」
「……」
凄い顔だ……悪魔の形相とでも例えようか……ロゼッタは笑顔が引き攣る。
今直ぐにでも離縁してあげたい気持ちは山々だが、何分政略結婚なので。しかも両親達ごり押しの。そんな易々別れる事などできる訳がない。
どうしよう……このままだと、また平手打ちを喰らうかも知れない。
ロゼッタが戸惑っていた時だった。ツカツカとこちらへ歩いてくる新手が見えた。見るからに美女は、ロゼッタの前で立ち止まると、これまた悪魔の形相で睨んでくる。
「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」
これは、絶対平手打ちが来る‼︎
反射的に目を瞑った。だが……。
「っ⁉︎」
冷たいっ‼︎
次の瞬間きた衝撃は痛みでは無く、冷たさだった。目を開けると目前には、空のワイングラスを持った見知らぬ美女が、いやらしい笑みを浮かべていた。