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今日は本当に愉しかった。久しぶりだった。結婚してからずっと屋敷に篭り、たまに出掛けるのはフェルナンドに付いて行く夜会くらいだ……。
あの後屋敷に戻って来たロゼッタは、上機嫌だった。久しぶりに皆に会い、酷く懐かしく思えた。まだほんの三ヶ月程しか経っていないのに……。
最近は苛々して寝不足になる事も暫しあったが、これなら今夜は快眠出来そうだ。
折角の気分を台無しにされないように、今夜は初めから耳栓をしておこう。
「さて、そろそろ寝ようかしら」
ロゼッタがそう独り言を洩らした時、勢いよく扉が開け放たれる。余りの事に身体が動かず、固まってしまった。
「な、な、何ごと⁉︎」
部屋の中に入って来たのはフェルナンドだった。彼は顔を赤く染め、目は据わり、足元が少し覚束ない様に見える。
もしかして、酔っているの……?
フェルナンドは、ベッドに座るロゼッタの元へよたよたとしながら近寄り両肩を掴んだ。
「フェルナンド、様っ、何するんですか⁉︎」
酒臭っ⁉︎
ロゼッタはまだ16歳という事もあり酒は嗜まない。別に飲んではいけない決まりはないが、以前匂いを嗅いだだけで頭がくらくらした事があり、それ以来苦手意識がある。故に……。
無理無理無理っ‼︎
彼に肩を掴まれている状況だけでも無理なのに、更に物凄い酒の匂いがする。ロゼッタは顔を歪ませながらフェルナンドを引き剥がそうとするが、力が強くてまるで敵わない。
「ロゼッタ……昼間、随分と愉しそうだったね」
「昼間……?」
一瞬何を言われたのか分からなかったが、直ぐに城での事だと理解した。中庭は騎士団の稽古場から然程離れていない。多分何かの拍子にロゼッタ達を目撃したのだろう。
「ああいうのが好きなんだ?男侍らせて、チヤホヤされて……肩に、触れていた奴もいたね。彼は確か……公爵家の子息だった筈だ……何、僕じゃなくてアイツに乗り換えようって事?」
「仰っている、意味が……分かりません……」
怖い、そう思った。初めてかも知れない。いつもどんなに言い合いになろうと、彼は笑顔を崩さない。何を考えているのか読めないが、怖いとは感じた事は一度もなかったのに……今は。
「分からない?相変わらず、君の頭の中は空っぽだね、莫迦だ。分からないなら、教えるしかない。……君が誰のモノかを」
彼はそういうとロゼッタをベッドに押し倒し覆い被さる。
「っ……やめっ、んぅ」
唇を彼のそれで塞がれた。暫く触れるだけの口付けは次第に深いものへと変わり、ロゼッタの口の中に酒の味と匂いが流れ込んでくる。
「はぁ……ロゼッ、タ」
フェルナンドはそのままロゼッタの胸元へと手を伸ばし、脱がせようとしてきた。
いつかはこうなると理解していた。だがそれは、もっとずっと先の事だと思っていた。だから心の準備など出来ている筈もなく、情けないが身体が震えた。目をぎゅっと瞑り顔を背ける。
「い、や……フェル、兄さま……」
「っ……」
無意識だった。思わず昔の呼び方が出てしまった。他意はない。だが、フェルナンドは我に返った様子で焦った様にロゼッタの上から飛び退くと、足早に部屋から出て行った。