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自分の父親は、侯爵だ。そして父親の弟は伯爵家に婿に入った。その弟の娘がロゼッタだった。
普通に考えれば彼女はフェルナンドに取って従兄妹にあたる。彼女を好きになろうと、結婚しようと問題などない、筈だった。
五歳年下の彼女と初めて出会ったのは、彼女が産まれて暫くしてからだった。
フェルナンドには兄弟がおらず、その時まるで妹が出来た様に思え嬉しく思ったのを覚えている。
まだ幼い自分は何も考えず目の前にいた赤子に手を伸ばした、すると母に怒られた。赤子は繊細だから、そんな汚れた手で触ってはいけないと。自分の手を見れば、先程まで鍛錬をしていた所為で泥が付いていた。
慌てて直ぐに手を洗って来たが、母から怒られた事で少なからず落ち込んだ。
むぎゅー。
躊躇いながら再び赤子に手を伸ばし人差し指で触れた時、彼女が指を握った。
その瞬間、酷く温かい気持ちに包まれた。
フェルナンドとロゼッタの両親達は仲がいいのか、よく彼女の屋敷と自邸を行き来した。自然と彼女といる時間は長くなり、距離は近く、自分と彼女は頗る仲が良かった。
『フェル兄さま』
鈴を転がした様な、可愛らしい声でそう呼ばれる度に気持ちの高鳴りを感じる。
自分の後ろを何時も付いてきて、良く笑い、良く泣いて、また笑う彼女と過ごす時間が好きだった。
彼女へ向ける感情は、妹のようであり又異なるものだと自覚したのはいつの頃だっただろうか……。
五歳年下でまだまだ幼い彼女をいつしか、異性として認識し始めたのはいつだっただろう。
『ねぇ……ロゼッタは、僕のこと好き?』
我慢できなくて、口を突いて出た戯言。
『うん!フェル兄さまの事大好き!』
迷いなくそう言ってはに噛む姿が愛おしくて仕方がなかった。
『じゃあ……大きくなったら、僕のお嫁さんになってくれる?』
『うん』
『約束だよ』
笑って彼女は頷いて約束してくれた。こんな約束は子供のままごとだと、分かっていたが……それでもいつか彼女が成長した時、必ずその約束を果たそうと心に決めた。
そんな温かく幸せな日々は続き、フェルナンドが十一歳になった時。その日は父が不在で、屋敷には自分と母しか居なかった。
いつもの様に鍛錬を終えて、自室に戻って勉強でもしようと思った時……中庭から二階の窓に一瞬だったが見覚えのある人影が見えた。
あれ、母上と……叔父上?
父の不在時に叔父が訪ねてくる事など今まで無かった故少し不審に感じながらも、挨拶をしなくてはと子供だった自分は律儀に叔父の元へ向かった。
二階の端の部屋。そこは確か客室だった筈。応接間ではなく、何故そんな所に母と叔父がいるか……知りたくなかった……。
陽当たりの悪い二階の角部屋。その扉の前まで行くと、中からは聞き慣れない声が洩れ聞こえた。
少し鼻にかかるくぐもった女の声と、男の荒い息遣い。絶え間なくベッドがぎしぎしと軋む音がする……瞬間心臓が身体中が煩いくらいに脈打つのを感じる。
フェルナンドは息を殺し、扉をほんの少しだ開けて部屋の中を覗くと、そこにはベッドの上で裸体で抱き合う男女の姿があった。
それは母と叔父だった……。
頭が真っ白になる。二人が何をしているかなんて分からない程もう子供ではなくて、だが今二人に声を掛けて問いただす事が出来る程大人でもない。
ただただ、二人に嫌悪感を感じる。
吐きそう……。
今胃にある物を全て吐き出してしまいたいくらいに、気持ちが悪い。
ー ねぇ、あの子貴方に似て来たと思わない? ー
扉を閉めたフェルナンドは暫く蹲り、動けずにいた。どれくらいそうしていたか分からないが、行為が終わったのか話声が聞こえてきた。
ー やっぱり、貴方の子供ね。ちょっとした仕草とか良く似てるわ ー
クスクスと笑う女の声に、まるで冷水でも浴びせられたように感じた。
貴方の子供?
何、それ…………………………。
暫く二人の会話を聞いていたが、フェルナンドは耐えられなくなりその場を走り去った。




