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「ロゼッタ……」
足音の主に、フェルナンドは呆然としそう呟いた。
何故彼女が此処にいる⁉︎どうやって、あの部屋を抜け出した……⁉︎
目の前に現れたロゼッタにフェルナンドは、頭が混乱する。
「クラウス様っ……」
ロゼッタは地面に転がっているクラウスに駆け寄る。眉根を寄せ、如何にもというように心配をしていた。
確かあの時も彼女は、クラウスの事を心配をしていたな……。
先日の出来事を思い出し、まるで何かに心臓を掴まれているのではないかと錯覚する程に苦しくなる。
冷ややかな視線をロゼッタ達に向けた。彼女が今ここにいる理由よりも、彼女が自分ではない男に意識を向けている事が何を置いても、赦せない。
フェルナンドは爪が食い込む程にキツく手を握り締め、奥歯が鳴るほどに噛み締める。
ロゼッタは、僕だけのモノなんだっ……。
暫く見下ろすようにロゼッタ達を眺めていたが、不意にジョエルとダーヴィットがクラウスを抱き起こし抱えると、踵を返す。
「ロゼッタ」
彼らに付いて行くのだろう。ロゼッタもこちらに背を向けた。瞬間フェルナンドは、彼女を呼び止めた。
ゆっくりと彼女の元へと近寄って行く。
フェルナンドが直ぐ側まで近付くと、彼女は振り返りこちらを凝視した。その顔は困惑と悲しみ怒り、複雑そうな想いが滲んでいる様に思える。
「そんなに彼が心配?何、もしかして、そいつと浮気でもしているの?」
何を言えば、彼女を引き止められるか分からない……フェルナンドは薄ら笑いを浮かべ、気付けばそんな戯言が口を突いて出ていた。
彼女は自分と違って、そんな事はしないだろう。そんな事は分かっている……だが。
嫉妬に苛まれた感情を抑える事が出来ない。
パンッー。
瞬間、乾いた音が響いた。呆然とした。何が起きたのか理解出来なかった。
左頬に触れると、僅かに痛みを感じる。
「……っ」
フェルナンドは、自分の頬が叩かれたと分かるのに数秒を要した。その理由は、まさか彼女が自分を叩くなどという発想がなかったからだ。
叩かれたと理解した今でさえ、正直信じられない。フェルナンドは、唖然としただロゼッタを見ていた。
「貴方なんて…………大嫌い、です」
ロゼッタは顔を赤く染め悲しみに、怒りに震えている様な顔をしていた。その声は、小さく消え入りそうだったが……フェルナンドの耳には鮮明に響いた。
そして、自分に背を向け去って行く……引き留めなければ……そう思うが身体は全く動かず、声すら出ない。情けない事に、ただ彼女の姿が見えなくなるのを、立ち尽くし見ているだけしか出来なかった。
夕刻、フェルナンドが自邸に戻るとやはりロゼッタの姿はなかった。当たり前だ。あんな風に拒絶されたのだから、きっともう自分の元へは戻って来ないだろう……。
フェルナンドは、何があったかを執事や侍女に問いただした。
話を聞くとフェルナンドが出掛けた後、第三王子が屋敷に乗り込んできて、ロゼッタを連れ去ったと聞いた。
成程。それなら合点がいく。
王族の権限を使い、無理矢理奪い去ったという訳だ……人妻を。普通に捉えれば、人攫いに等しい。
幾ら王族といえど、人様の屋敷に主人不在時に土足で上がり込み、人の妻を連れ去ったのだ。しかも正当な理由もなしに。
随分と舐められたものだ。
赦せない、赦せない、赦せない……。
だか、今はどうする事も出来ない。
フェルナンドは、いなくなってしまった彼女の部屋の中を、彼女の姿を探す様にただ虚しく見つめた。




