第8話
「ねぇ、ミーシャ。ミーシャは将来なにになりたいの?」
病み上がりの彼女に私は聞いてみる。私たちがいるのはミーシャの部屋のテラスだ。
ここから見下ろす街の光景は、この部屋と比べれば騒々しい。当然ね。大勢の人々があそこでは暮らしているんだもの。で、この世界の人は何を考えているのか興味があったの。
いつもお世話になっている露天の店主であれば、きっと一儲けして店を構えたい。酒場であれば、宿を拡張して宿屋を営みたい。そんな夢はあると思うのよ。では、ミーシャは? そう思って聞いてみたんだけど、なんだか難しい面持ちで考え込んじゃったわ。
「そうですわねぇ。考えたこともありませんわ。アカネさまはございますの?」
えっ、私?
あぁ、日本に居た頃からなかったわね。働き口は日雇いだし、存在感が薄すぎて友達だって居なかったし。あっ、でも、ここでならミーシャがいるから楽しいかも。
「えっとね、私はミーシャと一緒にいるのが楽しいわね」
ほら、それよ。それ。そのコクンってやつ。本当にかわいいわ。
そうやって悩んでいる表情も保護欲をそそられちゃう。
「そんなこと言われたの初めてです。アカネさまは変わってますのね」
えぇぇぇぇぇぇぇー私、変人じゃないわよ!
昨日、街へでて再確認したけど、ミーシャほどかわいい子は居なかった。
私はまともだっ!
「ミーシャは自分の魅力に気づいてないだけよ。私が保証するわ」
なんだか困らせちゃったのかな、笑顔が陰ったような。
私がミーシャを照らしてあげるって決めたのに、こんなんじゃダメね。
「所で、カールは何歳なの? ミーシャにはよく懐いているみたいだけど」
「カールはお父様が私に、五歳のお祝いにって買ってくださいましたの。だからもうすぐ七歳ですわ」
そうなんだ……その頃は、王さまもミーシャに愛情を注いでいたのね。
「ってことは、ミーシャはもうじき十二歳?」
「はい。もうじき婚姻のできる歳ですわね」
そっか、十二歳で婚姻とか、さすが中世ね。
「そういえば、アカネさま、昨日の果物とお薬はどうやって――」
えっ、そこでそれ聞いちゃう?
さすがに、盗んできましたとは言えないけど……。どうしよ。
「もし、次にそうなったら、これを使ってくださいまし」
私が言い淀んでいる事で全てを察したのか、ミーシャは小袋を私に手渡した。
「えっ、さすがに、もらえないよ。ただでさえ、泊めてもらって、食事までいただいてるのに」
「でも、お店の方がお困りになるでしょ? 国民が困るのは……本意ではありませんわ」
うっわぁぁぁぁぁぁ。なんて良い子なの。さすが英才教育のたまものね。
こういうのを帝王学って言うのかしら。でも、せっかくだから預かっておこうかな。
「それじゃ、次があれば使わせてもらうわね」
そんな機会こなければいい。そう思いながらも私はそれを受け取った。
そして、翌日の朝。またしても、ミーシャは来なかった。
私はさっそく街へ出た。昨日の小袋を手にして。小袋に入っていたのは銀貨と金貨。林檎一個買うのに金貨とかあり得ないわよね。そう思った私は、両替商にやって来た。営業中の両替商の仕事ぶりを堪能する。じゃなかった、盗み見る。
で、レートを覚えた私は、両替商が席を外した間に、コッソリ両替した。
よし、これでいいわね。次は林檎と薬だ。お粥とか作ってあげたいけど、この世界で米は見ていないし、梅干しも見かけない。だいいち、調理室を勝手に使ってバレたらマズい。調理中に誰かが来たら……うん、無理だわ。
林檎は十個で銀貨一枚だけど、そんなに持てないから二個で銀貨を置いた。
薬師の店では、先日盗んだからか、薬はでていなかった。お詫びに金貨一枚を置いておいた。
うーん、薬どうしよ。
広い王都に薬屋さんが一軒とは思えないけど、私には見つけられない。何より、門が閉まる前に戻らないといけないのだ。日が暮れると、門は閉じられる。火急の用件で登城する者がいれば入れるが、めったにない。薬は諦めて私は戻った。
ミーシャの額に濡れタオルを置き、林檎を剥いた私は書庫へ。
書庫に入れば、何か分かるかもしれない。薬の調合とか、お店の場所とか。
でも、歴史書、税務書類、特産品名目、他国の情報はあったが、薬学の本は見つからない。ないとは思えないから、きっとどこかにはあるはず。すると、誰かが書庫の扉に手を掛けた。
ここの扉は古くなっているから、触るとチョットだけギシッって鳴るのよね。
いつも、それには気を遣っている。あっ、マズい。本出しっぱなしだ。
私はテーブルに広げた書物を手に取り、服の中に隠した。
なぜかは分からないけど、私の服の中ならバレないのだ。林檎も毎回そうやって運んでるから。で、部屋の隅にこっそり移動すると、女の人が二人入室してきた。
うん、なんだか豪華なドレスを着ているのね。王妃さまかしら?
それと、若いメイド?
ひと目に付かないようにこっそり様子を窺いながら、メイドが扉を閉める。
まさか、逢い引き?
うっそ。女性同士なのに?
でも、日本でも男妾って居たわよね。こっちもあるのかな。
私がドキドキしてみていると、王妃さまと思われる人が胸に手をいれた。
えっ、自分で自分の触っちゃうの?
それってどうなのよ!
私の妄想は杞憂に終わった。王妃さまらしき人は、胸元から小瓶を取り出しメイドに渡していた。なんだ、脅かさないでよ。でも、おかしいわね。あれだけのことで、なんでひと目を避けるの?
「それじゃ、頼むわよ」
「奥さま、本当にまだ続けなければいけないのでしょうか……」
「何を言ってるの、当たり前じゃない。もう時間がないの。あの子さえ居なければ……とにかく頼むわよ。妙な気を起こしたら分かっているわね」
「……はい」
メイドは蚊が鳴きそうな声で応えた。そして王妃さまは来た時と同じく、周囲を見回すと何食わぬ顔で出て行った。室内には震える手で小瓶を持つメイドと、私だけが残っていた。
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