表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かおなし  作者: 石の森は近所です。
第一章
7/18

第7話

 翌日の朝もミーシャは来なかった。まさかね、三日に一度の割合で熱を出す病気なんて聞いたことがない。どうしたのかと部屋を訪れると、二日前と全く同じ状態だった。なんでこんなに体弱いのよ。と、思わずにいられない。

 また、ミーシャは熱にうなされ、相変わらず付き添えはいない。そうなれば私のする事は決まっている。

 私は部屋に戻ると桶を持ち出す。今回は誰にも合わずにすんなり浴場へ。水を汲み終えると、そのままミーシャの寝室に運び込んだ。さすがに二度目は楽ね! 

 濡らしたタオルをミーシャの額に乗せると、私は金目のものを探しに行く。今回は王家の目印がないものが良いわね。そう思って探すが、良い物が見つからない。

うろうろと城内を歩いていると、空き部屋からメイド長の声が聞こえてきた。

 コッソリとその内容に聞き耳を立てる。悪い事をしてる人ってウワサを気にするものなのよ。仕方がないでしょ。

 果たして、その内容は――私の事ではなかった。


「今日も姫さまは食事に来なかったんだろ? やはりウワサは本当だったのかねぇ」


 えっ、なにそれ。私は気になった。気になったから、聞き漏らさないようにさらに近づく。心臓が高鳴る。ミーシャのウワサって……なに?


「二日前も高熱を出されてましたし、奥さまの言われる通りかと……」


 正妃が何て言ってるのよ。もっと詳細が知りたい。と、考えていると。


「十二歳まで後少しだと言うのにね。残念な事だよ。でも姫さまにとってはこれで良かったのかも――仕方ないね」


 何がいいのよ! 仕方ないわけないでしょ。あんなに優しくて、思いやりがあって、かわいいのに。重い病気なら何とかするのが使用人の勤めじゃないの!

 ん、それは医者の仕事か。でも、食事の世話とかできる事はあるじゃない。


「とにかく、このままの状態が続けば、姫さまの命は――」


 私の頭の中は真っ白になった。

 ミーシャの命があと一月。そんなの信じられない。信じたくない。私は、混乱する頭で城を飛び出した。まずは栄養をとってもらわないと……。大衆が集まる場所を通っても、気持ちの整理が付かない。そんなわけない。あんなに元気なのに。

熱さえ収まれば、そうすれば、元に戻る。そう思い込んでいた。

 その日、私は露天で果物と、パンを盗んだ。今回は何も置いてない。

 他にも数件のお店を回り、薬師の店にも侵入した。瓶には、熱冷ましと書いてあった。それもポケットに突っ込んだ。

 罪悪感がない訳ではないが、そんな余裕はなかった。

 ミーシャの部屋に戻り、前回と同じく、林檎を剥いた。林檎と薬をベッド脇に置くと、城内を探索する。

 何か、ないか、何か……。そうやって歩きまわっている内に、古びた扉を発見する。こっそり中をのぞくと、そこは書庫だった。

 これだわ! ここなら何か分かるかも知れない。そう思った私は、病気に関しての本を探した。不規則に置かれている本を、全部棚から出す。そして、ジャンル毎に並べ直した。思った以上に時間が掛かり、その日はそれだけで終わった。

 夕方、ミーシャの部屋に戻った。ミーシャは相変わらず寝ているが、林檎とグラスに入った水が減り、薬も消えていた。ちゃんと食べてくれたようだ。

 私はホッと胸をなで下ろす。

 その晩も私が看病した。その間、やはり誰も顔を出さなかった。

 ミーシャの熱っぽい寝顔を眺めながら、私はメイド長の言ってた言葉を思い出す。このままだとあと一月。頻繁に熱を出す病気。

 日本でも頻繁に熱を出す子供はいる。でも、それは生まれて一年もたってない赤ちゃんだ。二歳、三歳と年を重ねる毎に、熱を出す回数は減ってくる。ミーシャ位の歳でも、せいぜい多くて一月に一度が良いところだったはず。稀に、周期性発熱症候群で三から六週間おきに、五日前後の発熱を繰り返す子もいる。だが、それも十二歳位までには治まる。私が見たところ、ミーシャの咽頭は腫れていない。だからそれとも思えない。


 じゃ、いったいなぜ?

 うーん……。

 そんな事を一晩中考えていて、気づけば朝になっていた。


「アカネさま、おはようございます」


 普段と変わらないミーシャの笑顔。

 私は余命のことを頭から切り離して、明るく振る舞う。


「おはよう、ミーシャ。気分はどう?」


「アカネさまが用意してくれた薬のおかげで、すっかり良くなりましたわ」


 何でそんな笑顔で言うのよ。しまい込んだ感情が湧き出しそうになる。でも、ミーシャが笑っているのに、私がそんな顔はできない。

 私は「良かった」と、はにかんだ。


 熱が下がった翌日だけはミーシャは元気だ。私は、ミーシャを楽しませようといろいろやった。例えば、ミーシャが歩いている前を歩く近衛兵をつっついてみたり、食堂でお皿を持って歩きまわったりだ。近衛兵は怪訝そうな表情で、キョロキョロ辺りを見回してた。給仕のメイドなんかは気絶した。

 そのたびに、ミーシャは笑ってくれた。でも、悲しい顔はしないのよね。普通、この年頃なら悲しければ泣くし、ツラければ八つ当たりもするのに。笑顔のスペシャリストのミーシャの表情は崩れない。それが私には悲しかった。

 ミーシャが生まれてすぐにお母さんが死んだのは、ミーシャのせいではない。断じてない。でも、ミーシャは自分の不遇はその罰だと思っている節がある。

 それを感じるのが、高熱で寝込んでいる時だ。苦しくても笑う。

 でもミーシャ、それは諦めだよ。

 私は、そう思わずにいられなかった。

お読みくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ