第7話
翌日の朝もミーシャは来なかった。まさかね、三日に一度の割合で熱を出す病気なんて聞いたことがない。どうしたのかと部屋を訪れると、二日前と全く同じ状態だった。なんでこんなに体弱いのよ。と、思わずにいられない。
また、ミーシャは熱にうなされ、相変わらず付き添えはいない。そうなれば私のする事は決まっている。
私は部屋に戻ると桶を持ち出す。今回は誰にも合わずにすんなり浴場へ。水を汲み終えると、そのままミーシャの寝室に運び込んだ。さすがに二度目は楽ね!
濡らしたタオルをミーシャの額に乗せると、私は金目のものを探しに行く。今回は王家の目印がないものが良いわね。そう思って探すが、良い物が見つからない。
うろうろと城内を歩いていると、空き部屋からメイド長の声が聞こえてきた。
コッソリとその内容に聞き耳を立てる。悪い事をしてる人ってウワサを気にするものなのよ。仕方がないでしょ。
果たして、その内容は――私の事ではなかった。
「今日も姫さまは食事に来なかったんだろ? やはりウワサは本当だったのかねぇ」
えっ、なにそれ。私は気になった。気になったから、聞き漏らさないようにさらに近づく。心臓が高鳴る。ミーシャのウワサって……なに?
「二日前も高熱を出されてましたし、奥さまの言われる通りかと……」
正妃が何て言ってるのよ。もっと詳細が知りたい。と、考えていると。
「十二歳まで後少しだと言うのにね。残念な事だよ。でも姫さまにとってはこれで良かったのかも――仕方ないね」
何がいいのよ! 仕方ないわけないでしょ。あんなに優しくて、思いやりがあって、かわいいのに。重い病気なら何とかするのが使用人の勤めじゃないの!
ん、それは医者の仕事か。でも、食事の世話とかできる事はあるじゃない。
「とにかく、このままの状態が続けば、姫さまの命は――」
私の頭の中は真っ白になった。
ミーシャの命があと一月。そんなの信じられない。信じたくない。私は、混乱する頭で城を飛び出した。まずは栄養をとってもらわないと……。大衆が集まる場所を通っても、気持ちの整理が付かない。そんなわけない。あんなに元気なのに。
熱さえ収まれば、そうすれば、元に戻る。そう思い込んでいた。
その日、私は露天で果物と、パンを盗んだ。今回は何も置いてない。
他にも数件のお店を回り、薬師の店にも侵入した。瓶には、熱冷ましと書いてあった。それもポケットに突っ込んだ。
罪悪感がない訳ではないが、そんな余裕はなかった。
ミーシャの部屋に戻り、前回と同じく、林檎を剥いた。林檎と薬をベッド脇に置くと、城内を探索する。
何か、ないか、何か……。そうやって歩きまわっている内に、古びた扉を発見する。こっそり中をのぞくと、そこは書庫だった。
これだわ! ここなら何か分かるかも知れない。そう思った私は、病気に関しての本を探した。不規則に置かれている本を、全部棚から出す。そして、ジャンル毎に並べ直した。思った以上に時間が掛かり、その日はそれだけで終わった。
夕方、ミーシャの部屋に戻った。ミーシャは相変わらず寝ているが、林檎とグラスに入った水が減り、薬も消えていた。ちゃんと食べてくれたようだ。
私はホッと胸をなで下ろす。
その晩も私が看病した。その間、やはり誰も顔を出さなかった。
ミーシャの熱っぽい寝顔を眺めながら、私はメイド長の言ってた言葉を思い出す。このままだとあと一月。頻繁に熱を出す病気。
日本でも頻繁に熱を出す子供はいる。でも、それは生まれて一年もたってない赤ちゃんだ。二歳、三歳と年を重ねる毎に、熱を出す回数は減ってくる。ミーシャ位の歳でも、せいぜい多くて一月に一度が良いところだったはず。稀に、周期性発熱症候群で三から六週間おきに、五日前後の発熱を繰り返す子もいる。だが、それも十二歳位までには治まる。私が見たところ、ミーシャの咽頭は腫れていない。だからそれとも思えない。
じゃ、いったいなぜ?
うーん……。
そんな事を一晩中考えていて、気づけば朝になっていた。
「アカネさま、おはようございます」
普段と変わらないミーシャの笑顔。
私は余命のことを頭から切り離して、明るく振る舞う。
「おはよう、ミーシャ。気分はどう?」
「アカネさまが用意してくれた薬のおかげで、すっかり良くなりましたわ」
何でそんな笑顔で言うのよ。しまい込んだ感情が湧き出しそうになる。でも、ミーシャが笑っているのに、私がそんな顔はできない。
私は「良かった」と、はにかんだ。
熱が下がった翌日だけはミーシャは元気だ。私は、ミーシャを楽しませようといろいろやった。例えば、ミーシャが歩いている前を歩く近衛兵をつっついてみたり、食堂でお皿を持って歩きまわったりだ。近衛兵は怪訝そうな表情で、キョロキョロ辺りを見回してた。給仕のメイドなんかは気絶した。
そのたびに、ミーシャは笑ってくれた。でも、悲しい顔はしないのよね。普通、この年頃なら悲しければ泣くし、ツラければ八つ当たりもするのに。笑顔のスペシャリストのミーシャの表情は崩れない。それが私には悲しかった。
ミーシャが生まれてすぐにお母さんが死んだのは、ミーシャのせいではない。断じてない。でも、ミーシャは自分の不遇はその罰だと思っている節がある。
それを感じるのが、高熱で寝込んでいる時だ。苦しくても笑う。
でもミーシャ、それは諦めだよ。
私は、そう思わずにいられなかった。
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