第6話
翌日も、ミーシャと一緒に朝食をいただいた。
さすがにもう慣れたものね。給仕のメイドさんも最初は、目をしばたたかせて様子を窺ってた。それも今では、自分は疲れている。と、思っている節がある。
私がスプーンを口に運べば目をこすり、席を立つのに椅子を動かせば額を押さえている。うん、あなたはおかしくないのよ。
こっそりメイドに手を振っていると、ミーシャは不思議そうな顔をする。
きっと、私の姿が他者には見えないことを、知らないんだと思う。
面白いから、私も言うつもりはないけどね。
それから庭園で散歩をする。本当は、ゆっくり街を見て歩きたいけど、王女さまと一緒では無理がある。ミーシャも護衛が付いていたら、落ち着けないだろう。
ミーシャが、私のように存在感が薄ければ、と思わずにはいられない。
私と会うまでの、ミーシャの行動範囲は限られていた。愛犬と一人と一匹で散歩するか、習い事だ。私が来てからは、二人と一匹。
兵士は私たちの姿を見ると、よく首をかしげる。私は知らなかった事だが、ミーシャの気が触れたとウワサになっていたそうだ。ゴメンね。ミーシャ。
午後になり、ミーシャは家庭教師とお勉強。私は邪魔できないから、暇になる。
暇な時間をダラダラ部屋で過ごす趣味はない。よって、城内を散策していた。なるほど、ここにもトイレがあって、ここで洗濯を、ここは使用人の浴槽で……。そんな風に歩いて、調理場の近くに来たときにそれはおきた。
「おまえが盗んだんじゃないのか!」
若い調理見習いの少年に、料理長が怒鳴りつける。その様子は、仕事で失敗したような生半可なものでないのは良くわかった。
近づいて話を聞いてみると――。
「お前以外に誰がいるというんだ。陛下がお使いになるナイフにスプーンだぞ。恐れ多くて他の者が盗む訳がない。今ならまだ許される。早く返すんだ」
激高している料理長は、少年の胸ぐらを掴む。背の高い料理長に持ち上げられて、少年の足がつま先立った。それでも彼は、苦しそうに無実を訴える。
「――僕じゃない」
絞り出される声に、料理長の顔色が高潮する。
「じゃぁ、誰がやったと言うんだ」
少年は悔しそうな面持ちを浮かべるが、言い返さなかった。って、あれ、金のナイフとフォーク、スプーンなら――あぁぁぁぁぁぁぁ私がパクったやつか。
どうしよ、どうすれば。まさか、私がやりました! なんて出て行くわけにも行かないし。どうせ声を出しても、数秒しか認識してもらえない。うーん。
私が悩んでいると、メイド長と思われる女性が、血相を変えて飛び込んできた。
「ちょっとこれはどういうことだい!」
声を荒げたメイド長の手には、金のスプーンとフォーク、それにナイフまでそろっている。あれ、あれってアレよね。
「むっ、メイド長――それは」
「それはじゃないよ。昨日、質屋に持ち込まれたって連絡が来たんだよ。それで急いで見に行ったら、これがあったってわけさね」
少年の顔と、ソレを見比べる料理長。バツの悪い面持ちを浮かべて少年に言う。
「もういい。仕込みに戻りなさい」
少年は、料理長の手を振り払うと、ふて腐れた態度で奥の扉へ消えていった。
「なんで逃がしたんだい! これの犯人じゃないのかい!」
メイド長は、尚も突っかかる。怒り収まらずってヤツだ。私も気になって聞き耳を立てる。
「ふん、アイツはここの住み込みだ。俺の許可なく城下へ出られない。そしてここ数日、アイツは外出していない。後は言わなくてもわかるな」
そう言われたメイド長の顔色も険しくなる。
私はホッ、と胸をなで下ろす。私のせいで、少年の立場が悪くなったら、夢見が悪い。今度街へ出たときは、あの子にお菓子でも盗んできてあげよう。
「ならいったい誰がやったっていうんだい。金のディナーセットなんて陛下か公爵さま位しか使わない。それを、ただ盗んで捨てるようなマネを――」
私が置いてきたディナーセット一式は、全て質屋に持ち込まれた。質屋の主人も、最初は珍しいものだったので買い取った。が、それが続くと怖くなった。それで兵士に連絡して発覚したというわけだ。
露天の主人への聞き取りで、分かった事は、知らないうちに置かれていたと。これについては、全員の証言が一致した。
それにより、街では、怪盗義賊あらわる。と、ささやかれているそうだ。
あちゃ、失敗したな。次からはもっと別のにしないと。
結局、犯人は見つかる事もなく、不可解な事件として片づけられた。
後日、それをミーシャにだけ話した。すると――。
「ふふふっ、アカネさまは私のためにしたのですから、私にも責任はありますわね」
そう言って、笑って許してくれた。
さすが、良い子ね。意地が悪い人だったら、すぐに捕まってたわよ。
二人で笑い合った後はいつもの庭園へ。
ここ、花壇がとにかく多いのよ。フラワーパークか! って位ね。
そして歩く事しばし、花壇の一番端に特徴のない、ただ白いだけの花があった。
「これは私と同じだわ――――っていうの」
私はその言葉を聞き漏らした。ミーシャと同じと言えば、かすみ草を思い浮かべていたからだ。この時、ちゃんと聞いていれば、この先の事件も気づけたのに。
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