第3話
ミーシャは、外見10歳くらいに見えるかわいい女の子だ。本人の話では、第一王女で下に弟がいるらしい。どうりで子供なのに、化粧をしていると思ったわ。
小さい頃から、身だしなみに気を配るなんて、さすが王族ね。
キラキラ輝く金の髪も、パッチリ二重のかわいい目も、ちょっと腫れぼったい唇も。まさに完璧。ビスクドールねっ
えっ、別にうらやましい訳じゃないのよ。ただ居るところにはいるのね。
そんな彼女と私は今、朝食をいただいている。
ミーシャに誘われ、城内へと入った私は、すれ違う近衛兵に不審者あつかいされることもなかった。恐らく、みんな私に気づいていなかっただけだと思う。
そして案内されるがまま食堂へ入り、小さなテーブルを挟むように座った。
少しは騒動もあった。ミーシャが給仕のメイドに「朝食を2人分」と言ったときだ。同じ食器に、同じ料理、それがいくつもテーブルに並んだ。
ドアの近くに立つ、メイドたちのひそひそ声が聞こえる。
「姫様はとうとうおかしくなられた」
そんな悪口をささやかれても、ミーシャは普通だった。
私はミーシャに申し訳ないなと思いながらも、目の前の料理を全部平らげた。
食事をしながら背後をうかがうと、メイドは目をしばたかせていた。
私の存在感がどこまで薄いのかは、よく知っている。食べている時ならば、明かりが遅く点滅するような感じに見えるらしい。らしいというのは、お母さんから聞いたからそう言っているだけね。自分じゃわからないもの。
きっとあのメイドさんたちは、たまにしか姿がみえないと思う。
誰も座っていない椅子が、自然と動いたり、勝手にスプーンが浮いたりする。うーん、我ながらホラーね。
背後を気にしながら、いそいそと食事をとる。そんな私を見てミーシャはほほえむ。何だか嬉しそうなのよね。いつも一人で食べているって言っていたから。
彼女の父は当然、国王陛下。母は彼女を産んでなくなったそうだ。弟はいるが、正妃の子供で、めったに会うことはないらしい。
こんなかわいい子を一人にするなんて。と思うけど、他人の家庭事情に首を突っ込んでもね。
可もなく不可もなくの料理を平らげた私たちは、彼女の部屋へ。
いっけん地味な感じの扉をひらき、中に入る。うーん、やっぱり地味ね。普通は第一王女ならもっとこう、なんていうか、天蓋ベッドを考えていたわけよ。でも違った。きっと映画の中だけの話しなのね。
部屋にはいって、二人で小ぶりのチェアに腰掛ける。真ん中には丸いテーブルがあった。きっとティータイム用ね
「お食事はお口に合いましたでしょうか?」
うわぁ、人差し指を唇にそえてそんな事言っちゃうんだ。かわいいわ。お持ち帰りしたいくらい。
「ええ、とっても。でも良かったの?」
何がでしょうか、みたいに、コトンって首かしげるのやめてぇ。ツボに入っちゃうから。メラメラと愛玩萌えに火が付いちゃうから。
「構いませんわ。どうせひとりぼっちですもの」
うーん、この子くらいの女の子なら、寂しそうな表情をするものだけど……。
達観しているのね。
「ならいいんだけど、これからどうしよっか?」
「わたくし、お部屋ではいつもお本を読んでいますの。暖かくなる午後は、よくお庭にも行きますのよ」
なんだか、自分をみているみたい。友達が一人もいなくて、いつも一人で読書して。あぁ、なんかしんみりしちゃうわね。
「それじゃ、お姉さんがとっておきの遊びを教えちゃうぞ!」
「でも、この部屋には、なにもありませんわ」
「大丈夫、任せて!」
私は、コートのポケットからスマホを取り出す。自撮りはっと、これだ。
「ちょっと隣にいっていいかな?」
あぁ、またコクンって。本当にかわいいんだから。
私はミーシャの隣へいくと、中腰になってスマホを目の前に出した。
「あの、これは――」
「うん、いいからいいから」
カシャ、これでよしっと。
私は、今撮影したばかりのスマホの画面をミーシャに見せた。どうかな、きっと驚いてくれるよね。私は学生時代に、誰とも撮ったことはないけど。
でもミーシャの反応は良くなかった。何か不気味なものを見るような、そんな面持ちで画面を見つめていた。
あちゃ、失敗か。同級生がよく教室でやっていたから、うまくいくと思ったんだけどな。やっぱアレかな、魂を抜かれるってヤツ。そうだとしたら悪い事したわね。
「ごめんね、あんまり面白くなかった?」
ミーシャの反応をうかがいつつ、私は尋ねる。
「いえ、ただ、変わった鏡だなって思っただけですわ」
あれ、鏡だと思ったのか。
「ううん、これは写真っていうのよ。その時の時間を切り取って残しておけるの」
私は、席へ戻るとスマホの画面を開いたまま、テーブルに置いた。
あっ、まただ。なんでだろう。
ミーシャはやはりおぞましいものを見るような目をする。
「もしかして、自分の顔が嫌いなの?」
まさかね。こんなにかわいいのに……。あり得ないだろうと思いながらも、聞いてみると。
「嫌いですわ」
小さな声で、彼女はそう呟いた。
それからの時間、何を話したのかあまり覚えていない。小さな子を傷つけてしまった罪悪感の方が、強かった。
* * *
「ここなら誰も使っていないので大丈夫ですわ」
午後に入り、家庭教師の授業があるということで、私はこの部屋に案内された。
ミーシャに案内されて、やってきたのは客間だった。二部屋の構造になっていて、隣の部屋はベッドがあった。
こんな小さな子に同情される私って――。
ミーシャには、ありのまま話した。気づくと林の中にいて、お金もなく、誰も知り合いはいないと。
どう見ても不審者よね。でも、そんな私が泊まることを、ミーシャは許してくれた。いちおう、一度は断ったのよ。でもね、やっぱり暖かな布団の誘惑には勝てないじゃない。ずうずうしいとでも、なんとでも言ってくれていいわ。
「それにしても、自分の顔が嫌いとはね」
私もずっと、同じ思いを抱き続けてきたから良くわかる。
向こうに居たときは、私も鏡なんて見なかった。ショートボブの私は、髪を乾かすのに、鏡なんて必要なかったから。それに――自分の顔なんて。
あぁ、やめやめ。せっかく新天地に来たっていうのに、こんなんじゃダメだ。
「あんなにかわいいのに……。ここの価値観が違うのかしら。私のいた時代なら、モテモテ子役間違いなしなのに。世の中って理不尽ね」
私は気分を変えて、テラスに出てみる。
「本当に、中世の時代にタイムスリップしたのね」
城下には、城から近い場所ほど立派な建物がたっていて、市壁に近づくほどみすぼらしい。上級国民とか、下級国民とかいう言葉をネットで見たけど、ここまで如実に表されるとぐうの音も出ないわね。
街並を眺めていると、さっきまでの思いがぶりかえす。
王族か……。階級社会のトップ。どんなに頑張ってもなれない職業。そんな場所にいても悩みはあるのね。
はぁ、下級国民と王族の悩みが同じだなんて。
私がどれだけ考えても、どうにもならない事だけど、保護欲をくすぐられるミーシャの悩みを、何とかしてあげたいとそう思った。
お読み下さり、ありがとうございます。