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かおなし  作者: 石の森は近所です。
第一章
18/18

第18話

前回の話で、王子の名前を間違えました。すみません。


 私は初めて泣いた。

 物心が付いた時に、既に母は居なかった。

 そんな私を六歳までは父もかわいがってくれた。だから、悲しいなんて思いは湧かなかった。泣くと言うことは、どんなことなのか知らなかった。


 しかし、八歳になると父も忙しくなり、私は孤立した。

 エリザベス母様から厳しい言葉を浴びせられる様になったのもこの頃だ。


「まぁまぁ、王女だと言うのに、顔に斑点なんか付けてみっともない」


 こんな言葉を何度となく口走られた。

 私の顔はオカシイの……。確かに父にも、弟にもこんな斑点はなかった。

 だからきっと私の顔が変なのだ。そう思うようになった。

 初めてののしられた日の晩に、涙の意味を知った。でも、自分が悪いのに泣くのはオカシイ。そう思うようになった。それからの私は泣いてない。

 この頃から、王女として恥ずかしくないように、化粧をするようになった。


 そして、ますます城の中で孤立していった。


 城中では、王子と王女が顔を合わせる事はほとんどない。

 年に数回の祝い事の時だけだ。だから弟がどんな生活を送っているのか私は知らなかった。きっと自分の様に一人なのだと思っていた。

 十歳の時に、弟が遊んでいる所を見た。兵士たちと木の剣で打ち合っていた。

 「あれは何をしているの?」メイドに尋ねた事がある。でもメイドの返事は鍛錬で遊びではありません。と言われた。男の子は鍛錬をするものらしい事を初めて知った。それからは、同じ歳の子供たちと騒いでいる事も気にならなくなった。


 きっとあれも鍛錬なのだろう。


 私には、父が五歳の時に買ってくれたカールがいる。だから寂しくない。

 それからは、カールの居ない弟を不憫に思うようになった。


 そして、十二歳に迫ったあの日。私は彼女と出会った。カールが珍しく吠えていたから、叱ろうと思って厩舎に行った。でも、そこに居たのはお姉さんだった。

 私とは違った洋服を着て、藁の中に潜っていた。その姿に私は魅せられた。

 だって、お姉さんは私と同じだったのだもの。私と同じく顔を白くさせていた。


 きっとお姉さんも、私と同じ理由で白粉を塗っているのね。


 そして思い切って声を掛けた。「あれ? どなたですか?」と。

 お姉さんは黙ったままジッと、私の顔を見ていた。また、皆と同じように避けられると思った。でも、次に声を掛けると、「こんにちは。寝るところを探していたら、ここに来ちゃいました」と恥ずかしそうに答えてくれた。


 なぜか、その言葉に、心が温かくなった気がしたの。


 こんな藁の中で眠っていたのに、真綿に包まれているように温かかった。そんな事を言うんだもの。お姉さんとの会話は楽しかった。


 お姉さんの名前はアカネさま。私は勇気を振り絞ってアカネさまを朝食にご招待したわ。アカネさまのお食事をメイドに頼むと、なぜか不思議そうな顔をされた。

 もしかして、他の人を呼んだら駄目だったのかしら。そう思った。

 でも、昼食の時には何も言わなかったから、きっと、大丈夫ね。


 アカネさまは私と違って自分の顔は嫌いじゃないみたい。スゴいと思った。私よりも念入りに白粉を塗っているのに……。私も少しだけ自信が持てた。


 その翌日、私は寝込んだ。数カ月前から、私は良く熱を出していた。でも、前にエリザベス母様に聞いたら、「寝ていれば治ります」そう言われたから。私はその言いつけを守っている。わがままを言って困らせたら、嫌われちゃうから。


 でも、アカネさまはそんな私を看病してくれた。


 朝、目が覚めるとアカネさまはベッドの隣の椅子に腰掛け眠っていた。

 寝起きに、「私はだあれ?」なんて言うんですもの。おかしくて笑っちゃった。

 だからちょっと意地悪して、「お口によだれが付いてましてよ」そう返したの。


 本当はそんなもの付いていなかったのよ。ふふっ。


 それからも、私は頻繁に熱を出した。でも、そのたびにアカネさまは看病をしてくれた。アカネさまが来る前は、とても体がキツかった。でも、アカネさまの看病のおかげで体が軽くなった気がしていた。本当よ。

 アカネさまは、たびたび城下へ出かけて果物とお薬を買ってきてくれた。

 お父様のディナーセットを交換で置いてきた話しは、二人だけの秘密。

 だから、次に城下に出る時のために、お金をアカネさまに渡した。何度も持っていったらお父様も困るでしょうし、国民にも迷惑を掛けちゃうから。


 私はアカネさまから、たくさんのものをもらった。

 誰かと会話する喜び。誰かとするお食事。どれも、私の心を満たしてくれた。


 その翌日、私は快復してアカネさまは寝込んだ。

 いつも看病をしてもらっているから、今度は私の番だ。私は料理長に頼んでアカネさまのスープを作らせた。ふふっ。こういうのを相互依存というのかしら。


 そして、アカネさまは快復して、また私は寝込んだ。


 翌日、またアカネさまは寝込んで、私は快復した。もしかしたら――私が病気を持っていてアカネさんに移したのでは……そう思うと情けなくなった。

 アカネさまの部屋へ行くと、「今日は食堂で食事を取らないで」そう言われた。私は不思議だった。食べれば元気になると教えてくれたのはアカネさまだから。

 そして、つらそうなアカネさまと食堂に行くと、メイドの目を盗んでアカネさまは私の料理と自分の料理を交換していた。私は驚いてアカネさまの顔を見ると、アカネさまは笑っていた。だからきっと何か理由があるのだと感じた。

 アカネさまの熱は翌日も下がらなかった。私はアカネさまを心配しつつも一日を過ごす。そして、夜中にまた熱をだした。

 もう寝込みたくない。アカネさまに迷惑を掛けられないから。

 夜中に尋ねてきたアカネさまに、熱がある時はおでこを冷やすのよ。そう教えてもらった。言うとおりにすると、確かに、体は楽になった。

 アカネさまは博識なのね。そう思って私は目を閉じた。


 でも、そんな私の体調は、誕生日の二週間前から急に改善された。これまでの異変がウソの様に良くなっていった。

 そんなある日、アカネさまから「来年にはお母さんになったり」そんな事を聞かれた。まだ十二歳なのにどうしてそうなるのか。アカネさまは本当に私を楽しませてくれる。結婚して子供を作るのは常識だけど、婚約でそれはない。

 その時に、アカネさまから年齢を当ててみてと聞かれ、素直に答えた。でも、どういう訳か、その日から良く抱きつかれるようになった。

 お父様以外で、そんな事をする人はいなかった。だからとても恥ずかしかった。


 そして事件は起きた。


 午後になり、家庭教師の先生を待っていると、見知らぬ人が入ってきた。

 その先生は、私を犯そうとしていた。私は血の気が下りるのを感じた。羽交い締めにされて、ベッドに連れて行かれそうになった。嫌。嫌ッ。私はアカネさまに手を伸ばす。アカネさまはテーブルからガラスのポットを手に取ると、男の頭に叩き付けた。私は震える足を必死に動かして、アカネさまの所へ逃げた。

 アカネさまは私に逃げて――と、身ぶりで促した。私もそれに従った。

 私が部屋から飛び出すと、アカネさまはドアを閉めてしまう。このままだとアカネさままで――。私は必死に走って兵士を連れて戻ってきた。

 兵士がドアをたたくと、鍵は開いていた。

 私の部屋に兵士が入って行く。どうか、アカネさまを助けて。そう思いながら兵士の背後から中を見渡す。すると、人が倒れていた。まさか、アカネさまが……。青い顔をしている私の手を、誰かが掴んだ。

 その人物はアカネさまだった。

 翌日、警備の者からいろいろ聞かれたけど、私に心当たりはない。


 もしかして、私は嫌われているのだろうか。そう感じ始めたのもこの事件からだった。でも、そんな意見をアカネさまは否定した。

 私が気にしていると、また抱きしめられた。

 また、心が温かくなった。


 私の幸せな時間。でも、その時間もすぐに終わった。

 「ちょっとゴメン」アカネさまがそう言って植え込みに走って行ってしまったから。アカネさまの向かった先には、弓を構えた人がいた。

 私は、またアカネさまに甘えて逃げた。兵士を連れて戻ると、誰もいなくて。

 私は困惑してしまった。周辺を捜索していた兵は戻ってくると、何もなかったと言った。確かにいたのに。そう思っていると、アカネさまがコッソリ犯人の居場所を教えてくれた。その場所は――お父様とお母様の管理する塔だった。

 お父様がそんな事をさせるとは思えない。では、お母様が……。私はもう考えるのを拒否した。それが、あんな事になるとは思わなかった。


 日差しの強いあの日。いつものように庭園を散歩していた。私は汗をかいていたのに、アカネさまは涼しい顔をして。「暑いのは苦手なの。本当よ」って。そう笑い合ったこの日。お別れは突然やってきた。


 城の陰からエリザベス母様が走ってきて、アカネさまを刺し殺した。

 私は初めて号泣した。これまで、これ程つらい。悲しいと思った事はなかった。

 そして、泣きながら、初めてアカネさまを抱きしめた。

 ヒンヤリと冷たいアカネさまを膝に横たえ、それから先は覚えていない。


 後でお父様から事情を聞かされた。この数カ月の出来事は全て、エリザベス母様の仕組んだ事だったと。そして、私の体調が回復した理由にも言及された。


「あの少女は、ミーシャを救うために、神から使わされた女神だった」


 私は、収まりきらない頭でそれを聞いていた。


*    *     *


 それから一月後、私は侯爵家の嫡男と婚約をした。

 お披露目会の席に、エリザベスお母様と弟の姿はなかった。お母様は塔に幽閉され、弟はエリザベス母様の実家に養子に出されたそうだ。

 お父様の調べでは、お母様の犯行を、弟は知っていた事がその理由らしい。


 私はお父様に気を遣われて、テラスに来ていた。

 あの星のどこかにアカネさまはいるのかしら。そんな事を考えながら。


「ふぅ、大勢のあいさつにも疲れたね」


 お披露目会で大勢のお客様の相手をしたアルバートさまが、おどけてそう言う。

 これもお父様の計らいなのだろう。


「そうですわね」


 これから私はこの方と生きていく。


「あの――」


「何ですの?」


「俺は、ミーシャ殿下はその方がキレイだと思う」


 何が言いたいのかさっぱり分からない。この方に私の何が分かるというのか。


「ですから、何がキレイなんですの?」


「うっ、うん。ウワサで聞いたんだ。化粧が濃いって。でも、俺はそのままのミーシャ殿下がキレイだと思う」


 純粋な視線で、まるでアカネさまのような事を言うのね。あれ――なんで涙が頬を伝っているんだろう。もしかして、私。嬉しいのかな。

 アカネさまと会うまでは、こんなに泣き虫じゃなかったのに。


「えっ、どうしたの? 俺なにかしちゃった?」


「いいえ。アルバートさまは何もしておりませんわ。ふふふっ」


 そう、何かしたのはアナタじゃない。

 私に幸せを運んできてくれたのは――アカネさまですものね。


 困った面持ちで、私を見つめるアルバートさまの手を握ってやった。

 アカネさまがしてくれたように……。


「さぁ、お父様たちの所に戻りましょう」

お読み下さり、ありがとうございました。

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