第17話
「ミーシャ、ミーシャ。この者は――はっ――」
何だ、これは。私は夢でも見ているのか。娘の悲鳴を聞きつけ、来てみれば。血まみれで倒れているのは見知らぬ少女だった。私はミーシャに問いただすが、ええい。泣いたままでは分からぬではないか。
その時だ。ナイフで胸を貫かれていた少女は、徐々に薄くなり。その姿を消した。何をバカな事を――。そんな筈はない。確かに、ここに居たのだから。
ミーシャのドレスには、くっきりとその証が残されて居るではないか。
――どういう事だ。
そして、少女の居た場所には羊皮紙とペンが残されていた。私はその羊皮紙を拾って目を通す。むっ、なんだこの内容は。
「おまえが、おまえさえ居なければぁぁぁぁぁぁ」
「エリザベス、おまえは何を――」
私は泣きじゃくるミーシャに飛びかかったエリザベスを、兵士に命じて拘束させた。後ろ手に縛られたエリザベスが、ミーシャを見下ろして怨嗟の声を叫ぶ。
何が、この城で起きているというのだ。
ここ数カ月、私はミーシャが体調を崩していると聞き心配していた。
もう長くはないのでは。と陰で邪推する者も少なくはなかった。だが、エリザベスが面倒を見ると言うから。私は安心して任せた。なのにこれは――。
メイドや、料理長の話では、ミーシャは気が触れたのだ。そう告げ口をする者も居たと聞く。そのメイドはエリザベスが解雇したと聞いて安堵していた。
大きな噂ではない。ミーシャが一人だというのに誰かと会話している。そういった思春期に良くある事だと私は考えた。だから、余計な事を漏らさぬように箝口令を敷いた。ミーシャの部屋に暴漢が忍び込んだ時も同じだ。
警備隊長を叱りつけ、ミーシャの安全に務めるように手を打った。
体調さえ回復すればミーシャは優秀な子だ。将来も期待できる。そう。私はミーシャに期待していたのだ。
幼い頃から自分の顔のそばかすを気にして、化粧を始めた時も大人のまねをしたい年頃なのだと思っていた。それが年々、ミーシャを貶めていたとは気づかなかった。王城で働く者は娯楽に飢えている。例えその対象が王族であろうとも。
「このかおなし女! おまえの様な醜い娘は死ねば良かったのよ」
「止めろ! ええい。誰かエリザベスの口をふさげ!」
「醜いこの娘にピッタリの、かおなしの毒を飲ませたのに――なぜおまえは生きている。王子は、王子の命はもう消えかかっているというのに。うあぁぁぁぁぁ」
なんだと――ザビールの命が……。いや、まて。その前にエリザベスはなんと言った。かおなしの毒だと。かおなしの花はその花びらとめしべ、おしべに至るまで真っ白な事からかおなしと呼ばれている。この城の花壇にも研究用にあったが――まさか。それがミーシャの寝込んだ原因だというのか。
私はエリザベスの言葉を聞いて絶句する。ミーシャにピッタリの花だと。確かに、幼い頃から化粧を厚く塗った事で、かおなしと揶揄されていたのは知ってる。
だが、だからといってそれを娘に飲ませてただと……。
「おまえというヤツは――なんて事をしでかしたのだ!」
私の憤りは治まらない。気持ちを落ち着けなくては……。そうだ、この羊皮紙を見てみよう。ミーシャがこれ程までに心を許した相手が残した手紙だ。
何か分かるかもしない。よし、そうしよう。
私は心を落ち着けるために羊皮紙に目を通したが、その思惑は外れた。
この娘は、ミーシャが何度も熱を出すたびに看病したという。
王族だというのに、誰もミーシャの看病に来なかったからと……。そのために、薬と果実を求め調理室から私のディナーセットを盗んだと書いてある。
そう言えば、数日前にそんな事があったとメイド長が話しておった。まさか、この娘の仕業とは――だが、それもミーシャのためにした事。
それに気づけなかった私の責任でもある。
私の心をかき乱すのは、誰も、ミーシャの看病をしなかった。
この部分だ――。
エリザベスに任せた。それが全ての間違いであった。
羊皮紙の中で、エリザベスとザビールの食事にも毒を混ぜたと独白している。王族に毒を盛るとは――だが、元を正せば、その毒はエリザベスが用意した物。
ミーシャを殺害するためだけに。
確かに、一月も毒を飲み続ければ死に至るだろう。だが、この娘が書いたように一週間やそこらでは人間は死なない。ザビールの容体が悪いのは毒のせいではあるまい。私は複雑な思いでミーシャを見下ろす。
愛しい我が子が、こんなに悲痛な声で泣いておるのだ。
私にはどうすればいいのか見当も付かない。
尚も羊皮紙を捲る。ん、暴漢にもこの娘は関わっているのか。何々……。
暴漢がミーシャを襲ったとき、この娘が助けたのか。後の調査で、ミーシャの虚言の部分もあったと聞いていたが。まさか、本当だったとはな。
その翌日も花壇において弓を持った者に襲われたと。そしてアノ塔に逃げ込まれた。グッ。エリザベスはここまで執拗にミーシャを狙ったのか。
読み進めるたびに、私は自身のふがいなさに恥じ入るばかりだ。
全ては家族を顧みない私の責任だな。私はミーシャの母親を愛していた。それをエリザベスが不愉快に思っていたのは知っている。それを放置したのは私だ。
この顔のなかった少女の最後の言葉は、私の胸を締め付けた。
ミーシャ、もっと素直になりなさい。
子供なのに、私はミーシャにずっと我慢を敷いた。エリザベスからの嫌がらせに愚痴も言わず。そんな子に育ててしまった事を親として恥じるばかりだ。
お読みくださり、ありがとうございます。