第15話
ミーシャが襲われた事件は、城内で箝口令が敷かれた。
未婚であるミーシャの部屋に怪しいものが出入りした事実を、国王さまは隠蔽した。あの場にはミーシャしか居なかった。だから、何かがあったのではと、邪推する者も一部には居たからだ。事実は、私とミーシャしか知らない。
なぜ、あのような者が城へ入れたのか、内通者の存在が疑われた。しかし、のちの実況見分で犯人が、偽造された入門証を所持していた事が発覚。それにより、外部から侵入した男は単独犯として処理された。当然、背後関係も分からずじまいだった。
翌日、体調を回復された王妃さまは、ミーシャの事を話していた。私が聞いているとも知らずに、「あの子は暴漢に襲われ女になった」と、根も葉もないウワサを流していた。あの男を手引きしたのは、王妃さまだと私は睨んでいる。
私はこの日も王妃さまの食事に毒を入れた。こんな事をするならずっと病床にいてほしいわよ。どれだけミーシャを嫌いなのと、憤らざるを得ない。
「アカネさま、私は居ない方が良いのでしょうか?」
庭園を散歩している時に、ミーシャがそんな事を言い出した。これまでは、自分の体が弱いから、その体のせいで疎まれていると思っていた。でも、昨日の件で、そんな事ではないと思い始めているようだった。
「何言ってるの。そんな事ある訳がないでしょ」
「でも……」
「良いから気にしない事ね」
こんな時でも、ミーシャは笑うのね。熱を出して、苦しい時でも、泣きたい時でも、ミーシャは笑う。どうしてそんな風に育ったのか私は知らない。でも、彼女の歳ならもっと喜怒哀楽が激しくても許されると思う。これじゃ、人生を諦めていたあの頃の私と同じだもの。
私と正反対のかわいくて、存在感のあるミーシャにはああはなってほしくない。
「ミーシャはこれから女王さまになって、この国を治めて行くんだもの。そんな弱気でどうするの。それにミーシャは誰よりもかわいいわよ」
あっ、まただ。褒めた時に見せる歪んだ表情。ミーシャの性格を知らなければ、私に対しての嫌みか。と思っちゃうわよ。だから、私はミーシャを抱きしめる。こうすれば、少しは安心してくれるから。
「ア、アカネさま。またっ」
ふっ、照れてる。この表情はいいわね。こんな顔がミーシャにはお似合いだわ。
ミーシャとじゃれ合ってると、植え込みに人影が見えた。いつもは誰にも合わないのに珍しいわね。そう思っていると、植え込みの人は弓を構えた。
「ちょっとゴメン――」
「――えっ」
私は急いでそいつの元へと走った。そして、ミーシャに狙いを定めている男に近づくと、弓の弦をナイフで切った。ピンッ、と張られた弦が力を失う。
昨日の件から私はナイフを所持している。勿論、調理場からの頂き物だ。
「なっ、こんな時に――」
ミーシャも何があったのか理解する。よし、ミーシャは兵士がいる場所へ走って行った。私は、取り逃がさないように男の様子をうかがう。ミーシャに逃げられた男は、植え込みの奥へと駆けだした。逃がさないわよ。今度こそ、白日の元へさらしてあげるんだから。
男の逃げ足は速い。私が全力で追っても、どんどん引き離された。でも、城壁に囲まれた城内のどこに逃げるのかしら。そう思っていると、男は一つの塔へ入っていった。よし。この場所をミーシャに知らせれば、後は兵士がやってくれる。
そう思った私は、庭園へと引き返した。
私が戻ると、既に数人の兵士とミーシャはいた。でも、様子がおかしい。
「姫さま、本当にここに居たのでしょうか?」
「はい。確かに見ましたの」
ミーシャの返事を聞いた兵士たちの反応が鈍い。その内に、周囲の警戒にあたっていた兵士が戻ってくる。
「隊長、これといって異常は見当たりませんでした」
「うむ、ご苦労だった」
兵士たちは、それだけ聞くと城へと戻っていった。
「姫さま、それらしい人物の痕跡は見当たりませんでした。また何か思い出しましたらお知らせください。では、私も業務に戻りますので」
そう言うと、隊長も戻っていった。
「ミーシャ、犯人はあっちの塔へ逃げ込んだわよ」
私は兵士たちが居なくなったのでそう知らせる。が、ミーシャは少し考えた様子を見せた後――。
「いいえ。私たちも戻りましょう。これ以上はどうにもできませんわ」
苦笑いにも似た笑みを浮かべるとそう言った。
いや、犯人を追い詰めたのにどういうこと。兵士を塔に向かわせれば、犯人は捕まえられるのに。私の表情から、意図に気づいたミーシャが口を開く。
「その塔は、国王、王妃以外は立ち入り禁止ですの。ですから――」
はぁ、それって。そういうこと?
今回の件に、王さまも関与している可能性があるって事?
まぁ、王妃さまは言うまでもないけど。
「でも、それじゃいつまでたっても――」
「良いのですわ。私は無事だったんですもの」
良いわけがない。王さまもミーシャの敵だとしたら、ミーシャに生きる術はないじゃない。このままミーシャをこの城に置いておいたらダメだ。でも、ミーシャを城から出しても行くあてなどはない。どうする。どうすれば――。
そう考えながら私はミーシャと一緒に、城内へと戻った。
誰に助けを求めれば、あの風見鶏のおじいさんはダメよね。近衛兵でもダメ。料理長はダメよね。メイドは当然ダメ。あぁぁぁもう。誰に話してもダメじゃない。
結局、私は良い考えが思い浮かばなかった。その変わり、ミーシャに頼んで私は羊皮紙と筆を借りた。
お読み下さり、ありがとうございます。