第14話
王妃さまと王子が寝込み、ミーシャの十二歳の誕生日まで、あと五日に迫った。
このままミーシャに何事もなければ、ミーシャの勝ち。
私は浮かれていた。城内は相変わらず騒がしいが、私の姿が見えない以上は犯人捜しをしてもムダ。あの後、王妃さまは使用人を集めて、メイドにクビを言い渡したと公表した。でも、その理由は明かされなかった。当然ね。まさか、自分がミーシャを毒殺しようとした毒が、自分に盛られたなんて言える訳がないもの。
「ふふっ、最近楽しそうですわね。アカネさま」
私の隣を歩くミーシャも顔色は良いし、すっかり体調は元通りだ。
「そんな事は……あるかな。ミーシャが元気になってくれたからねッ」
「本当にご心配をおかけしましたわ。でも、どうしてか分からないんですの」
毒を盛られてた事を、ミーシャは知らないからね。でも、このまま知らなくていいの。全部、私が解決したから。ミーシャが女王さまになれば、私の将来も安泰。 後ろ盾を得た私は、悠々自適の暮らしを送れるんだもの。
私はミーシャを心配する傍らで、そんな事をたくらんでいた。
それしか私が生きる道はないのだから。仕方ない。
午後になり、ミーシャは家庭教師と勉強の時間になる。これからの時間は私の暗躍の時間だ。昨日の食事に毒を入れたから、今日も王妃さまは寝込んでるはず。情報収集にいそしもうと、ミーシャの部屋から出ようした時にそれは起きた。
部屋に入ってきたのはいつもの人じゃなかった。少し強面の男は、部屋に入ると中から鍵を掛けた。ん、鍵を掛けられたら私が出られない。どうしようかと悩んでると、男はミーシャに近づいていく。
「あの、今日はいつもの方とは違うんですのね」
ミーシャも困惑した様子だ。私はその様子をジッ、とうかがう。
「あぁ、いつもの先生は、今日は休みだ。その代わり、俺が来たって訳だ」
ミーシャは小首をかしげながら男に尋ねる。
「いつもでしたら、これから歴史の授業なのですが、今日はどんな……」
その時、男の顔が歪んだ。何かがおかしい。そう思った私は、掛けられた鍵をコッソリ外す。その瞬間――。男はミーシャの腕を掴んだ。
「えっ、いったい何を――」
「俺が教えるのは男女の結び事だ。これから姫さんは俺と一つになる」
ミーシャの顔色が青くなったのが分かる。やっぱり、変だと思ったのよ。どう見ても学のある人には思えなかったもの。
「嫌ッ」
ミーシャは羽交い締めにされて、隣の寝室へ連れられていく。私に助けを求めているのが、交わされる視線で分かった。えっと、何か、何か武器は――。
私はテーブルの上のウォーターポットを手に取ると、小走りで男の背後に近づく。そのまま、それを男の後頭部に振り下ろした。ガシャン、ポットが割れ、辺りにガラスの破片が飛び散る。
男が油断した隙に、ミーシャは逃げ出した。私の方へ。
男は背後を振り返り、ミーシャと辺りを見回している。が、ミーシャしかいない。怪訝そうな顔をした男が、ミーシャを捕まえようと手を差し出す。
「チッ、今のはなんだ……それより、こっちへ来い」
その隙に私は落ちた破片を拾う。そして、男が突き出した腕に切りつけた。
「いてぇッ。まただ……何が起きてる」
私はミーシャを庇いながら、退室を促す。彼女は扉に向かって走った。私もその後を追う。男は腕に付いた傷を、信じられないとでも言うように見つめていた。
よし。ミーシャは通路に出たわね。私はミーシャが出た後でドアを閉め、中から鍵を掛ける。これで室内には私と男だけ。男は、呆然と立ち尽くしている。でも、われに返るとドアへと向かって突っ込んできた。逃がさないわよ。私は、男の足にタックルをかます。すると――男は見事に転んでくれた。フフッ。
そうしている間に、廊下が騒がしくなる。ミーシャが兵士を連れて戻ってきたのだ。兵士たちがドアを勢いよくたたいている。これで解決ね。私がそう思っていると、男は観念したのか、腰に刺してあった短剣を自分の首に当て――自害した。
私はその光景に驚きながらも、ドアの鍵をこっそり開けた。兵士たちが、ドッ、と押し寄せる。数人の兵士の後ろには、青い顔をしたミーシャが立っていた。
私は急いで部屋の外に出る。ミーシャの腕を掴むと、私の部屋へ連れ去った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ、アカネさま、助けていただいてありがとうございました。それで――アカネさまは大丈夫でしたの?」
「う、うん。私ならこの通り。はぁ。大丈夫よ。それよりミーシャは?」
「はい、私もアカネさまのおかげで大丈夫でしたわ」
「それは、はぁ、はぁ、良かった」
私は息切れを起こしながらもミーシャと会話する。それにしても、さっきの男は何だったのかしら。自殺する手際と良い、素人とは思えない。
「ミーシャはあの男に見覚えはあるの?」
ミーシャは怪訝そうな面持ちで答える。
「いいえ、初めてお目にかかったと思いますわ」
初めてねぇ。ミーシャの家庭教師が突然休んで、その代理がアレ?
これは裏がありそうね。やっぱり、これも王妃さまが関係しているのかしら。
私の部屋で気分を落ち着けたミーシャと私は、その後ミーシャの部屋へ戻った。
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